不老不死研究所
お店のシャッターをすべて下ろし、入り口の自動ドアの辺りにコピー用紙に手書きで『本日臨時休業』と書いた張り紙をしておく。これで休みであることは誰の目にも疑いようがない。お客さんには悪いけど、こっちも緊急事態なのだ。
「こんなの貼らなくても潰れたんだと思われるだけですのに」
「潰れたと思われちゃ困るよ!」
やっとちょっとずつお客さんが増えてきたっていうのに。それにしても潰れてよかったと思う人も少なからずいそうなのがちょっと悲しいところだ。
「いっそ新装開店した方が幽霊コンビニの噂もなくなってよいかと思います」
「それは、確かに」
「悩まないでくださいよ」
店長が秋乃さんの言葉に考え込む。そんなことしないでちゃんとこのまま頑張ってほしいところだ。
「それじゃ、俺が案内しますんで」
「小木曽さん、行き先わかるんですか?」
「姫の通った場所はだいたいなら感じ取れるので。早く行きましょう」
それも煙の効果なのかな。親鳥と雛鳥じゃないけど、なにか自分の主人を覚えて探す力があるんだろう。それに他に何かアテがあるわけじゃない。
でも、こうすればわかるのにわざわざコンビニまで戻ってきてくれたってことは、小木曽さんも俺たちを信用してくれてるってことなのかもしれない。
「こっちです」
小木曽さんは少し迷いながらも先頭になって進み始める。だいたい、と言っていた通り、しっかりと進んでいくことはできないらしい。
「こんなんじゃダメだ! 急ぎましょう!」
「まぁ、落ち着いてって」
ときどき確信をもって早足になる小木曽さんを店長と二人で抑えながら歩いていく。それでももう一時間ほど歩いただろうか。小木曽さんの歩みは止まることはない。
「ねぇ、一応聞いておきたいんだけど」
「なんですか?」
「その誘拐犯って車で富良野さんを連れて行ったんだよね?」
「はい」
「その場所って人間でも徒歩で辿り着けるの?」
店長と秋乃さんは当然として、他はウイルス感染したゾンビとサキュバスだ。俺と違って体力が無尽蔵ってこともある。こうして歩いてきたけど、もしかして俺はこのままついていけなくなるんじゃないかな。
俺の不安に答えることなく、小木曽さんが立ち止まる。
「ここです」
「辿り着いちゃったよ……」
俺の不安は一気に解消されてしまった。いや、いいことのはずなんだけど、なんとなく納得いかない。
小木曽さんが足を止めたのは百夜街道を北に進んでいった先の住宅地の中だった。田舎で何もないと言いつつも、さすがに大学周りはスーパーやアミューズメント施設もあって、それに群がるように住宅も集まっている。
一つの家をコピーペーストしたみたいにずっと同じ景色が続く。初めて来たら簡単に迷えてしまいそうな雰囲気だ。その中の一軒を小木曽さんは指差して、俺たちに視線を送った。
「あれがそうなの?」
「はい、間違いありません」
確信を持った口振りに俺はのどを鳴らす。
周りにある家となんら変わりのない家構えをしている。不老不死について研究しているという雰囲気は一切ない。やっぱり偶然富良野さんを連れていってしまったんだろうか。
「本当にあれなの?」
「見てください、要様」
ジーナさんに言われて、おれは指差した方向を見る。そこには。
「不老不死研究所、って看板立ってるし!」
ボロボロの木材を組み合わせて作ったような継ぎ目のある板に黒ペンキの殴り書きで『不老不死研究所』の文字が堂々と書かれている。
こんな普通の住宅街のど真ん中にこんなものがあったら、怪しまれると思うんだけど。そういう研究っていうのはもっと秘密裏に行われているものなんじゃないの?
「こんなものあってもセンスのない冗談にしか見えませんわ」
「確かに真面目に信じる人なんていないか」
いくらなんでもセンスがなさすぎる。うちの幽霊コンビニだって変わらない気がするけど。まぁ、こんな看板を見て本物だって信じる人もいないか。俺だってみんなを知らなければ変な家だと思うだけだ。
そう呆れかえっているところで、秋乃さんに服の裾を引かれる。
「マスター。あの研究所ではいったいどんな怪しげな研究が行われているのでしょか? 私、気になります!」
「信じちゃってる人いたよ、ここに!」
いや、まだ本物と決まったわけじゃない。ついで怪しげかどうかも。っていうかこれだけリアルな外見と思考を持つ秋乃さんの方がよっぽど怪しげなところ出身だと思うよ。
「とにかくあの中に富良野くんがいるのなら突撃してみるかい?」
「それはいきなり過ぎますよ。こっちの勘違いかもしれないのに」
「じゃあどうするんすか?」
待って。これから言うからそんな顔で睨まないで。食ってかかった小木曽さんをなだめながら、俺は話を続ける。今日はずっとこんな調子だなぁ。
「俺が様子見てくるよ。一応秋乃さんもついてきてくれるかな?」
「はい、マスターの命をお守りします!」
「そんな大仰じゃなくていいから」
「見つからないように気をつけてね」
目的の家から死角になる曲がり角に三人を隠して、俺は秋乃さんを連れて研究所を名乗る不思議な一軒家に近づいてみる。変な看板が立っていることを除けば隣の家と特に違うところはない。
しかし、よく観察してみると、どの窓にも黒くて厚いカーテンが引かれていて中を窺うことはできない。ベランダにも外にも洗濯物なんかが干してあるということもなく、人が住んでいるような気配がない。
「うーん。中がわからないことには判断がつかないな。どうしよう?」
そう考えこんだ矢先、俺の横で軽快な音が鳴る。どこの家庭にもついているインターホンの音だ。
「ちょっ、何で押したの!?」
「人の家を訪ねるときはこうするとデータにありましたので」
「今はそんなことしなくていいんだってば!」
確かに家を訪ねるときはそれでいいんだけど。今はこっそりと敵情視察をしているわけで。でも秋乃さんはまだそんなことをしたことないんだから、わからなくて当然だ。でもそれを説明している暇はない。
「今、そんなこと?」
「あぁ、考え込んじゃった!」
俺の抽象的な説明に、秋乃さんがビジー状態になる。データと違う事実を俺から伝えられたせいで今秋乃さんの頭の中ではデータベースの整理が行われている。言葉を何度も復唱しているのがその証だ。
「いけない!」
立ち止まった秋乃さんの体に黒い触手が絡みつく。異変に気が付いた店長が秋乃さんを回収してくれたのだ。ちょっと乱暴だけど、今の秋乃さんを見たら疑いの目を向けられてしまう。
店長の好判断でなんとか秋乃さんの体が曲がり角に隠れたところで、呼び鈴に答えた家主が玄関の扉を開けた。
「なんだね? 新聞の勧誘なら間に合っているよ」
「あ、いえそういう営業じゃないんですが」
出てきたのはやせこけた頬が印象的な背の高い男だった。歳は三十半ばを過ぎたところだろうか。少しずつ若さがすり減ってきて、顔にしわが見え始めているようだった。それなのに妙に目に力がこもっていて、それを見るだけで底知れない恐怖を感じる。
俺にはすぐわかった。この人は人間じゃない。
普通ならそんなのただの妄想か気のせいだと思うだろう。でも俺だってずっとあの店で働いているわけじゃない。予想ですらない。確信だった。
「友達を探していまして、金髪の高校生くらいの女の子なんですけど」
「ほう。心当たりがあるな。ちょっと来てはくれんかね」
「中にいるんですか?」
ということは、やっぱりこの人が誘拐犯だ。そして、不老不死研究所っていうのもあながち嘘じゃないかもしれない。
「あぁ、ずいぶんと落ち込んでいたので話を聞いていたんだ」
「そ、そうですか」
「君もうちに招待しようじゃないか」
そう言うと、男はポケットからハンカチを取り出して、素早く俺の口元に当てた。何かの薬品の臭いがする。俺はすぐに目を閉じて、その場に倒れこんだ。
「ふむ。不老不死の娘に友人とは。まぁいい。この男も使わせてもらおう」
肩を貸すように俺の体を抱えた男はそのまま真っ暗な廊下を進んで家の中へと消えた。
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