第8話 ペスカ教官と特訓生活 

 ペスカの正体を知らされた翌朝の事である。日が昇り始める前に、伯爵邸の中庭で冬也は剣を振るっていた。

 フッ! ハァ! と気合の入った掛け声と共に、激しい音を立て振り下ろされる剣。冬也からは、大量の汗が滴り落ちていた。


「剣を貸して欲しい。このままじゃあ、ペスカを守れねぇ」


 冬也は昨晩遅くに、ルクスフィア夫妻を捕まえ頼み込んだ。クラウスはやや驚いた顔をし、シルビアはしたり顔でほほ笑んだ。そしてクラウスは、冬也に一本の模造刀を渡す。


 元々、様々な格闘技を修め、運動神経が高い冬也は、剣を振るう事自体に苦労は無い。しかし、命の危険を伴う実践を経験した後の冬也では、どれだけ剣を振っても物足り無さしか感じなかった。


「足りない、まだ足りない。こんなんじゃあいつは倒せない」


 冬也は激しい息遣いで、剣を振り続ける。

 冬也は怖かった。ペスカを守りきれなかった自分が、許せなかった。だから何かせずには居られなかった。


 冬也が剣を振り続け、数刻が過ぎた頃、後ろから声が聞こえて振り返る。そこには未だ寝ぼけ眼の、ペスカが立っていた。


「お~! お兄ちゃん、かっこいいね~」

「ペスカか、何してんだ?」

「起きたらお兄ちゃん居ないし、探してたんだよ」

「そっか、ごめんなペスカ」

「それより、お腹すいたよ」


 ペスカに言われて気が付けば、もう日は高くまで昇っている。

 どの位の時間、剣を振っていたんだろう。冬也は、自分の体を見回す。シャツは汗で身体に張り付いており、髪の毛もぼさぼさになっていた。

 一息付こうとした冬也は、ペスカを見て気が付く。


「ペスカお前、今起きたんじゃないよな?」

「ま、まさか、まさかだよ。まさかり担いだ金太郎だよ」

「何くだらない事言ってんだよ。夜更かしは駄目っていつも言ってるだろ! 兄ちゃんの言う事聞けないやつには、お仕置きだからな」

「い~や~! おに~ちゃんの汗でびちょる~」


 冬也のグリグリ攻撃が、ペスカの頭に容赦なくさく裂する。本日は、汗付きの大サービスだ。ペスカは涙目になっていた。


「う~。乙女にする事じゃ無いよ! わかってるお兄ちゃん? セクハラ大魔王!」

「だれがセクハラ大魔王だ! でも飯にすっか。俺も腹減ったよ」


 メイドに案内されて、浴室で汗を流した後、二人は食堂で遅い朝食を取った。


「相変わらず旨くねぇな、この日本食もどき」

「私、納豆嫌い。お兄ちゃん食べて~」

「やだよ、兄ちゃんも嫌いだし」

「ところで、お兄ちゃん。ご飯食べたら特訓ね」

「なんの? お前、剣なんて使えたの?」

「馬鹿なの? お兄ちゃんって、私を誰だと思ってるの? これでも魔法の大家なんだよ」

「そっか、賢者とか何とか言ってたっけ、マジだったんだ」

「まだ信じてなかったの? お兄ちゃんってバカ? 変態?」

「バカはともかく変態じゃねぇ~よ」

「バカは認めるんだ!」


 食事が終わると、二人は再び中庭に戻る。準備万端の冬也に対し、ペスカは仁王立ちになり鼻息を荒くし言い放つ。


「貴様が訓練兵か。何をちんたらやっている。早く並べ」

「可愛い声で言っても、似合わねぇよペスカ」

「貴様ぁ、俺の事は教官と呼べ! ハイは一回! わかったか!」

「はい!」

「気合が足りん、わかったか~!」

「うるさい!」


 ゴンと鈍い音と共に蹲るペスカ。ペスカは頭をさすりながら、うぅーと恨めしそうに冬也を睨む。


「雰囲気が大切なんだよ。何事も形からだよ。お兄ちゃん」

「良いから本題に入って下さい。教官殿」


 冬也にせっつかれ、ペスカは魔法の説明を始めた。


「い~い、お兄ちゃん。前にも言ったけど、魔法はイメージを具現化した物なんだよ」


 魔法と科学との違い、それは創造の過程が物理的で有るか否か。

 結果の現象が同じでも、魔法ではイメージした物を、マナを使って現象を引き起こす。その為、理論的に理解出来ない物は、仮に具現化しても、イメージ通りの効果を起こさない場合が有る。魔法を使う過程では、イメージをより具体的にする必要が有る。


「兄ちゃん、わかんないよ。もう少し簡単な説明をしてくれよ。教官」

「仕方ないな~。森で少しやったでしょ? 火を出すのと風を飛ばすやつ」

「あれは、お前が見せたアニメを、イメージしたんだけど」

「普通はね。酸素と熱、それに可燃物が無ければ、燃焼は起きないの。でも、魔法の場合は、熱と可燃物の代替えとして、マナを使うんだよ」

「難しい事を言うなよペスカ」

「お兄ちゃん、理科の実験を思い出してよ。理論的な解釈が出来なくても、魔法は使えるよ。でも、精度と威力が段違いなんだよ」

「それじゃあ、マンティコアの時に出したスライムは? あの時の俺は、燃えるスライムを想像したんだぞ」

「あの時は、私がこっそりサポートしたからね。あのままだと、お兄ちゃんの魔法は、唯のスライムが出て来るだけで、燃える事は無かったと思うよ」

「わかった様な、わからない様な」

「まぁ、お兄ちゃんは実戦でやった方が良いかもね」


 どれだけ説明しても、いまひとつ理解に欠ける冬也。仕方なく最初は、実際にペスカが魔法を放ち、それを模倣する訓練方法に落ち着いた。


 ペスカは、炎、風だけでなく、水、土等、様々な物を利用した魔法をどんどん繰り出していく。冬也は見た現象を再現できる様に、必死になって魔法を放つ。


 だが、冬也は既に森の中で、魔法を使用してモンスターを倒している。その為、慣れも早い。少しすると、ペスカの魔法を真似る訓練ではなく、ペスカの指示したイメージ通りに、魔法を放てる様な訓練にシフトして行った。


「違う。お兄ちゃん、もっとイメージをしっかり」

「こうやってこう! 何でわかんないかな~」

「もっと先を細くする感じ。そう! 良いよ!」


 次々とかけられるペスカの言葉に、真摯に従い冬也は魔法の訓練を続ける。ひたすら、魔法を放ち続けた。日が沈みかける頃、冬也の疲労はピークを越え倒れ伏した。


「あ~マナ切れだね。今日はここまで。お疲れ様お兄ちゃん」


 冬也は声もだせず、軽く手をひらひら振った。


「お兄ちゃんの進化をお楽しみに! また来週!」


 見た事も無いほど、疲れて倒れこんでいる冬也を見ると、ペスカはにやりと笑う。 

 お仕置きと称しぶたれる、日頃の鬱憤を晴らしつつ、冬也を鍛える計画の成功に、ペスカは大満足であった。

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