第13話 告白 後編

こんなはずではなかったのです。


人間になってから、何もかもがうまくいきませんでした。

私は主を心から愛していて、主も同じで。

すぐに私たちは結ばれて、猫だったときより可愛がってもらえて。

そんな生活を望んでいたのに、現実はまるで違いました。

しまいには、主は私以外の女性の匂いをつけて帰ってきたのです。

やんぬるかな、もうどうでもいいと思っても仕方がないでしょう。

主の腕の中であやされながら、私は絶望しました。


主は、私のことを愛してくれていても、私と同じ気持ちではない。


せめて、最後に主に愛の告白をしようと思いました。

泣き止んだ私の背を、ぎこちなく撫でる主。

私は涙に濡れた主の胸板から顔をあげて主を見据えました。


「……あるじ」


「鳴?……ごめんな、その」


「好きです」


主は息を飲みました。

私は構わず想いを言葉にします。


「ずっと、猫だったときから、愛していました。

本当に、心から、主のことが好きで、好きで好きで好きで……

主は私の全てなのです……」


今までずっと言いたくて、言えなかったこと。

なぜ今は簡単に言えるかが分かり、伴ってなぜ今まで言えなかったのかも分かりました。

主の返事が分かっているからです。

相手の返事が分かる会話など、独り言と変わりません。

そのまま、今までの想いが続けて、口からこぼれ落ちます。


「私には……、主の、……人間の、ペットに対する感情が分からなかったのです。

主は、たくさん私に優しくしてくれて、撫でて、抱き締めて、いつも構ってくれて……

だからっ……、だから、主も私と同じ気持ちだと……、勘違いしてしまったのです……

主も私を……、その、女性として愛してくれていると……

でも主は、私の知らない女性と交際していて……

ああ、主は私のこと、好きじゃないんだなって……!

でも!でもそんなの認められなくて!

主は私のことをこんなに構ってくれるから、その人と付き合ったのも何かの間違いなんだって思いたくて!

だから…………、私は、自分が人間ではないからだと、言い訳するようにしたのです。

私が人間でさえあれば、とっくに私は主と結ばれているんだと、あんな変な匂いの女に遅れをとらないんだと、自分に言い訳をしました……

それで、いつの間にか私は、それを真実だと思い込んでしまったのです……」


私は自分勝手で、臆病者で、役立たずです。

主は、こんな私のことを愛してくれるでしょうか。

ああ、私は本当に愚か者だったのです。


「どういうわけか、私は人間になってしまいました。

もしかしたら、私が強く思い込んだからかもしれません。

とにかく、私はこれで主と結ばれる、主に女性として愛してもらえると……、あは……、思って……しまいました……

……そんなわけないのに……

人間になって、主は私を構ってくれなくなりました。

……違います、責めているわけではありません。

勘違いしていた私が悪いのです。

人間になったら愛してもらえる、もっと構ってもらえる、主のお役に立てると、そう思っていたのに……

いざ人間になったら、なかなか構ってもらえず、うまくお役に立てず……」


主は、何も言いません。

言いませんが、とても切なそうな表情で私を見つめて、話を聞いています。

切なそうな理由が分かるので、私も切なくて、苦しくなります。

主に何と言われるか分かっていようがいまいが、つらいものはつらいのです。


「ついには、主は以前の恋人の匂いを付けてきました。

人間はそれについてどう思うか分かりませんが、元猫である私からすると、それはとてもつらいことなのですよ……

…………主……、正直に、言ってください」




「私は、猫であった方がよかったですか?」


「人間になってしまって、迷惑でしたか?」


「主は……、私のことがきらい……なのですか……?」




ああ、聞いてしまった。

あとは拒絶されて……、そのあとはどうなるのでしょう。



「……鳴、人間になってくれて……、ありがとうな……

俺も、お前が好きだよ。

ペットとしてじゃない、女性として、鳴が好きだ」




主は、涙を流しました。

ああ、なぜ泣いているのですか。

にわかには信じられないのに、信じたくて、私の目からも、ようやくおさまった涙が、また溢れてきました。

主の手が、私の首と頭に伸びます。

そうして、優しく撫でました。


「鳴、好きだ」


もう一度言われて、私は感極まって、主の胸元に飛び込みました。


「……あああぁぁぁぁ……

はあっ……、ほんとうですか……?」


「ん……、本当に好きだ」


「っはぁ…、はぁ、はぁっ!わ、わたしっ、ああっ、好きっ!

わたしも好きですっ!!あるじのことが好き!!

んはぁっ、わたし、あるじに愛されて……っ!

ほ、ほんとにすきっ、あるじがすきですっ!

すきすきっ、あいしてますっ!はあっ、うれしっ……!

ああぅ、な、なんかっ、からだ、おかしくっ……」


幸せでした。

主が、私のことを好きと言ってくれた。

今までのことが全て消し飛ぶくらい、最高に嬉しかったです。

あまりに嬉しすぎて、興奮してしまいました。

呼吸が荒くなって、視界ががチカチカと瞬きます。

喉に何かつまったように、息が通らなくなって……


「鳴、鳴?……大丈夫!?」


「あるじ、あるじっ、たすけてっ……!

はぁっ、ひぅっ、嬉しすぎてっ、おかしくなっ―――」


どちらが下か分からなくなり、視界には渦巻きが見えて、いよいよ私は主の胸に倒れこみました。


私の記憶は、そこで途切れました。




ベッドに寝かされたところからぼんやりと記憶があるので、それほど長時間意識を失っていたわけではなさそうです。

自分が主に膝枕をしてもらっていることは分かりましたが、まだ意識がふわふわしていて、起きる気にはなりませんでした。


「過呼吸かね……

ごめんな、鳴」


優しくおなかを撫でられます。

猫だったときからおなかを撫でられるのが好きで、よく仰向けになって催促しました。


「お願いだから、猫に戻ったりしないでくれよ、頼むから」


「……ぜったいに、もどりませんよ。

わたしは人間として、あるじのそばで一生生きていきます」


主と目が合いました。

こちらを心配する眼差しです。


「……鳴、おはよう。

それと、今まで本当に悪かった」


「えっ……、なぜ謝るのですか?」


「鳴を悲しませていたから。

……少し、話を聞いてくれないかな」


主は語ります。

驚いたことに、主は私のことを、私が猫だったときから愛していたのです。

といっても猫と添い遂げたいなどとは思っておらず、しかしながら、私が人間になればいいのになと思うくらいには愛してくれていたのでした。

つまり、私が人間になれば主と結ばれるという思い込みは、あながち間違いでもなかったのです。


「……なら、人間になってから、もっと構ってくれてもよかったではありませんか……」


「ごめんな、それも理由はあるんだよ。

納得してもらえるかは分からないけど」


その理由というのは、まずひとつは前から言われている通り、年頃の男女があまりべたべたするのは人間の倫理上よくないというものでした。

そしてもうひとつは、私が主に懸想しているとは思っていなかったからだと言います。

私の主に対する対応は、猫だったときと何も変わりませんでした。

私からすれば、甘えるのは求愛行動なのですが、主はまさか私が猫であるときから主を男性として見ているとは思わなかったので、そういった行動は慎むように言ったのです。

それどころか、人間になったのに鳴が自分に依存していてはいけないと思い、どうにかして私を独り立ちさせようとしました。


「鳴のことは好きだけれど、だからこそな。

好きな人だからこそ、鳴が本当に好きだと思う人を見つけてほしい、それにできれば俺に頼りきりじゃない一人前の人間になってほしい、と思った。

だから、鳴が猫だったときみたいに俺に甘えるのを、やめさせようとしたんだ。

……まさか、俺のことを好きでしてくれていたとは思わなかったけど」


「……なるほど……、いや、なるほどじゃないです。

わ、私があんなに……主のことが好きだって、甘えて表していたのに……

なぜ、なぜ気がつかないんですか……!」


「なら、何で鳴は好きだって言わなかったんだ?

それさえ言ってくれれば、いくらでも甘えさせてあげたのに。

好きな人に甘えられてそれを拒否するのって、すごいキツかったんだけど」


「そ、それなら、主こそ好きだと言ってくれればよかったではありませんか。

私が人間にさえなれば問題なかったのでしょう!?」


「ぐ、仕方ないだろ……

人間になったばかりの鳴にそんなこと言って、縛り付けたくなかったんだよ……」


「……」


「……鳴?」


きっと、どちらが悪いということはないのでしょう。

お互いがお互いのことを想っていたのですから。


話したり、言い合いをしながら、主はずっと私のおなかを撫でていました。

膝の上から、主を見上げます。

主の唇が目につきました。

今まで、何度も、勝手にこっそりと奪ってきた唇……


「これからは……、私を構ってくれますか……?」


「……もちろん、いくらでも構ってあげる」


「……猫としてですか?それとも、恋人として?」


「恋人として」


「……恋人として、構ってくれるのですよね?」


「? うん」


私は腹筋を使って上半身を跳ね起こし、主の肩を掴んで、キスをしました。

押し当てるだけの、他愛ないキスです。

数秒、唇を合わせたあと、目をあけながら離れました。


「あはぁっ……、キス、しちゃいましたね……」


主は驚いた表情をしていましたが、微笑みに変えて、私を抱き締めました。

そして、耳元で囁いたのです。


「キスしたの、初めてだ」


主は、前の恋人ともしたことがない、と言いたかったのでしょう。

ですが実際は、何度も私にされているので、絶対に初めてではありません。

それがなんだかおかしくて、愛しくて、嬉しくて……


「えへへ……、私も初めてですよ……」


私は口角がつり上がるのを感じながら、主に嘘を囁き返しました。

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猫は主と添い遂げたい レア缶 @rare_can

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