第12話 言いなり
主の風邪は数日で完治しました。
あれから何度か主にキスしたのに私にうつらなかったのは不思議ですし、少し残念です。
今日は朝から、ぼたん雪が降っています。
「主。私、こんなにたくさんの雪は初めて見ました」
「ああ、俺も。
例年はこんなに降らないんだけどな」
窓際に座って外を眺めていたら、主がココアを作ってくれました。
主も私の傍らに腰をおろします。
「明日から大学に行くの、しんどいわ」
「…もうお休みではなくなってしまうのですね」
「うん」
年末年始休業というものが今日で終わるらしく、私はまた明日から昼間は一人ぼっちです。
…私も主の大学について行ってみようかな、と思いました、大学は部外者も簡単に入れるようですし。
二人で雪降る景色を眺めながら、私はココアを、主はコーヒーを啜ります。
雪が着地する音さえ聞こえそうな静寂の中、主と二人きり…
私にはこの状況があまりにも贅沢で、かけがえのないものに思えて、いつか終わりがくるという事実がそら恐ろしく感じました。
少しでも長く主をそばに引き留めるために、いつまでもココアを飲み干さずにいました。
・・・
いつの間にか、寝てしまっていたようです。
私の体は、ベッドに横たえられていました。
時計を見ると、どうやら私は昼食をとりそこねたようです。
窓からは、粒が小さくなった雪が未だに降り続けているのが見えます。
主は、ベッドのふち、私の胸の近くに腰掛けて、本を読んでいます。
私は、猫だったときからいつも、本に嫉妬していました。
私から主を奪うからです。
そんなものより私を見てほしい。
今もそう思います。
布団をはだけて、主の後ろに座ります。
「ん?おはよう、おなか空いた?」
「…いえ、おなかは空いていません」
主に、後ろから抱きつきました。
前に手を回して、本を覆い隠します。
「それよりも、私と…、その、何かしましょう?」
「……ふふ、何かって」
「えと…、読書以外で…」
「分かった、読書はやめる」
主は苦笑いで、本にしおりを挟んで傍らに置きました。
「鳴、本は嫌い?」
「っ……、はい」
「いつも、こうやって読書の邪魔してきたよな。
鳴のそういうところも、かわいくて好きだよ」
なんだか恥ずかしくて、さらに強く抱きつき、主の背に顔を押しつけました。
「………本も、大学も、きらいです。
主が私以外に夢中になるものは、全部きらいです」
「……ごめんな」
「…………」
「今度、服でも買いに行こうか」
「………」
「鳴がかわいい服着てるの見たいな」
「…ずるいですよ」
主の背中に、服越しにキスをしました。
ばれないように気をつけながら、二度、三度。
主が好きです。
好きで、好きで…、気持ちが溢れて、止まらないのです。
こんなに好きなのに、主はままならないです。
主を私の思い通りにしたいとさえ思うのに、ただ一つの甘言で私が主の思い通りになってしまうのです。
「…読書の邪魔をしてしまって、ごめんなさい。
それと…、本当はおなかが空いています。
主は、もう昼食を食べてしまいましたか?」
「いや、まだだよ。一緒に作ろうか」
「はい」
主にまわした腕をほどきます。
明日から、またひとりで昼食をとらなければなりません。
どうか、主、一刻も早く私のもとに帰ってきてください。
でないと鳴は寂しくて、どうにかなってしまいそうです。
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