第13話 告白 前編

もしかしたら主は、私が男性として慕っていることに気がついているのではないでしょうか。

その上で私を避けているような気がしてなりません。

…おそらく、私がうまく気持ちを伝えられないのを主に責任転嫁しているだけなのですが、それにしても。

そういった不満や欲求が、私の中で高まっていました。



・・・



ベッドで寝転んでいたら、主が帰宅しました。


「ただいま、鳴」


「…おかえりなさいませ」


眠い目をこすって起き上がります。

猫のときは尻尾で返事などしたものですが、お行儀が悪かったなと今は反省しています。


「遅くなってごめんな、すぐ晩飯作るから」


「分かりましたぁ…」


主は荷物を投げて、キッチンに立ちました。

私もお手伝いと料理の勉強のために横に並びます。

そこで気がつきました。


「…?」


「ん、どうした?」


「…………………」


主ではない匂いが、主からしました。

猫だったときはもっと敏感に感じとることができた、あの匂い。


「…………主」


「…うん」


「なぜ、今日は遅くなったのですか」


「…それは」


「昔の恋人と会っていましたね?」


「え、…うん」


「………」


この甘ったるい香水の匂いは鼻に染み付いて離れないのです。


あの人と主が、私には内緒で会っていた。


一気に手足が凍りつくような、あるいは内臓がくりぬかれるような気持ち悪さを感じました。



・・・



主には、数年前に恋人がいました。

その人について私が知ることは少ないです。

向こうから告白して向こうから別れを告げたことと、付き合っている期間に主から漂ったその人の香水の匂い。

それだけです、名前さえ知りません。


よく知らないものの、私はその人を憎んでいます。

何より強い絆だと信じていた、主との主従関係。

そこに平然と割り込んで、何もかも奪っていったのです。


ああ、やはり猫である私と主では愛し合えないのだなと、嫌というほど分かりました。

そうして諦めが日に日に私を満たす一方、『人間』に強い憧れを抱くようになりました。

私と主の間にあるのは種族の壁だけ、それさえ無ければ私と主は結ばれるのに。

私が人間だったら、あんな女に遅れをとらないのに。

猫であった最後の瞬間まで、私はそう思っていたのです。



・・・



「…大事な話だって久し振りに呼び出されて、何事かと思ったら復縁したいってさ。

だいたい付き合ってたのいつの話だよってな」


「………」


私は主に何か言いたいのですが、何も言えません。

私を飼っているのに、なぜ他の女と会って帰りが遅くなるのか。

私がいるのに、なぜ昔の女と会うのか。

そう問い詰めたくても、私はそんなことを言える立場にないのです。

私は人間でもなければ猫でもなく、まして主の恋人でもないのですから。


なら、私は何?

信じていた主との主従関係は、どこにいってしまったの?

あれだけかわいがってくれた主は?


私は主との関係を失って、何もかもから取り残されてしまった―――


いえ、それは認めてはいけません。

今まで何度も何度も、主に拒絶される度にそう思いかけましたが、それは不義理です。

主は私を捨てたりなんかしない。

あの女と会ったのも何かの間違いで。

もうじき、私から主に愛の告白をして…

きっと私と主は結ばれて、添い遂げて……


現状からしてあり得なさそうなことでも、そう信じていないと、私は狂ってしまいそうなのです。

主と結ばれると信じて人間になった馬鹿な猫が、その主に捨てられ、何もできず、世界のどこかで死んでいくなんて…

そんなことはない、主は私を捨てたりなんかしない、絶対に私を愛してくれている、主のお嫁さんにしてくれる。


だけど、ああ…


この匂いのせいで、今回ばかりは、私は耐えきれない…


「……鳴?」


「………」


「ごめんな、その…」


「…主は私を捨てて、他の女と結ばれるのですか」


「…え?」


「…人間になったのにっ!!」


主を押し倒し、手首を取って押さえつけます。


「私は主のために人間になったのにっ!!!

前みたいにたくさん抱き締めてほしいのに!!それすらもしてくれなくて!!

私は主の何なのっ!?私は何!!?

もうやだっ、猫に戻りたいよぉっ!!!

人間になったら主と結ばれるって信じてたのにぃ!!!

こんなの、猫だったほうがよかった!!!

うああああああっ…!!!」


主の胸に顔を押し付けて、手首を強く握りしめ、絶叫しながら泣きました。


「……鳴…」


主の小さな声が、私の大声に紛れて聞こえました。

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