揺れる王国

第26話 出発準備と領都復興

 王都へ出発すると意気込んだペスカであったが、邪神との戦いで大量のマナを消費しており、数日の休養が必要だった。冬也も同様に、連戦による疲れと荷車運転のマナ消費により、マナの回復を待たねばならなかった。


 王都から緊急搬送された支援物資が到着し、数日の領民達の食糧は確保出来たものの、建物の復旧は時間を要する為、テント暮らしを余儀なくされていた。

 メルフィーとセムスはマーレに戻らず、配給班に交じり働いており、配給の食糧の味が大幅に上がったと領民達から喜ばれていた。唯一無事だった魔工兵器工場は、職員達が総出で建物復旧に当たる為、一次閉鎖となりペスカの遊び場となっていた。

 冬也は、剣と魔法の修行に明け暮れ、ペスカに休めと注意されていた。


 そしてこの数日、朝晩しか冬也と顔を合わさない状態に、ペスカは焦れていた。自分とてやる事は有るけれど、冬也と一緒でないのはちょっと寂しい。そこで、ペスカは冬也にある提案を行った。


「お兄ちゃん。明日はデートしよう」

「はぁ? 何言ってんだ? お前、工場に入り浸って、忙しそうにしてんだろ?」

「いいんだよ。たまには休養も必要なんだよ」

「ったく仕方ねぇな。俺達は客分扱いで免除されてっけど、みんなが復旧作業してんだぞ! あんまりウロウロして、ひんしゅくを買わねぇようにしろよ!」

「わかってるよ。そういうのは、釈迦に説法って言うんだよ!」


 しぶしぶ承諾した冬也は、翌朝ペスカに連れられリュートの街を散策していた。久しぶりの休日のせいか、ペスカは冬也の腕にしがみつき、飛び跳ねる様に歩いていた。


「こうやって見ると、ここ数日で随分と復旧してきたな」

「そうだね。皆で頑張ってるからね。それに資材も各地から届き始めたって言ってたし」

「シリウスさんは、忙しそうだな。昨日見た時はゲッソリしてたぞ」

「エルラフィア王国で、今一番忙しい貴族かもね」

「そんな時にお前は何を企んでるんだ?」

「違うよ。ちょっと役立つビックリドッキリメカを開発しているんだよ」

「頼むから変な合体とかはさせるなよ」


 他愛も無い話をしながら住宅街を抜け、道すがら二人が歩いていると、広場に人だかりが出来ているのが見えた。よく見ると、配給を待つ者達が長い行列を作っている。通常の配給でもそこまでの列は作らないだろう。なにせ配給自体は、各広場で行っているのだから。


「なんでここだけ、こんな行列なんだ?」

「メルフィー達が、配給食を作っているんだよ。美味しいんだって」


 二人が行列に近づくと、メルフィーから声を掛けられる。


「あらペスカ様、いらっしゃいませ。召し上がって行かれますか?」


 メルフィーにから差し出された器には、芋のスープが盛られており、一口すすると冬也は目を見張った。


「うめ~! 領主の家で出て来るのより旨いぞ」

「お兄ちゃん。腕だよ。腕」

「何で、お前が自慢気なんだよ」


 得意げに腕を曲げるペスカに、冬也が嘆息して呟く。そんな二人のやり取りにメルフィーは、顔を綻ばせた。


「メルフィーもセムスもありがとね」

「ペスカ様のご命令なら、何処へでも」

「助かるけど、お店は?」

「まだ不十分ですが、弟子が育って来ております。今回は緊急故、閉店して参りましたが、ゆくゆくは弟子に留守を任せようかと」

「きっと手を貸してもらう事になるから、準備はしといてね」

「畏まりました、ペスカ様」

「ペスカ様、いつでもお声をおかけ下さい。メルフィーと共に駆け付けます」


 ペスカは、メルフィー達に礼を言うと、冬也と腕を組み広場を去る。次に二人が向かったのは、工場区域だった。工場区域には、幾つもの工場が半壊しており、健在なのは頑丈に造られている兵器工場だけだった。


「せっかくだから見せてあげるよ」


 ペスカが自慢げに胸を張り、冬也を魔工兵器工場に連れて行く。工場内に入ると、中央には大きな何かが鎮座している。それは、映画等でよく見かける乗り物であった。


 迷彩色に塗られた車体には、分厚い鉄板で装甲が施されている。駆動部にはキャタピラがついている。更に車体上部には、三百六十度回転する砲塔部が取り付けてあり、主砲と機銃が搭載されていた。

 一言でまとめると、戦車である。しかも、かなり大型の。


「お前。何て物を造ってんだよ!」

「現代科学の英知だね」


 ペスカが冬也を連れ、戦車に乗り込むと、内部の説明を始めた

 コックピットの中には、計器類等がほとんど無い。そして全方面にスクリーンが張られ、車外に設置したカメラの映像を大型スクリーンで見る事が出来た。勿論、前方と左右や後方の風景を、全てスクリーンへと投影出来る。そしてスクリーン前には、戦車内とは思えない程にゆったりした、ソファの様な操縦席が設置されていた。


 砲塔部に取り付けられた主砲は、魔攻砲と呼ばれるマナを利用する魔工兵器の一種で、サブ兵器の機銃も同様に、魔工兵器の一種である。そして主砲には操作席と専用モニターが設置されていた。

 モニターには、敵の位置や数、距離等の詳細が映る様になっている。何よりも実物よりゲームに近い、簡易的な操作性となってのが肝だろう。敵に焦点を合わせ、カーソルを引くだけで魔攻砲が発射され命中補正も行う、初心者でも扱える設計になっていた。


 そしてこの戦車が大型なのは、戦闘用に造られただけではない所だろう。前方の操縦席側と仕切られる様になっている後方部には、寝台や簡易キッチンに簡易トイレまで備え付けられていた。 


「現代科学越えてるだろ!」

「SFの勝利だね」

「なんでキャンピングカー仕様にした! すげぇ違和感だよ!」

「だって野宿は嫌でしょ?」


 ため息を着く冬也に向かい、ペスカは勝ち誇った様な顔で言い放った。


「なんと、時速百キロを実現致しました! そして、消費マナは従来の百分の一以下です。お得ですね~」


 ペスカが頑張る時は、冬也の予想より斜め上を行く。ペスカとの長年の暮らしで体感してきた冬也だったが、今回は気が遠くなる程に驚いていた。

 工場の職員は領都の復旧にあたっており、皆出払っている。ペスカの作業を補助した者はいないはずである。しかも、領都奪還から僅かな日数しか経っていない。この短期間にしかもたった一人で、こんな兵器を造り出した。これが、驚かずにはいられようか。

 冬也を驚かせたペスカは、満面の笑みを浮かべていた。


「これに乗って、お兄ちゃんと王都までドライブだよ!」


 目的の物を見せて満足したペスカは、一通り砲塔を動かしたりと、操作テストと言う名の遊びを楽しむ。冬也も一応は、男の子である。戦車の中に入れる事、そしてSFモドキのハイテクを体感出来る事で、知らずと興奮していた。


 二人は昼食も忘れ戦車で遊び、気が付いた頃には日が落ちかけていた。流石に領主宅に戻らないと、心配をする者がいるだろう。二人は、帰りすがらに街の復旧状況を確認し、領主宅へと戻る。

 ただ領主宅が視認出来る距離まで近づくと、門の前に見た事の無い馬車が一台止まっているのが確認出来た。 

 二人は疑問に感じながら屋敷に入ると、執事に案内されて執務室に通される。


 執務室内には、長身で美形の青年が立っていた。長剣を腰に携えた所と、儀礼服を着ている事から青年は騎士なのがわかる。

 冬也とさほど変わらぬ年齢だろうか。だが、冬也と明らかに違うのは、その整った所作であろう。騎士は白い歯を輝かせながら、爽やかな笑顔でペスカに話しかけた。

 

「もしやあなたが、ペスカ・メイザー様でしょうか? 王都より迎えに参りました。シグルドと申します。近衛隊の隊長を務めております」

「いえ、まったくの人違いです。何より私の姓は、メイザーではありません」


 怪訝な顔つきでシグルドを見つめ、ペスカは問いに答える。警戒でもしているのだろうか、冬也にはペスカの真意が読み取れずにいた。


「まぁ、待てよペスカ。迎えに来てくれたなら良かったじゃないか。渡りに船ってやつだろ」


 しかしペスカは、シグルドから顔を背ける。あからさまに深い溜息をつくと、冬也に近づき耳打ちをした。


「私、何でも出来そうなイケメンって、好きじゃないんだよね。お兄ちゃんみたいに、ちょっとおバカでも、頑張り屋さんなタイプが好き。むしろお兄ちゃんが大好き」

「意味わかんねぇ~よ、ペスカ」


 冬也は、弱った様に息を吐く。耳打ちと言っても、わざとシグルドへ聞こえる様に声を張り上げているのだ。どうせ今回も、二人きりが良いと駄々を捏ねようと言うのだ。実の所ペスカの思惑は、冬也の予想通りではある。

 しかし、シグルドは笑みを絶やす事なく、爽やかな態度で再びペスカに話しかける。


「どうやら嫌われてしまった様です。しかし残念ですが、王命です。私と一緒に王都へお越し願います」


 王命には従わなければならないだろう。

 しかし、今やペスカはこの国の人間ではない。他国、しかも異世界の日本から来た者が、なぜ王命に従わなければならない。

 とは言えこれは詭弁であり、本来であれば密入国であるペスカ達は、身分の証を立てるのが筋であろう。ただし、身分の証だけであれば、シリウスやクラウスが保証人となって解決する話なのだが。


 どの道ペスカは、近衛騎士団と称される者達との同行を、嫌がっているだけなのだ。シグルドに対しペスカ尚も顔を背け続けた。


「どっちみち王都には行くし、そっちはそっちで勝手にすれば良いじゃない」


 だからと言って、はいそうですかと終わる話ではない。立場を変えれば、ペスカを護衛し王の下に連れて来るのが、シグルドに与えられた命令であるのだ。

 こんな時、事情を全く理解しないが、何となく空気を読んで正解を導く冬也の存在は、重要なのかもしれない。そして、執務室の椅子で様子を見ていたシリウスも、冬也に同調する。


「我儘言うなペスカ!」

「そうですよ姉上! シグルド殿のお立場もお考え下さい!」

「嫌だ! お兄ちゃんとのドライブを邪魔するな!」


 冬也とシリウスが説得を試みる。しかしペスカは頑として、首を縦に振らない。ここまでされても、嫌な顔一つ浮かべないシグルドは、かなりの人格者であろう。


「仕方ない。私がペスカ様に着いて行くとしましょう」

「勝手に着いてくるなら、許してあげない事も無いんだからね。フン!」


 ペスカはそう言い放つと、執務室を飛び出し部屋に引き籠ってしまう。


「そんなツンデレはいらねぇから、ちょっと待てペスカ」

 

 冬也はシグルドに謝罪し、ペスカを追いかけ執務室を離れる。奇妙なトラブルに巻き込まれる予感をし、冬也は頭を抱えていた。

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