第3話 森からの脱出 その1

 冬也は、とても困り果てていた。ペスカは涙を零しながら、異世界に来たと言い切る。おまけに、妹の旅行先がここだと言われても、信じられるはずが無い。

 謎の森に謎の生物、おまけに魔法と呼ばれる謎の力。残酷な程にリアルな状況を見せられても、冬也は未だに現実を受け止めきれずにいた。

  

「なぁ、これはお前の仕業か? 目的地がここだって事は、そう言う事だろ?」

「うん、そうだよ!」


 さっきまで、大泣きしていた妹は何処に行ったのかと思う位、笑顔のペスカを見て冬也は絶句する。お仕置きとばかりに、冬也はペスカのこめかみをグリグリしながら問いかけた。


「ほらペスカ、吐け! 何が目的なんだ?」

「いだい。いだいよ、おにいぢゃん。だから異世界観光だよ」

「馬鹿じゃねぇのか? あぶねぇ事すんじゃねぇよ!」

「危なくないよ。だって、余裕で倒したじゃない」


 ふと、冬也はペスカの言動を思い出す。こんな異常事態にも係わらず、ペスカは動じる様子が無かった。そもそも、旅行先をずっとはぐらかしていた。それは何故だ。

 もしかすると、ペスカの言う通りここは異世界で、自分は巻き込まれたのか?

 だが、こんな危なそうな所に、黙って一人でこんな所に来させるよりは、自分が一緒の方がましだ。


「もしかしてお前、最初から俺を巻き込む気だったのか?」

「だって、異世界だよ異世界。行くのは絶対にお兄ちゃんとだよ」

「もしかして、行先やらをはぐらかしていたのは、当日に俺をびっくりさせる為か?」

「だって、先に言ったら、お兄ちゃんぜ~たい怒るでしょ?」


 どうやらペスカは、最初から異世界に来ることを知っていて、且つ自分を黙って連れてこようとしていたらしい。上手く言葉に出来ない悶々とした感情が、冬也の胸に渦巻く。それでも優先すべきは、化け物じみた動物と再び遭遇する前に、森から出る事だろう。

 冬也が頭を巡らせていると、ペスカから声がかかる。


「早く移動した方が良いと思うよ。モンスターが出てきても、面倒だし」

「モンスターって何だ? さっきみたいな奴か」

「そうだよ。角生えてたでしょ?」

「随分と詳しいなペスカ。まだ隠してる事が有れば、早く言っとけよ。次はあの倍は痛くするからな」


 二人はペスカの提案通りに移動を開始したが、森の騒めきが治まらない。遠くからは何やら変な声も聞こえてくる。確かにさっさと移動しないと、また角ウサギみたいなのが襲って来るかもしれない。さっきは何とか撃退したが、二度上手くいくとは限らない。出口のわからない二人は、なるべく声のしない方角へ移動をする事にした。


 移動をしながら、冬也は先の戦いを思い出していた。ペスカが魔法と呼んだ、得体の知れない力。なぜ自分がそれを使えたのか。あれもペスカの仕業なのだろうか。考えをまとめようとしても、冬也の脳が追いついていかない。


「魔法は修行の成果だよ。ほら毎晩やってたでしょ?」

「お前はエスパーか! ってあれか? 毎晩お前にやらされた瞑想みたいなやつ?」

「そうそう。私に感謝してよね」

「お前の厨二病が、役に立つ日が来るとはな」

「厨二じゃないし。それより今のうちに、練習しておいた方が良いかもよ」


 確かにペスカの言う通りなのだ。いつ襲われるかわからない状態で、対抗策が無いのは命がいくつあっても足りない。そして冬也は、ペスカに魔法とその使用方法について尋ねた。


 ペスカが言うには、魔法はイメージだそうだ。

 イメージした物を具現化するのが魔法で、イメージが具体的であれば、より強い魔法になる。その際、具現化のキーワードとなる呪文を唱えると、魔法は発動しやすい。

 また、魔法はマナと言われるエネルギーを消費して使う物であり、マナは常に体内を循環していて、誰もが持っている物である。


「つまりね。完璧にイメージ出来れば、何でも出来るって事だよ」

「じゃあ、拳銃とかも出せるのか?」

「内部構造まで、しっかりとイメージ出来ればね」

「んで、何で知ってんだそんな事?」

「そりゃあ、ここは私の元居た世界だしね」

「意味わかんねぇよ、ペスカ」


 ため息をついて冬也は、ペスカを見やる。冬也の視線を感じ、ペスカは少し動揺した様に見える。ひとまず冬也は、ペスカを追求する事は止めた。そしてペスカに教えられた通りに、魔法の練習しながらも森の探索を続けた。森を探索し始めて数刻後、モンスターが次々と襲って来る様になった。


 胴から裂ける様に、二つに割れた頭を持つ蛇が、身体をくねらせて向かって来る。


「来たよお兄ちゃん。こんどは蛇だね。頭が二つあるよ」

「わかったペスカ。いけっ炎弾!」


 冬也は蛇に向かい手を翳し、炎の塊を蛇に投げつける様にイメージをして魔法を放つ。冬也の手から放たれた炎の塊は、勢い良く双頭の蛇に向かう。双頭の蛇は、体を曲げながら、炎の塊を避ける。


「くそっ、外したか。もう一度だ、炎弾」


 次に冬也が放った魔法は、かなり小さく、空中で掻き消える。


「お兄ちゃん、もう少し体の中で、マナを膨らませるんだよ。マナが足り無いから、威力が低いの」


 冬也はペスカに言われた事を反芻する様に、体内に流れる力をコントロールする様に意識する。再び放つ炎の塊は、掻き消えた時の数倍は大きく、双頭の蛇を丸ごと呑み込む様にぶつかる。やがて炎の塊は、蛇を燃やし尽くしていった。


「やったね、お兄ちゃん。凄いね」


 続いて現れたのは、冬也より大きい蜘蛛が、糸を垂らして木の上から滑り降りて来る。


「次は蜘蛛なの? でかっ!」

「ペスカ、下ってろ!」


 冬也はペスカを背に庇う様にすると、蜘蛛に向かって魔法を放つ。


「切り裂け、かまいたち! いけ~!」


 冬也は、鋭い風の刃をイメージする。風の刃は、頑丈そうな蜘蛛の糸を切り裂く。蜘蛛は器用に空中で態勢を立て直し、大きな音を立てて、地上に着地する。

 着地した蜘蛛は、素早い動きで冬也の背後に回り込もうとする。しかし、冬也は蜘蛛の行く手を阻む様に、魔法を唱えた。


「土の壁だぁ~!」


 土の壁が蜘蛛の動きを一瞬だけ止める。その瞬間を狙って、冬也は再び魔法を放った。


「風の刃だ、切り裂きやがれ~!」


 冬也の魔法は、蜘蛛の足を何本か切り裂く。硬そうな蜘蛛の足は、吹き飛んでいく。冬也は尚も魔法を放ち続けた。


「燃やし尽くせ、炎弾だぁ」


 大きな炎が蜘蛛をじわじわと焦がしていく。ギギギと喜色の悪い叫び声を上げながら、蜘蛛の息の根は止まった。


 冬也は、最初の戦いこそ動揺があったものの、練習のおかげか魔法の扱いに慣れ始め、戦闘に余裕が生まれ始めていた。

 時に余裕は、人に油断を生む。戦いにおいて、僅かな油断こそが命を取りかねない。そしてその時は、刻々と迫っていた。

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