第25話 戦いの終了とペスカの決意

 泣き止まないペスカを冬也は抱きしめ、辺りの確認をメルフィーに頼む。モンスターの気配は消えうせているのを確認すると、メルフィーは馬を荷車に括り付ける。そして冬也は、ペスカと一緒に荷車に乗り込む。行きとは違い運転をメルフィーに任せ、冬也はペスカを抱きしめていた。


 全ては、二十年前の悪夢に紐づいた事なのだろう。おおよその事情は、シルビアやペスカから説明を受けた。しかし、ペスカがどんな想いで事に臨んだか、その真意までは冬也に知る由はない。

 なにせ、ペスカはどんな辛い事が有っても、冬也の前では笑顔を見せるのだ。無論、本気で冬也に叱られた時は別であるが。そのペスカが、悔し気に涙を流す。そんなペスカの姿は、冬也も初めて見る。


 あの場所で何が有ったのかはわからない。だが、どれだけ悔しい想いをしたのか、容易に察する事が出来る。冬也もまた歯がゆい想いに駆られながら、嗚咽するペスカの背中を優しく撫で、慰める事しか出来ずにいた。

 終ぞペスカは、領都に辿り着くまで泣き止む事は無かった。


 ペスカ達が辿り着く頃には、四万人以上の避難民も、既に領都へと戻っていた。領都のモンスター掃討は既に終えている。しかし、建物の損壊は著しく、とても人々が暮らせる状態ではなかった。

 領都に点在する広場には仮設テントと配給所が設置され、工場に取り残された怪我人達を含め、多くの住民達が集まっていた。


 疲労困憊の意味では、住民と兵士の隔ては無い。要救護人を優先に治療が進められる中、多少でも体を動かせる者は、シリウス指揮の下で領都の復興作業に取り組んだ。

 男達は力仕事、女達は配給の手伝いと、交替に休みを取りながら、住民と兵士が手を取り合いながら働いていた。


 だが問題は、ほぼ壊滅状態の領都だけではない。領内の収穫物は、モンスターによって食い荒らされおり、圧倒的な食力不足に直面していた。

 既にメイザー領崩壊の危機と言っても過言ではない状況で、シリウスは奔走していた。

 当然、国王への現状報告は、領主としての第一優先義務だろう。そして、近隣の領主達にも情報の共有をするべきである。それと共に、支援を願い出る必要もある。シリウスは、各地に早馬を飛ばす。そして領軍を再編成し、領内各地の視察と援助に向かわせた。


 そんな中、ペスカは荷車の中で眠っていた。泣き疲れたせいもあるだろう。しかし、大魔法を何度も連発し続けたのだ、マナが空になっていてもおかしくはない。ペスカは、冬也の手で領主宅に運ばれた。冬也も慣れない連戦で疲労が溜まっている。ペスカをベッドに降ろすと、そのまま一緒に寝てしまった。


 その晩、冬也は夢を見た。


 白い雲の様な道をふわふわと歩くと、目の前に荘厳な神殿が現れる。神殿の中には、光り輝く女性が座っていた。美しく長い金髪とすらりとした体躯、そしてやや童顔でおっとりとほほ笑む女性は、手招きをし冬也を呼ぶ。

 冬也は一言も発する事が出来ず、女性の眼前まで引き寄せられる様に歩く。女性の目の前まで冬也が進むと、女性は冬也に話しかけた。


「ようやく繋がりました。何度も呼び掛けたのに、感度が弱いんですね」


 冬也は声を発する事が出来ず、何言ってやがるこいつと心の中で呟く。

 

「あなたの声は聞こえてますよ、冬也君」


 冬也は意味が解らず首を傾げる。誰だこいつ、おふくろ? 

 妙な既視感を女性に感じるが、全く冬也に覚えが無い。


「何故こんな馬鹿に育ってしまったんでしょう。お恨みしますよ、遼太郎さん」


 何故そこで親父の名前が出る? 

 尚も首を傾げる冬也に、呆れた顔の女性は話を続けた。


「私の名は、フィアーナ。女神です。これをあなたに言うのは何度目でしょうか?」


 知らねぇよ馬鹿じゃねぇのと、冬也は心の中で呟く。しかし考えている事は、女神フィアーナには筒抜けであった。


「馬鹿はあなたです! 何度も助言を与えているのに、その都度忘れて。どうせ今回も忘れるんでしょうけど」


 深い溜息をつく女神フィアーナ。そして、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。


「良く聞きなさい。あなたの妹を想う心が力になるでしょう。いいですか? あなたの妹を想う心が力になるでしょう。ってあ、もう時間? 待って目覚めないで! 久しぶりに会えたのに、ちょっと」 

 

 目を覚ますと、冬也はペスカを寝かせたベッドサイドに、倒れこむ様な体勢になっていた。何だか変な女の夢を見たと思う冬也であるが、直ぐにその事を頭の片隅に追いやり、ベッドから離れた。

 冬也がカーテンを開けると、眩い光が部屋へと差し込む。そして体をゆっくりと伸ばし、深呼吸をする。暫く体を動かしていると、ペスカがモゾモゾとし初め、目を覚ました。


「お兄ちゃん? おに~ちゃ~ん」


 ペスカがベッドから勢いよく飛び出し、冬也にしがみつく。冬也は優しくペスカを抱きしめ、頭を撫でた。


「どうした? まだ落ち着かないか?」

「ありがと、もう大丈夫だよ。お兄ちゃん」


 冬也の問いにペスカは首を振り答える。悲痛な面持ちで泣いていた昨日と比べ、幾分か笑顔が戻ったペスカを見て、冬也は少し破顔した。

 一晩休んでスッキリするなら、抱えているのは大した問題ではない。そして人は、それほど単純には出来ていない。

 悔しさは残っているはずだ。しかし、ペスカなりに整理をつけたのだろう。強がっているのは、手に取る様にわかる。それはまごう事無く、ペスカの強さなのだ。冬也は、ペスカを誇らしく思うと共に、抱きしめる力を少し強めた。


 一方、冬也に頭を撫でられ、ペスカは顔に喜色を浮かべる。そして心に少し余裕が出来たのか、お腹がくぅ~と可愛らしい音を鳴らした。


「腹減ったなペスカ。何か食えるか聞いてみるか」


 流石に恥ずかしかったのか、ペスカは少し顔を赤らめなが首を縦に振る。そして冬也と共に部屋を出た。


「なんか今日のお前可愛いな。おしとやかな感じだし」

「にゃに言ってのお兄ちゃん。鈍感! すけこまし!」

「お前は、そうやって騒いでる位が丁度良いよ」


 そう言って、ペスカの頭を優しく撫でる冬也。ペスカは嬉しそうに、顔を綻ばせた。


 領主宅は、人が慌ただしく出入りしており、喧騒としていた。その中で、一際大声で激を飛ばす人物がいる。シリウスは目に隈を作り、大声で兵達に指示を飛ばしていた。シリウスを見つけたペスカは、精一杯明るく声をかける。


「やっほ~シリウス。って、凄くやつれてるね」

「姉上、お目覚めになられましたか。少しお元気になられた様で、なによりです」

「シリウスさんは、かなり疲れてますね」

「義兄殿、あれから領都の復興に追われてましてな。そうだ! 叔父上もおられる事だし、丁度いい。食事をしながら詳細をお聞きしてもよろしいですか?」


 ペスカと冬也がシリウスに連れられ食堂へ入ると、既にシリウスの叔父アルノーが座っていた。冬也はアルノーを紹介され、軽い挨拶を交わすと食事が運ばれてくる。一同は、パンとスープだけの軽い食事を手早く平らげる。食事が終わり一同が落ち着いた頃、ペスカが重い口を開き、説明を始めた。


 二十年前の悪夢は、邪神ロメリアに操られた、ドルクが起こした事件である。今回の出来事も、邪神ロメリアによりドルクが蘇らされ、起こした出来事であった。そして、ペスカが丈夫な肉体を手に入れる為、転生したのはフィアーナ神の計らいであった。

 全ての元凶は、邪神ロメリアであり、自分はそれに対処する為に、再びこの世界へ来た。だが、自分は邪神ロメリアに手も足も出なかった。


 全容を話した後、ペスカは俯いた。そして、震える声で呟いた。


「ごめんね。みんなの敵、討てなかったよ」


 食堂内が沈黙する。誰もがかける言葉を見いだせなかった。

 先代のメイザー伯を初め、兄妹達は犠牲となって死んだ。ペスカの実父や実母、兄弟達も犠牲になった。

 仮に戦いの中で死んだとして、それが栄誉となるなら、戦う術もなく死んでいった者はどうなる? 残された者は? 果てや、戦いの中に身を置きながらも、守りたい人を守れずに生き長らえた者は?

 誰もが悔恨の念を噛みしめて、この二十年を耐えて来たのだ。容易にかける言葉など、有ろうはずがない。

 誰もが言葉を失い、沈黙が包む空間で、冬也だけが立ち上がり声を張り上げた。ペスカが隠していた事情を全て呑み込んだ上で。


「どうやらこの世界は、神様が地上にちょっかいをかける世界なんだな。くそったれだぜ、まったくよぉ。そうだろ? 神話に出て来る神様なんて、自分勝手な奴ばっかりだ。そんなのが、好き勝手に地上を操るなんて、くそったれ以外の何物でもねぇよ! 神様が起こした事件なら、神様同士で決着つけやがれ!」


 恐らく、誰もが恐れて口にする事は無いだろう。それを、冬也は堂々と言い放った。そして、冬也の言葉は続く。何故なら、納得など出来るはずが無いのだ。ペスカを辛い目に合わせた世界も、その元凶になった神も、そして辛い宿命を与えた神も。


「なぁペスカ。お前、もう家に帰れ! そのフィなんとかって神様に頼めば、日本に帰れんだろ? なんなら、俺が話しをつけてやる! そんで、家で大人しくしてろ! 俺がそのロメ何とかって奴をぶっ飛ばしてやる!」

「何言ってんの? お兄ちゃん言ってる意味、ちゃんとわかってる?」


 冬也の言葉に、ペスカは椅子から飛び上がる様にして、声を上げた。


「だって、そうだろ。お前の魔法が通じない相手に、誰が勝てるって言うんだ!」

「だったら、お兄ちゃんは余計無理でしょ!」

 

 ペスカは、冬也の言葉に面喰いつつも反論する。両者の言い合いは、ヒートアップしていった。


「お前が出来ないなら俺がやる。俺はお前の兄ちゃんだ。俺に任せて、お前は帰ってゲームでもしてろ」

「馬鹿な事言わないでお兄ちゃん。お兄ちゃんが勝てる訳無いよ!」

「誰が勝てないって決めた! 俺はお前と違う。必ず勝つ!」

「お兄ちゃんだけじゃ無理! 私も、私もあいつを倒す!」


 ついにペスカは、有らん限りの怒声を張り上げた。冬也を巻き込んだのは、ペスカである。そんな事は、重々承知である。だからこそペスカは、冬也の言葉に首を縦に振る訳にはいかない。

 それは自分の使命以前の問題なのだ。冬也を危険に晒す位なら、自分が戦う!


 その想いは冬也も同じだろう。ペスカが冬也を想う様に、冬也もペスカを大切に想っている。

 そして冬也は、傷ついて泣くペスカを初めて見たのだ。そのまま、放置する訳にはいかない。負けた悔しさは、戦いの中でしか晴らせないのだから。

 そもそも地上の命運を、一人に押し付ける事が間違いなのだ。そんな事が強要されるなら、破壊してでも止めてやる。だが、ペスカ自身が全うすべきだと判断するなら、全力でサポートをする。


 言い争いの中で、冬也はペスカの答えを待った。そしてペスカは答えを出した。


「あぁそうだ。一緒に倒そう。ペスカ。いつも俺がついてる。俺がお前の盾になる。安心して構えてろ」


 冬也の優しく語りかける言葉に、ペスカの胸は熱くなり、感極まって涙が溢れた。そして、冬也の言葉に触発された者は、ペスカ一人ではなかった。


「我々も及ばずながら、お手伝い致します」

「うん。みんなの力も借りるよ! 全員で糞ロメリアを倒そう!」

「おう!」


 シリウスが言うと、アルノーが大きく頷く。そしてペスカは声を張り上げ、一同を鼓舞する。それに一同が賛同する様に立ち上がる。そして、血を沸き立たせる様に大きな声で、雄叫びを上げた。

 熱気が食堂を包んでいく。そして一同は座り直し、今後の方針を検討する事にした。


 冷静になればわかる事であるのだが。女神フィアーナは、ペスカ一人で邪神ロメリアに立ち向かえとは、決して言っていない。

 当たり前の事である。二十年前の戦いでは、大陸中の国々が力を結集して、事にあたったのだ。本来は、そう有るべきだろう。

 そして検討の結果、シリウスとアルノーは、メイザー領の復興を優先しつつ、情報取集を行う。ペスカと冬也は、王に謁見し各国との連携を図る為、王都へ向かう事が決まった。


 当座の目標は定まった。そして熱気冷めやらぬ一方、冬也は首を傾げていた。


「フィなんとかって、どっかで聞いた気がするんだよなぁ」

「何ぼけっとしてるの? 行くよお兄ちゃん。次は王都だ!」


 頭に過る疑問を再び片隅に追いやり、張り切って拳を上げるペスカを、嬉しそうに見つめる冬也であった。

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