八話 おれたちにはツッコミが足りない
第一回ツッコミクイーン杯
大きな難題を乗り越えたからといって、俺の苦労がきれいさっぱりなくなってしまうわけじゃない。それどころか俺の気苦労はみんなとの距離が近づいていくほどに比例するように増してくる。
「要様」
「あのー、ジーナさん。距離が近いんだけど」
「私、のどが渇いてまいりましたの。要様の精力が詰まった熱いミルクが欲しいのですが」
「人を牛みたいに言わないっ!」
すり寄ってきたジーナさんを押し返す。せめて誘惑するならもうちょっと艶やかな言葉は浮かんでこないものかな。ジーナさんにそれを期待することが間違っているのかもしれないけど。
「あ、じゃあさ要くん。これ食べる?」
「紫色のものは食べません!」
富良野さんから差し出された煙のあがるお菓子を身を反らしながら突き返す。
「でもさー、食べてすぐ寝ると牛になるって言うじゃん?」
「ならないよ! そもそもそれ食べたらゾンビなるんだよ!」
なんでか俺はならないけどさ。この原因不明の抗体かなにかがなければ、これは今頃すっかり富良野さんの二号になっているはずだ。
「なるほど。人は食事をとってすぐに寝ると牛に変身する。これで食糧問題は解決されますね!」
「俺を食べないで!」
そもそもロボットの秋野さんは食糧問題を気にしなくても大丈夫だよ。ついでにいえば今のところ日本はあんまり困ってないよ。
休憩室は以前にも増して狭くなっている。ジーナさんが寄ってくるわ、富良野さんが悪ノリするわ、秋野さんが些細なことにビジー状態になるわで俺の精神はもう限界に近かった。
「あははは、要くんおもしろーい」
「私は結構本気ですのに」
そんな俺の苦労も知らずに、二人は言いたい放題で笑っている。人の気も知らないで。
目の前のちゃぶ台に、俺は両の拳を叩きつけた。
乗っていたカップの水面が揺れる。置いていた小分けのチョコレートがバラバラと畳の上に落ちた。
「俺たちには!」
そこまでで息を使い切って、もう一度俺は大きく息を吸い込んだ。
「ツッコミが足りない!」
「え? 何ですの、急に」
「あ、これまた壊れちゃった?」
「マスターも定期的なメンテナンスが必要ですね」
さして驚いていない三人に、俺はちゃぶ台を叩きながら立ち上がる。
「お前たちに足りないもの! それは!」
言葉が加速する。ヘリウムよりも早く肺から空気が声帯を揺らす。
「情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ、そして何よりもぉ! ツッコミが足りない!」
「二回言いましたね」
「二回言ったね」
「二回言いましたわ」
顔を見合わせて確認する。確かに俺は二回言った。大事なことなので二回言いました。だから、もうちょっと伝わって。
なんでみんなこの状況をそんな平然と受け入れてしまうんだ。もっと、もっとあるべき道に修正しようという心意気はないのか。
とにかくまずは自分たちがいかに楽をしているのか。それを身に染み込ませる必要がある。
「そういうわけで、これから第一回ツッコミ役新人オーディションを始めます!」
「今回はだいぶ飛ばしてきたね」
「でもマスターが怒るよりはこちらの方がいいと思います」
「要様……」
何か言おうとしたジーナさんに言葉を継がせないまま、俺は小さな体の首根っこをつかむ。
「え、なにをなさるんですか?」
慌てるジーナさんに俺は何も答えないまま、引きずったまま封鎖した階段の前まで運んでいく。その後ろを何も言わないまま富良野さんと秋野さんがついてくる。
「一旦禁止を解除します」
「やったー!」
「あれ、みんなどこ行くの? ねぇ、高橋くんまで、仕事は?」
張り紙をはがしていると店長が慌ててやってくる。でも俺はそれを無視してジーナさんを持ったまま一気に三階まで上がっていった。あごだけでロビーに並んだソファを示すと、三人は何も言わずにそこに座った。
「これからなにが始まるんですの?」
引きずられたお尻を擦りながらジーナさんが問いかけてくる。
「ツッコミオーディションってさっき言ってたじゃん」
「なんでそんなに冷静でいられますの!?」
当然のように返した富良野さんにジーナさんから鋭いツッコミが入る。
それと同時にいつの間にかできていた書き割りにはめられた豆電球が一つ点灯した。
「ジーナさんに一ポイントです」
「いつの間にこんな準備を。さすがです、マスター!」
「ダメだよ、秋乃丸。そこで気合入れて、いつ用意したのよ、これ! みたいに言わないと」
そう言うと同時に富良野さんの背中にあった書き割りにも一つ豆電球が点灯する。
「あたしも一ポイント!」
「むむむ、私だけ一人出遅れた形ですね」
「なんでそんなにやる気いっぱいなんですの……」
呆れたように肩を落としたジーナさんの電球が消える。このゲームはそんなに甘いものじゃない。
「どうしてでしょうか?」
「ツッコむタイミングで呆れてたからじゃない?」
「なんでしょう、無性に悔しいですわ」
書き割りに埋まっている電球の数は全部で十個。これをすべて光らせることができた人が、初代ツッコミクイーンとしての栄誉を与えられる。
「うーん、なんか燃えてきた」
「頑張ります」
よし、いい感じだ。このくらい盛り上げた方がノリと勢いだけで生きているような三人にはちょうどいい。それにしても急造したっていう割には妙にいい出来だな、小木曽さんの書き割り。手先が器用なのか。意外。
「それでは、これよりツッコミオーディションのルールを」
「なんで裕一が司会やってるの!」
いつの間にか俺の隣に立っていた小木曽さんを見て、富良野さんが二ポイント目。
「やったー」
「これから起こる様々な事態にツッコミを入れていただき、うまいものにポイントが発生します」
「それはもうわかっていますわ!」
冷静な軌道修正でジーナさんが一ポイントを取り返す。一瞬の判断が物を言うツッコミにおいては、どんな些細なことも見逃せない。
「むー、私にはまだデータが足りませんが、とても瞬発力が要求される競技のようです」
「いや、競技じゃないから!」
満面の笑顔でツッコんだ富良野さんが俺の方に視線を送る。でも、俺は無言で首を横に振った。ポイントは入らない。
「ダメなの?」
「今のはちょっとありきたりかな」
「意外と判定が厳しいですわ」
「もちろん、減点となる場合もありますので、早く正確に面白いツッコミをお願いします」
「なんだか数学のテストみたいでやだなぁ」
まずは一歩リードした富良野さんがそのまま逃げ切るのか。それとも出遅れた秋野さんの逆転劇はあるのか。白熱するツッコミオーディションは妙な熱量をもってコンビニの三階ロビーで繰り広げられていた
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