バイオハザード コードJK
「いけない。高橋くんが」
「要様!」
「マスター? マスター!」
男に連れていかれた要を見て、百手たちが一斉に曲がり角から飛び出した。プレハブ住宅、もとい研究所の玄関はきっちりと鍵がかかっている。
「強行突破するか」
「店長、本気ですわね。鬼頭さんには連絡しなくて大丈夫ですの?」
「ちゃんと連絡するさ。うちの従業員を連れて行ったツケを払ってもらったらね」
「マスター、ご無事でしょうか?」
不安そうに言った秋乃の隣でドアが大きな音を立てて倒れる。極力壊さないように
「さて、いこうか」
「加減を知りませんわね……」
「これでも十分加減してるさ」
その勢いのままなだれ込むように中に押し入った。男女四人。歳も背丈もバラバラだ。いったい何の集まりか相手もわからないだろう。しかし、だからこそ相手の姿で区別をしない警報機があちこちで鳴り響いた。
「面倒なとこっすね」
「これだけつけていれば、名誉監督も大喜びだろうね」
「人体の熱反応。こちらに来ますね」
「それじゃ私が少し誘惑してあげますわ」
ジーナが前に躍り出ると、奥の扉を蹴り倒して、警備兵らしい防護服姿が突撃銃を持って飛び出してくる。
「皆様、そんな野蛮なものは捨てて、私とイイコト、いたしません?」
「え、いや、俺はロリコンじゃないし」
「私はロリじゃないー!」
片手を振って拒否したノーマルな性癖を持つ警備兵のアーマーの上から、ジーナの上段回し蹴りが突き刺さる。幼い体に見合わない一撃をもらって、警備兵は壁に叩きつけられた。
「おお、師匠。素晴らしい一撃です!」
「なんだ、こいつらは!」
「はいはい、そこまでね」
放たれた銃弾を触手があっという間に払い落とす。それと同時に別の触手が死角から襲いかかり警備兵をなぎ倒していった。
「ば、化け物だ……」
「そうなんだよ。すまないね」
「放っておいていいんですか?」
「僕の粘液はちょっぴり特殊でね。魔力濃度が高すぎるせいか、人が摂り過ぎると痺れちゃうんだよ。鬼頭が来るまでおいていても平気だろう。彼らはただの雇われのようだしね」
廊下に倒れた警備兵たちは陸に捨てられた魚のようにときどき体を跳ねさせている。かなりの痺れ方で見ている方が不安になってくるほどだが、一行は百手が言うのだから大丈夫なのだろう、ということしておいた。
「ちなみにそれも要様には?」
「そういえば彼、最初に来た日も痺れなかったなぁ。不思議だよ」
要様いたら、そんな危険なことやらないでくださいとでも言いそうですわ。ジーナはそう思うと、なんとなく要のツッコミがないことに寂しさを感じる。早く助け出さなければ、ただの人間である要が無事ではなくなるかもしれない。
狭い廊下を走り、一番奥の扉からリビングらしき部屋の前にたどり着く。そういえば壮大な冒険のようだが、住宅地の家の廊下など、せいぜい数メートルだ。横幅の大きい百手の体と壁の間に挟まれないようにする方が大変だった。
「これ、魔力で強化されてるね」
「店長でも開かないんですか?」
「いや、開くだろうけど、私がやるとこの扉の前に家ごと壊しちゃうかもね」
「加減できませんの!?」
百手が家ごと壊せることには疑いはないが、今はそんなことされては困る。要がぺしゃんこになってしまっては本末転倒だ。
「魔法にだけ攻撃を、とかは苦手なんだよ」
「では、物理的に破壊してしまいましょう」
「でも、これ相当硬いよ、って何それ?」
「
背中のパックから明らかに秋乃の背丈を超えるライフルが取り出される。床に置くとへこみができたがそんなことよりももっと気にすべきことがある。
「どこからそんなバカでかいものを出してきたんですの!」
「禁則事項です」
「少々周囲に被害が出るかもしれませんが、マスターの危機ですので」
「衝撃波なら私の触手が軽減しよう」
黒い触手で縁取りをするように囲んだ扉に秋乃が対物ライフルを容赦なく撃ち込む。魔力で強化されたとはいえ、近代兵器に耐えきれなかったようで扉は、塵になって崩れ落ちた。
「やりすぎじゃありませんこと?」
「もう気にせずいきましょう」
すっかりジーナと小木曽はドン引き状態で、前を進む二人の化け物を見物している。自分たちはもう少し常識をわきまえているつもりだ、と二人は思った。
四人がリビングになだれ込むと、明らかに怪しい地下へと続く階段が床に開いた穴から伸びていた。ここへと要とゆかりを運んで行ったのだろう。
「この下が研究所ってことっすね」
「地下なら家ごと壊してもよかったね」
「そうですね。この下にいるのならマスターは倒壊に巻き込まれることもありませんでした」
さらっと恐ろしいことを言う百手と秋乃にツッコむ元気もなくなったジーナは黙って後ろをついていく。要の心労がいかにひどいかを遅まきながら理解していた。
コンクリートの寒々しい階段を下り、今度は厚みのある金属製の扉が行く手を阻んだ。明らかに人家に必要なものではない。そして、その中央には、見慣れないマークが印されていた。
「このマーク、なんですの?」
「バイオハザード、生物学的危害。感染しやすい病原菌などを扱っていることを示すマークです」
「なら、この中に姫が」
「そうですわね。要様も」
「そしてこの中の人物は富良野くんのこともよく知っているらしい」
不老不死の理由がウイルスだと知らなければ、ここにこのマークは存在しない。
四人が顔を合わせ、それぞれの意思を確認する。ここまで来て誰一人として逃げようという者はいない。
「それじゃあ、行くよ!」
百手が触手を叩きつけ、厚い扉を弾き飛ばす。
「あの、アウトブレイクが起こりますので、もう少し穏便に」
秋乃がそういうが、誰もそんなことを聞いていないように部屋になだれ込んだ。そもそも対物ライフルを民家でぶっぱなした奴が言うセリフでもない。
「なんだなんだ。君たちは? 警備兵は何をしている?」
確かに見た、要を連れていった男だった。
「それなら上の階でみんな痺れてるよ」
「私の色気にですわね」
「それは違うと思うっす」
ジーナが冷静に否定した小木曽に渋い顔を投げる。敵陣のど真ん中に乗り込んでおきながらまったく緊張感がない。
「ここは勝手に入ってきていいところじゃない。早く出て行ってくれ」
「返してくれればすぐに帰るよ」
「何? 君たちはいったい何者だ?」
「通りすがりのコンビニ店長だよ」
こんなところに通りすがる奴がいるか。百手はピクリと眉間を動かした男にほくそ笑む。さらに男の顔がゆがむ。どちらに余裕があるかは明白だった。それがさらに男をいらだたせる。
「うちの従業員に手を出した罪、簡単に支払えると思わないでもらいたいね」
「彼女のことを知っている。貴様も異種族か」
「も?」
聞き返した百手に嬉しそうに男が微笑む。有利をとったと思っているようだった。今その有利を自分でバラしたことになどまったく気付いていない。
くくく、と笑いを漏らした男がまとっていた白衣を脱ぎ捨てる。ほとんど骨と皮だけに見えるほどに焼け細った体。それが沸騰するように隆起して血の気がなく真っ白だった肌も赤黒く染まっていく。
「不老不死、永遠の命を欲するのが、人間だけとは限らないだろう?」
体躯は背の高い小木曽のさらに遥か先。四メートルほどはあるだろうか。やたらと高い研究所の天井につきそうなほどだった。隆々と変わった腕はジーナの胴を超えるほどの太さになっている。
「そうみたいだね」
「そうみたいだね、って」
「名のある魔族と見たけど、いったいどこの子だい? 育ちが悪いね」
「貴様も口の利き方がなっていないな」
「それは失礼したね」
頼りなかった声も地の底から聞こえるような深さを感じさせる。それでも百手は少しも動じることなく、世間話のように笑っている。
「まぁよい。冥土の土産に教えてやろう。我はこの世界とは別時空、人間と一人の魔族の裏切りによって滅亡させられた魔族の王の子よ」
「語りだしました。録音しておきますか?」
「ちょっと秋乃は黙ってなさい」
「しかし、我は決戦の直前、危機を察知して全面戦争となった魔王城から抜け出し、ひっそりと反撃の機会を狙っていたのだ」
「ビビッて逃げただけじゃないんすか?」
「黙れ、小童!」
鋭い声が研究所を走る。それだけで十分攻撃として通用しそうなほどだった。三人の間に割って入るように百手が立ち塞がる。
「そして時空を越える術を手にし、この世界で不老不死という技術があることを知った。すでに強大な力をもった我が不死となればすなわち最強! そして、ついに不老不死の原因たるウイルスを持つ少女を手に入れたのだ」
「ずいぶんと回りくどいことをしてるねぇ、君は」
「最強と言う割に警備兵あんなに雇っていましたわよ」
「くっ、何とでも言うがよい。所詮貴様らはここで朽ちる運命なのだからな」
巨躯を揺らして自称魔王の息子が仁王立ちのまま一歩前へと進む。地響きのような音とともに、地下の研究室がわずかに揺れた。
相対した百手の二倍以上の背丈。太った腹をしている百手よりも厚い筋肉で覆われた腹。小柄なジーナにいたっては見上げているだけで首が痛くなってきそうなほどだった。
「来ます!」
「私はどうにも話し合いというのが苦手でね。力づくなら簡単に済んで気楽だよ!」
対抗するように百手の触手が一斉に背中からうねり出す。同時に百本。それはコンビニで日々共に働いている彼女らも見たことがない。
百手の全力。百の腕がすべて伸び上がった姿はさながら怒りの業火を背負う不動明王像のようだった。
「さぁ、始めようか」
その短い一言で自称魔王の息子の足が止まった。互いに必殺の間合いで睨み合う。
「最終決戦ですね!」
「ちょっとわくわくして言わないの」
「締まらないっすね」
そんな緊張感など対岸の火事というように残された三人は観客気分で部屋の端へと陣取って、座っていた。
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