第9話 手当
私は人間なので、現状はペットではなく居候という立場です。
主を支えなければ、穀潰しと変わらないでしょう。
しかし私はお金を稼ぐ手段を持ち得ないので、主を支える方法は限られてきます。
すなわち、家事です。
すでに掃除洗濯は私が受け持っていますが、できることなら、朝食の準備をととのえた上で主を起こし、お弁当を持たせて主を見送り、あたたかな夕食の香りで主を迎えたいものです。
また、パソコンで調べたところ、人間の女性は、家事で男性を支えることで愛情を示すことが多いようです。
つまり、私が料理を習得すれば、主の支えになりつつ胃袋を掴むことができる、ということです。
料理上手になったら、主に『毎朝味噌汁を作ってくれ』と言ってもらえるかもしれません。
・・・
今日は主の休日です。
いつもより遅く起きた主は、朝食を作るためキッチンに立ちました。
「鳴、今日はなに食べたい?」
「あの、主、その前にですね、私に料理を教えてくれませんか」
「……うん?」
主は冷蔵庫からこちらに向きを変え、一考しました。
「いいよ」
「! やった、よろしくお願いします!」
箸を使えるようになったばかりなので、鳴にはまだ早いと断られるかと思いましたが、受け入れてもらえました。
「じゃあ、さっそくやってみるか。
鳴にはとりあえず、俺が作るのを見ててもらおうかな。
できそうなのは任せるから」
「はい!」
主は、火を通さないと食べられないもの、電子レンジの使い方、皿の洗い方などを説明しながら、手際よく料理していきます。
途中で私が卵を叩き割ったりしましたが、最後にはおいしそうなオムレツプレートができあがりました。
「まあ、今日はほとんど俺がやったから、作ったって感覚がないとおもうけど…
どうだった、難しかった?」
「そう、ですね…
思ったより難しかったです…」
「…大丈夫、鳴ならすぐできるようになる。
さ、食べよう」
主に頭をぽんぽんとされ、私は頷いて返しました。
料理が簡単そうとは思っていませんでしたが、それでも難しかったです。
それに、私は料理といえば包丁で切って火を使うものと思っていましたが、さっきは一度も包丁も火も使わせてもらっていません。
やったことは、卵を割って、盛り付けて、皿を洗っただけです。
つまり、私はまだ料理の初歩の初歩に立ち、そこで難しいと感じているのです。
私が主においしい料理を作ってあげられるのは、いつになるのでしょう。
・・・
平日は夕食を、休日は三食を主に習って作ります。
勉強と並行して料理を習っているので、毎日覚えることがたくさんあります。
皿洗いは私の仕事になりました。
卵を割ることくらいはできるようになりました。
主がいるときだけコンロを使うことを許可されて、お湯を沸かせるようになりました。
紅茶の淹れ方も習ったので、ときどき主に作ってあげたりします。
不器用ゆえ、手によく火傷をしてしまいます。
赤黒いあとはなかなか消えず、水ぶくれは傷みます。
しかしこの火傷が、嬉しくもあるのです。
主が心配してくれるからです。
「あのぅ、主…、また…」
「また火傷しちゃったの?
…気を付けないと駄目だぞ。
ほら、手出して、薬塗ってあげるから」
主は心配して、塗り薬など買ってきてつけてくれます。
私の手をとって、火傷が痛まないように…、とても、とても優しく…
「えへ、ごめんなさい…
きをつけます…」
主に私の傷を、慈愛のこもった手つきで愛撫してもらえるのです。
わざと火傷しようと思ったことは一度や二度ではありません。
結局一度もわざとやってはいませんが。
「…はい、おわり。
女の子なんだから、あんまり傷を残したら駄目」
「あ…、主は手を火傷した女性はお嫌いですか…?」
「や、そんなことはないけど」
「…そうですか」
私の料理の腕が上達するのは、まだ先のことでしょう。
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