ツッコミでも面白いことが言いたい

 俺の暴走という自覚もあるツッコミオーディションは、案外と好評のうちに始まって、もう十五分ほどが経過していた。

 オーディションは終盤を迎え、最後の一ポイントを争って、三人が火花を散らしている。


 はずだった。


「コンビニでぇ、肉まん全種類頼むやつがいたんですよぉ~」


「……」


 沈黙、静寂、静観。


 五人が集まっているはずなのに、俺が何かを言うたびに宇宙空間にでも放り出されたような無音が生まれる。

 三人の背中にある書き割りもポイントを示す電球が消えて久しい。当人たちもすっかりやる気を失っている。企画倒れは誰の目にも明白だった。


 それでも、俺はネタ振りをやめない。やめられない。

 そこに無慈悲な声が届いた。


「要くんもしかしてボケを考えられない?」


「既に定型化したネタを少しもアレンジせずに使ってくる豪胆さには敬意を表しますわ」


 ギクリ。


「最大限褒めてそれなの?」


 口をついて出てくるのは一昔前に流行した芸人のネタばかり。それもどこかで聞いたものそのままだ。返しはもちろん典型例として決まっているだけに、誰も頭に浮かんだところでツッコミできるような空気でもない。


「なるほど。私にも少しツッコミというものがわかってきました」


 いや、これはまったく間違ってるよ。この沈黙はスベってるっていうんだよ。


「なんていうかさ。要くん、もういいよ」


「そうですわ。世の中には適材適所。あるべき立ち位置というものがあるのですわ」


「それはフォローじゃなくてトドメだよ!」


 今俺は傷ついてるからもっと慰めて。それでも俺の数分ぶりのツッコミにジーナさんと富良野さんは満面の笑みをこちらに向けていた。


「これですわ、これ」


「やっぱ要くんはこうじゃないとなぁ」


 いや、ダメなんだ。これじゃ。


 ツッコミっていうのは所詮誰かの腰巾着だ。面白いことを言う人がいなければ、ツッコミが光ることはない。一人で面白いことを言え、と言われても俺の口からは何も面白いことなんて出てこない。

 その場で笑いをとれればその人の人気は自然とあがっていくけど、ツッコミはできたところでそれを押し上げることしかできないのだ。


 そうだ。ツッコミなんていくらできたって、いなくてもいいやつと思われるにすぎない。


「何か落ち込んでる!」


「過去に悲しいことがあったのですね」


「要様にとってツッコミは生き抜く術だったのです」


「マスターが命を懸けて身につけた技術。一朝一夕で使いこなそうとした私が愚かでした」


「そんな壮大な話じゃありません!」


 たまには面白いことの一つでも言えなければ人間の社会では孤立していくのだ。それを繋ぎ止めていられるほど、俺は他に何も才能なんて持ち合わせていなかった。

 自分だって人気者としてふるまってみたかった。


「それでたまにはボケ側に回ってみたかったってわけね」


「結果として、私はともかくゆかりさんもジーナさんも笑っていなかったことから推察するに、マスターは面白くなかったということでしょうか?」


「秋乃さん、それは言ってはいけませんわ」


「うぅ」


 秋乃さんの無邪気な一言が俺の胸をえぐる。そんなこといくらでも理解している。だからこっちから誰にもアプローチしなかった。だから、だからろくに友達なんてできなかった。それは俺が一番わかっているのだ。


「あーあ、またヘコんじゃった」


 俺が絨毯に沈み込みそうなほどの落ち込んでいる背中を見ながら、みんなはどうしたものかと考えこんでいるらしい。この機会にいつも俺がどんな気苦労をかけられているかよく理解してほしいところだ。


「でも自分が苦手なことに挑戦するという気持ちが大切だと思いますわ」


「そうだね、ジーナいいこと言った!」


「では、我々も苦手なことに挑戦してみてはどうでしょうか?」


「苦手なこと? バイトとか?」


「えぇ」


 ダメだ、全然伝わってない。そんなことしても何の解決にもならない。むしろそんなことされたら俺の仕事が増えることにしかつながらない。

 でも、始まった動きを止められるような力は俺にはない。ツッコミは軌道を修正することはできても止めることはできないのだ。

 俺はまた頭を抱えて絨毯に沈み込む。でもそれはさっきまでとは違う理由だった。




 俺は額に手を当てて首を振った。

 あまりにも大根芝居だって自分でもわかっている。でももう知る限りの呆れたしぐさは使い切ってしまっていて、他にいいものが思い浮かばなくなったのだ。

 盛大な音とともに床に散らばったお菓子の箱を富良野さんがぼうっとして見下ろしている。


「ありゃ、落ちちゃった」


「落としたんでしょ!」


「違うもん。勝手に手から箱が落ちてったんだもん」


「箱は動きません!」


 まったく、と思いながら富良野さんが落としたお菓子の箱を拾う。


「もうこれで何回目だよ。っていうかこの箱間違ってるし」


「あれれー? おっかしいなー?」


「本当に悪いと思ってる?」


 これは隣の棚に並べるやつだ。ここまで二つ同時に持ってきたのが間違いだった。でもたった二つの中からわざわざ間違った方を開けるかなぁ。

 俺の気持ちを理解するためにそれぞれが苦手なことに挑戦しよう、という三人の思いつきは俺の予想通り少しもうまくいっていない。


「富良野さん、一応バイトでは俺より先輩だよね?」


「そうだよ。もっと尊敬してくれていいんだよ」


「できないよ! 俺が今教えてるところだよ!」


「サボりならうまい自信あるんだけどなぁ」


「それは仕事って言わないから」


 落としたお菓子の箱をもう一度全部段ボール箱に入れなおす。はぁ、またこれをやらないといけないのか。結構気を遣うし、単純作業なだけに眠くもなる。できれば秋乃さんが覚えてくれれば一任したいところだ。


「あ、もしかして休憩?」


「違うよ! これからへこんだりしてないか確認するの!」


 まったく、この作業は確かに苦手だ。でも今は苦手なことをする期間なんだっけ。それならしかたないか。


「そのくらいあたしは気にしないのに」


「気にするお客さんもいるの」


「だってあたし」


 と言ってそこで富良野さんは言葉を切る。

 言いたいことはわかっている。苦手なことをやろうとしているのに苦手だからと断っていては世話がない。


「ううん、なんでもない」


 確かにこういうところは素直なんだよね。いつもこのくらいだったら俺ももう少し楽ができるんだけどなぁ。

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