第11話 熱

主の背中に縋りながら、目を覚ましました。


(……はぁ……、あったかい…)


今日は休日ですが、主が私より遅くまで寝ていることは稀です。

こと人間になってからは初めてで、愛する主の体温を感じながら起床する幸せを噛み締めました。


「…あるじ?」


念のため主が起きているか確認をしてから、主の前に腕を回しました。


(……ん?)


そうしてようやく分かりました。

主の体温が、いつもより高い気がします。


「……鳴」


「あ、主っ?おはようございます…」


「…だるい」


・・・


主は風邪をひいてしまったようです。

私の記憶にある限りでは、主やご両親が風邪をひいたことはなかったのですが。

主は倦怠感を訴えてベッドに伏しています。

その間に、パソコンで病人の看病の仕方を調べました。


食事は消化によいもの、水分も多く摂ることが大事とのことなので、おかゆを作ることにしました。


「鳴……、なにしてるの……?」


「おかゆを作るだけですから、心配しないで下さい。

主は休んでいてください」


米をたくさんの水で煮るだけですから、失敗するはずもないです。

煮ている間に、主のそばで手を握ります。

風邪をひいているときは心細くなるものらしいからです。


「主、具合はいかがですか?」


「たいしたことは、ないよ。

それよりも鳴が心配だ」


「私が、ですか?」


私には難しい話はよく分かりませんが、人間は一度風邪をひくと、その風邪にかかりにくくなるそうです。

私は最近人間になったので、人間の風邪を一度もひいたことはありません。

なので、私は極端に風邪をひきやすいのではないか、と主は危惧していたようです。


「猫にも免疫系や抗体があるのか…よく知らないけど、鳴より先に俺が風邪をひくってことは、大丈夫なのかな…」


「…もう、そんな状態なのですから、私の心配よりも主自身の心配をして下さい」


「はは、面目ない…」


主が自身のことより私のことを心配してくれるのは嬉しいのですが、同時にとても切ないです。


おかゆが炊けたので、主のもとに持っていきます。


「主、おかゆができましたが…

私が食べさせてあげるので、体を起こしてもらってもいいですか?」


「…せっかくだから、お願いしようかな」


まるでお願いしない選択肢もあるかのような言いぶりで、主はふらふらと上体を起こしました。

おかゆをれんげにすくって、ふぅふぅと冷ましてから、主の口元まで運びます。


「はい、あーん…」


「……うん、うまいよ、鳴」


こんなものでも私がひとりでつくった初めてのご飯なので、おいしいと言ってもらえてよかったです。


「なんだか、懐かしいですね。

少し前まで、私は箸すら使えなくて、主にこうして食べさせてもらっていました」


「そういえば、そうだったな。

本当に、少し前の話なんだよな……」



主は作ったおかゆを全て食べてくれました。

食欲があるなら、それほど重い病気ではないのかもしれません。


・・・


「まさか、鳴に看病される日がくるとはな」


「私もそう思います」


朝食と昼食の間のような食事を終えて、主は眠たげでした。

主が眠るまでの束の間、お話をします。


「主は今まで風邪をひいたことはありますか?」


「小さい頃は、何度か。

でも鳴が来てからは一度もひいてないと思う」


「もうひかないで下さいね」


「まあ、気を付けるよ。

でも今日はひいてよかったかも」


「え? 何故ですか?」


「実家に帰らない理由ができたからな」


今日は普通の休日ではなく、大晦日という一年の最後の日なのでした。

多くの人間は実家に帰り、家族と過ごす日です。

しかしながら主は、私が人間になってしまったので、帰省することができなくなってしまいました。


「鳴を連れて帰るのは難しいし、連れずに帰るのは違和感があるから、今年はバイトが入ったって嘘ついて帰らないつもりだったんだけどな。

まあ風邪だから帰れないってことで」


「…ごめんなさい、私のせいで実家に帰れず…」


「気にしないの。

…でも、鳴はどうしたいのか、夏までには決めておいてほしいな。

うちの両親に言うのか、言わないのか」


「……」


母上と父上を思い出します。

テレビを見ながら私を撫で、話しかけてくれた母上。

お務めから帰って来て、真っ先に私をかわいがってくれた父上。

また会いたいです。

しかし、私は主が私に問うていることとはまるで違うことも考えていました。


私の正体を知るのは、主だけでいてほしいという思いです。


戸籍などを準備するのは、並大抵のことではないことは知っています。

私のそれらを、主が一人で作るのは難しいでしょう。

しかし、父上や母上の協力があればできてしまうかもしれません。

そうしたら、私は一人前の人間になってしまいます。


本来、私と主の主従関係には、そんな資格は必要ないのです。


今まで通り、主には私の面倒を一から十まで見る義務を背負い続けてほしい。

それが私の本心です。

主のお役に立つために人間になったのに。

自分でも、自分のことがよく分かりません。


「…その……、私は、まだ怖くて…

父上や母上に、この姿を受け入れてもらえるか、不安なのです…

ですから……」


私は、主が心配してくれているであろうことを使って、嘘をつきました。


「…そうだよな…、ごめんな」


主は私の頭を撫で、すぐに手を引っ込めました。


「…え、あるじ?」


「や、風邪うつったらよくないからな」


「………」


「…ごめん、寝る。

おやすみ」


「…はい、おやすみなさい」




主はすぐに眠りにつきました。


「…主」


返事がないことを確認して、私は躊躇なく主に覆い被さりました。


どうしてこんなに好きなのに、主は分かってくれないのだろう。

どうしてこんなに想っているのに、主は思い通りにならないのだろう。


私は、主に風邪をうつしてほしいと強く思いました。

なのに主は、私に風邪をうつすまいと、撫でてさえくれないのです。


「…主、あるじ…、私は何のために、主に嘘までついていると思いますか…

父上と母上に、会いたいです…

でも、主といるためなら、私は主以外の全てを捨てます…」


主と唇を重ねました。


主から、病のつらさを奪うように。

私から、愛の重さを分けるように。


「…おやすみなさい。

もし私が風邪になったら、たくさん看病して下さいね」

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