第4話 嘘

私が人間になって、数日経ちました。


話したり歩いたりすることは、かなり上達したと思います。

こと運動に関しては、主いわく普通の人より運動能力が高いとのことです。


今日は私が人間になって初めての土曜日、主の休日です。


「あるじ!きょうは、なにをしますか?」


朝食のあとに、主に尋ねます。


「ああ、そうだな、今日は掃除でもしようかな」


「!! おそうじでしたら、わたしもてつだいます!」


「マジか、大丈夫?」


「まかせてください!」


私は主のお役に立つために人間になったのです。

今までは自分の変化のことで精一杯だったのですが、今から初めて人間として主を助けたい思います。



「…じゃあ、鳴には何をやってもらおうかな」


「……なら、わたしは…そうじきをかけます」


「えっ、お前掃除機怖がってただろ?」


「わたしはにんげんなのですから、そうじきなんてこわくありません」


……前は、吸い込まれる気がして怖かったですが。


「そうか、お前がそういうなら任せるよ」


主に掃除機の手ほどきを受けながら、考えます。

主は私に掃除機を任せるつもりはなかったようです。

私が猫だったころ、掃除機を恐れていたからです。

でも、普通は掃除機を怖がる人間なんていません。

主は私に人間としての感性を求めているように思えますが、一方で私を猫だった時と同じように見ることも多いです。

私が人間になった目的からすれば、はやく立派な人間として見てもらえるように努力するべきでしょう。


甲高い音を立てる掃除機を操り、床を綺麗にしました。

自分が使うとなると、ちょっと楽しかったです。

その後、シャワールーム、トイレ、キッチンの掃除を教わりました。

至る所に猫の黒い毛が残っていて、なんとも不思議な気持ちになりました。


「これであらかた掃除は終わり。

お疲れ様、助かったよ」


「これからは、あるじがだいがくにいっているあいだに、きれいにしておきますね」


「本当?それは助かるな!」


主に頭を撫でてもらえました。

擦り寄って、撫でやすいように頭の位置を調整します。

主のお役に立てればそれで十分ですし、人間として見て欲しいと思うのですが、それでも時々、こうして猫にするように撫でて可愛がってくれたなら、もっと頑張れます。




昼食はサンドイッチでした。

主の手助けが無くても食べられました。


おなかが満たされ、眠気を感じました。

見れば、主も眠そうに目を擦っています。

目が合い、苦笑いをもらいました。


「眠い?」


「はい、あるじも…」


「ん、お昼寝しよっか」


「はい……、それで、その、あるじ……

あるじからだきしめて、ねてくれませんか…?」


ここで私は、前から思っていたことを主に伝えました。

私は主と添い遂げるために人間になったのですから、余裕が出てきた今、目標に向かって進んでもいいと判断したのです。


「…うーん」


「…だめ、ですか」


「寂しい?」


主は難しそうな顔をします。

そもそも同衾に難色を示していた主ですから、この反応は予想通りです。

しかし、やはり主の『愛している』は私の『愛している』とは違うのだと思うと、悲しくて、胸がチリチリと痛みます。


それでも、私はなんとしてでも、主に愛されたいのです。


「……こわいゆめをみるんです」



だから、私は嘘をつきました。



「またわたしが、ねこにもどっているゆめです……

あるじにだきしめてもらえれば……もうこわいゆめをみなくなる、かもしれません…」


嘘が口をついて出ます。

まるで用意してあったかのように、つらつらと。


「…そうか。

抱きしめる程度で鳴が安心できるのなら、そうするよ」


主はベッドに入り、私に隣にくるように促しました。


おずおずとベッドに入ると、優しく抱きしめられました。


「痛くない?」


「もうちょっと、つよくおねがいします…」


私も腕を伸ばして、主に抱きつきます。

それだけでは足りず、脚も絡めます。


至上の快感でした。

主と一つになったように感じます。

匂いや体温だけでなく、息遣い、鼓動、僅かな身じろぎ、主の考えていることさえ伝わってきそうです。


私はこの快感を、嘘をつくことで得ました。

人間になって、話せるようにならなければ、嘘なんてつかなかったのに。


私を信じてくれている主を騙していいのか。

嘘をつくことは、主に対する背信行為なのではないか。

主を騙してこんな快感を得ていいのか。


そう思うのに、ああ、今の私にできることは、主がくれる快感を享受することだけなのです。

今更、すみません嘘でした、などと言う気には、これっぽっちもならないのです。


気持ちいい。


嘘をつくくらいでこんなに気持ちがいいことをしてもらえるのなら…



「どう?まだ不安?」


主のささやきで目が覚めます。

私は、なんてことを考えていたのでしょう。

小さく頭を振って、主に応えます。


「とってもあんしんできます」


「よかった。ゆっくりおやすみ」


主に背中を撫でられ、快楽と眠気がない交ぜになります。

ああ、主………


「……………あるじ。

これからも、ときどきでいいですから……だきしめてほしいです……」


「……ん」




眠りに落ちる間際、私は私の暗い部分に気がつきました。

人間になったからこそ見える、『ペット』としてはある意味当然の、私の暗い部分。


主に一方的に与えてもらいたい、甘やかしてほしい、可愛がってほしい。


その一面は、私が人間になった理由とは真っ向から反発するものでした。

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