第27話 旅の道中とペスカの企み

 部屋に閉じこもるなりベッドに蹲り、いつまでもペスカは愚図っていた。

 ペスカの愚図る気持ちは、冬也にもわかる。なにせつい先程まで、戦車の中で盛り上がっていたのだ。領都が壊滅している今、不謹慎かもしれない。しかし、冬也の中にもこれから冒険が始まるのだと、すこしワクワクする様な感覚が芽生えていた。

 ペスカとて、ただ冒険を楽しむだけなら、あんな途方もない兵器を造るはずがない。しかも短期間でだ。どれだけ大変だったか、計り知れない。色々な想いを抱えて、それでも明るく前に進もうとしている。それを、誰が止められるというのだ。


 戦いに赴く覚悟なら、当に出来ている。だが、それとこれとは違う。張り詰めた緊張感の中で、どれだけの成果が出せる。必要なのは、心のゆとりなのだ。ペスカが、冬也を求めるのと同じように。

 それがわかるからこそ、冬也はいつまでもペスカに声をかけられずにいた。


「なぁペスカ。一緒に行かなくても良くなったんだ。王様に謁見する時だけ、シグルドって奴と一緒にいれば良いだけだろ?」

「はぁ、まったく。お兄ちゃんは、何もわかってないよ」

「あぁ? どういう事だ?」

「あのね、私はこれでも前世では英雄だったの。知名度が高いの。このままあいつと王都に行ったら、拉致されて晒し物になっちゃうよ」

「意味がわかんねぇよ、ペスカ。兄ちゃんにもわかる様に、教えてくれよ」


 困り顔の冬也を気遣ったのか、ペスカは蹲るのを止めてベッドに座り直す。そして、冬也にもわかるように説明を始めた。


「お兄ちゃん。何で私がこの世界に来た事を、王様が知ってると思う?」

「そりゃ、シリウスさんの報告だろ? クラウスさんも報告してるかもしれねぇし」

「両方正解! 加えてフィアーナ様が、神託を下したかもしれないね」

「それがどうしたんだよ?」

「わからない? クラウスの報告が有った時に、私を呼びつけてもおかしくないんだよ。それが今になって呼びつけたんだよ。しかも近衛騎士団のお迎え付きなんて、不自然に感じない?」

「確かにな」

「メイザー領の壊滅っていうニュースは、各地に流れているはず。そんな時に、救国の英雄が登場する。それが、奴らのシナリオなんだよ」

「あぁ、そういう事か。すげぇめんどくせぇな」


 過去の英雄が再誕したというシナリオに、ペスカは乗る気が無かった。何故なら、人心をまとめ上げるのは、国王の仕事である。

 現状は領地の一つが壊滅しただけである。何も国の危機、若しくは大陸の危機に至った訳では無い。この状況で一足飛びに、国王ではなく英雄が人心をまとめる状況は、芳しいとは言えない。不謹慎と受け取られても、それが事実だろう。ただこれ自体は、理由の一端に過ぎない。


 ペスカが懸念しているのは、邪神ロメリアの事である。

 人々が希望に満ち溢れた所に、絶望を与える存在である。ならば不必要に、邪神ロメリアが喜ぶ状況を作りだす必要はあるまい。

 もっとも、人々が危機感を抱き始めてる今、更に危機に陥れようと考えるのも、邪神ロメリアなのだが。

 いずれにせよ、邪神ロメリアの思惑を計りかねている現状で、不用意な行動は避けたい。

 だが、そんなペスカの懸念は、冬也によって一蹴される事になる。


「うだうだ考えていても、仕方ねぇよ。なるようにしかならねぇしな。そもそも、シグルドって奴は、話のわかる男だと思うぞ」

「なんでお兄ちゃんに、そんな事がわかるの?」

「だって、お前。まともにあいつの目を見てなかったろ?」

「そりゃ、そうだよ。キラーンってしてる男に、碌なのはいないんだよ。翔一君みたいにさ」

「馬鹿、翔一にだって良い所はあるんだぞ!」

「無いよ、あんな金魚のフン! とにかく、私は爽やかイケメンには、興味がないの!」


 これ以上話をしても、ペスカの気が変わる事はないだろう。そう判断した冬也は、ペスカの部屋を出る。そして、入念に鍵をかけて、床に就くことにした。

 しかし、冬也がいくら鍵をかけても、ペスカは容易く部屋へ侵入して来る。当然その晩も、ペスカは冬也の部屋に忍び込み、ベッドの中に侵入していた。

 そして翌朝、目を覚ました冬也は、当たり前の様に自分の横で寝るペスカの頬を摘まんだ。


 うみゃっと変な声を上げ、ペスカがベッドから飛び上がる。ペスカが目を覚ました所で、二人はメイド達が用意した服に着替え、食堂に向かい硬いパンを貪った。

 そして兵器工場へと向かい、戦車を領主宅の庭へ止めると、食糧等の荷物を積み込んだ。

 見慣れぬ巨大な乗り物に、執事やメイド達は一瞬だけ驚いた表情を浮かべた。直ぐポーカーフェイスに戻し、荷物の運び込みを率先する所は、流石と言った所だろう。

 丁度、荷物の積み込みが終わる頃に、シグルドと数名の兵達が顔を出した。

 

「おはようございますペスカ様。お供させて頂きます」


 朝に相応しい爽やかな笑顔で、シグルドがペスカに話しかける。しかし、ペスカはシグルドに向かい言い放った。


「何人たりとも、俺の後ろは走らせね~」

「ペスカ。全く意味がわかんねぇ」

「お手柔らかにお願いします。ペスカ様」


 シグルドは、爽やかな笑顔を崩さずに微笑んで答えた。


 その後、シリウス達に見送られ、ペスカ達は戦車に乗り込み出発をする。直ぐ後ろにシグルド率いる部隊が追随する。しかし、門をくぐり街を出た直後である。ペスカは戦車のスピードを上げ、シグルド達を引き離しにかかった。戦車は、七十から八十キロ位は出ているだろう。猛スピードで走る戦車に、シグルド達の姿はみるみる小さくなっていく。


「止めろペスカ。シグルドさんより、馬が潰れちまう」

「お兄ちゃんは、黙ってて。私は、峠最速の女!」

「なんでそんなに嫌がるんだよ。シグルドさん、良い人そうじゃないか」


 冬也の問いに、ペスカは渋々と口を開いた。


「昨日も言ったでしょ! 忘れちゃったの? 問題は、あのイケメンじゃ無いんだよ。いい、お兄ちゃん。私は生前、この国で救国の英雄みたいな扱いをされていたんだよ」

「マーレに銅像が立つくらいだしな」

「ならわかるでしょ? そんな私が、あのイケメンと王都に入ったらどうなるか位」

「いや、大騒ぎになんてならねぇよ。そもそも、あの銅像とお前、全然にてねぇし」

「はぁ? なに言ってのって、まさかお兄ちゃん・・・」


 冬也が言いきる前に、ペスカの言葉で遮られる。

 

「お兄ちゃんは、言ってはならない事を、口にしたのだ! 成長期の乳と、成熟した乳を比べた罪! 特と知るがいい!」

「おっぱいじゃ無くて、顔だよ顔! おっぱいなんて見てね~よ!」

「はぁ? 私の平凡乳には興味なしか乳魔王! 勝負してやる! かかって来い!」


 冬也に向け、さぁと胸を突き出すペスカ。脳天に鉄拳をお見舞し、冬也はペスカを黙らせた。

 ただ、そうは言ってもこのままでは、埒が明かない。冬也はその夜の野営で、シグルドに相談する事にした。ペスカは言っても無駄だとばかりに、顔をしかめていたが。


「ペスカ様の仰る事は、正しいと思います」

「そっか。なら」

「ただそれは、難しいと思います」


 冬也の言葉を遮る様に、シグルドは言い放つ。


「戦車が目立つからか? それともパレードが必要なのか?」

「まぁその乗り物は、かなり目立ちますが。必要なのは、未曾有の危機に陥ろうとしている王国に、救国の英雄が戻った。それを民衆に知らしめる事なのです」


 ほらやっぱりと言わんばかりに、ペスカは口を尖らせる。しかし冬也は、諦めずに説得を続けた。


「理解は出来るけど、俺は嫌がるペスカに無理強いをさせたくないぞ」

「まぁお待ちください。私が言ったのは、あくまでも建前です。ちゃんと、準備をしてあります。ご安心下さい」


 シグルドの言葉に、ペスカはニヤリと口角を吊り上げる。


「お主も悪よのぅ。シグルド殿」

「いえいえ、ペスカ様も中々のもので」

「どうして、そんな返し知ってんだよ、シグルドさん!」

「冬也殿、私の事はシグルドと呼び捨てにして下さい」

「じゃぁ俺の事も冬也と呼び捨てに。ってそう言う事じゃねぇ~!」


 ペスカとシグルドの企みは、夜遅くまで続くのであった。


 明くる朝、冬也が目を覚ますとシグルドは既に起きており、隊士達と剣の素振りをしていた。それを見た冬也は、シグルドと共に剣の素振りを始める。そして隊士に加わり稽古をする事になった。やがてシグルドの提案から、冬也とシグルドの模擬試合を行う事になった。


 本気で立ち向かう冬也を、シグルドは一蹴する。しかし、何度も立ち上がり向かって来る姿に、シグルドは目を輝かせ対峙していた。模擬試合が終わったのは、冬也が糸の切れたからくり人形の様に、倒れ伏した後だった。


 ペスカに回復魔法をかけられながら、冬也は呟く。


「シグルド。あんたつえ~な」

「これでも、近衛を率いてる立場なんでね。見た所、冬也は自己流だろう? おまけにマナの扱いには、慣れてない様だ。本来の戦い方で、マナを使いこなせる様になれば、隊士では冬也には勝てないと思うよ」

「何言ってやがる。みんなで俺を、ズタボロにしやがったくせに」

「無尽蔵のマナを持つ冬也が、それを言うのかな? 私も驚かされたんだよ。君はいったい何者なんだい?」


 事実、冬也が稽古をしたのは、近衛隊全員とである。早朝にも関わらず、近衛隊の激しい訓練に混じった後、シグルドと模擬試合を行ったのだ。

 隊士達にとって、身体強化の魔法は、必須のスキルである。その隊士と渡り合った後に、何度もシグルドに立ち向かっていったのだ。

 シグルドが底なしのマナと、思うのも無理がない事であろう。


「お兄ちゃん。言っとくけど、この国の近衛隊は、選りすぐり精鋭なんだよ。代々の隊長は、化け物じみた強い人が選ばれているんだよ。そもそも、近衛隊の隊士と渡り合う事自体が、無茶なんだよ」

「ペスカ様の仰る通りです。それに、私に傷を負わせる事の出来る隊士は、数える程しかいない。最後はかなり危なかった」


 そう言うと、シグルドは腕を捲る。捲った腕には、赤い一筋の痣が出来ていた。


「まぁ、それだけ近衛隊長を本気にさせたって事だよ。お兄ちゃん」

「そうですね、ペスカ様。先が楽しみです」


 冬也が起き上れる程に回復すると、シグルドと剣術談義を始める。それに隊士達も加わり盛り上がる。その頃、ペスカは戦車の中へ消えていた。

 冬也の腹が大きな音を立て始めた頃に、ペスカが戦車から戻って来た。


「今日は特別に、ペスカちゃん特製の朝ごはんだよ。さぁ腹ペコども、おあがりよ」


 ペスカが作って来た物、それは日本ではありふれた、ただの茶漬けだった。ご飯に白身魚と海苔が乗って、出汁がかけられたシンプルな茶漬けである。

 しかし、隊士達はこぞって御代わりを求め、シグルドは目を細めて頷いていた。冬也は、「旨いよペスカ。やれば出来るじゃん」と褒め、ペスカをご満悦にさせていた。


 ペスカが気を許したのか、その日以降の旅は順調に進んだ。

 ペスカが戦車を暴走させる事は無く、休憩中には冬也がシグルドに稽古をつけられ、時折現れるモンスターは冬也と隊士達が共同で倒して行った。


 一行は順調に王都の前までたどり着いた。しかし、直ぐには王都に入らず、正門の近くで休憩をする事になった。目の前まで来ているのに、王都に入らない事を、冬也は不思議に感じていた。

 しかしその理由は、直ぐに判明した。


 王都方面から、兵と一緒にフードを被り胸の豊な女性が歩いて来る。そして、フードを取り払うと、銅像のペスカそっくりの顔立ちだった。銅像のペスカが動き出したのかと思う程に、体つきも銅像そっくりな美女だった。


「じゃ~ん。これぞ変わり身の術!」

「馬鹿かペスカ! これは身代わりだし、生贄だろ! 根本的な問題は解決してねぇよ!」


 確かに、これではペスカの懸念していた邪神ロメリアの対策は、一つも出来ていない。そもそもパレード自体に意味が無いと、思っていたのはペスカであろう。そして、シグルドもペスカと同意見を持っていた。

 近衛隊の隊長として、国王の命を順守するのは当然である。しかし、国王を諫めるのも、側近の役目である。この時のシグルドは、王命すら背く覚悟を決めていた。

 しかしペスカとシグルドは、予想以上に難航した。それは、邪神ロメリアどんな行動に出るのか予測がつかないからである。しかし、二人が一つの答えに辿り着いたのは、偏に冬也の言葉にあった。


 なるようにしかならねぇ。


 確かにその通りなのである。

 なるようにしかならねぇなら、いっそこちらから仕掛けてしまえ。派手に目を引く行動を起こし、邪神ロメリアの注意を引く。返ってその方が、攻撃目標が一点に絞れて良いのではないか。

 それがペスカとシグルドが出した答えであった。


「ただよぉ。あんた、どこの誰だか知らねぇけど、こんな真似させられて、良いのか?」

「問題ございません。私はペスカ様やシグルド様の、お役に立てれば充分でございます」


 念の為にと、身代わりになる女性に冬也は話しかける。しかし、女性は真っ直な目で冬也を見つめ、首を縦に振って言い切った。

 

「この子とシグルドが正門から入って、お祭り騒ぎしている頃に、私達は裏門からこっそり忍び込むの」

「裏門の兵には話を通しております。ごゆるりと街へお入り下さい」


 もう決まった事かの様に、段取りを進めていく近衛隊。開いた口が塞がらず、棒立ちになる冬也。調子に乗るペスカと案外ノリの良いシグルド。


「シグルド殿、お主も中々やるではないか」

「へっへっへ、ペスカ様ほどではございませんよ」

「だから、なんでそんな返し知ってんだよ、シグルドぉ!」


 突っ込み対象が増えたと冬也は肩を落とす。ペスカは満面の笑みで戦車を動かす。二人は、悠々と裏門を抜け王都へ入って行った。

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