七話 Monsters In Black
恐怖の立ち入り検査
最初は別世界のように思えていた大学のキャンパスももうすっかり自分のものになったような気がしていた。
大学構内のカフェテリアで、授業の合間の暇な時間を埋めながら、俺はようやくできた数少ない友人と次の授業を待っていた。
「なぁ、高橋。お前あの幽霊コンビニでバイトしてるんだよな?」
「え? そうだけど?」
一度落ち着いてはなにかの拍子に噂が再燃するのを繰り返している百夜街道沿いのコンビニは、なかなか幽霊コンビニの汚名を
「お前幽霊にとりつかれたりしてないよな?」
「してそうに見える?」
「ぱっと見てそう感じないから逆に怖いんだよ」
「さぁ、もうとりつかれてるかもね」
俺の冗談に友人は乾いた笑いで答えた。本気でビビってる。ほんの軽いジョークのつもりだったのに。
俺は毎日のように働いているせいですっかり慣れてしまったけど、得体のしれないものに対する恐怖っていうのは誰でも持っている。たとえそれがただの噂話でも、だ。
さて、それはともかくとして、ここからどうやって話題を変えようか。完全に怯えていてこれ以上刺激したら貴重な友人を早くも失ってしまいそうな雰囲気だ。そこに助け船のように携帯の着信音が鳴る。秋乃さんからだった。
「あ、ゴメン。ちょっと出てくる」
「あぁ、わかった」
それにしてもいったい何の用事だろう。電話がかかってくることなんてめったにない。俺がほとんど毎日バイトに行ってるからっていうのもありそうだけど。珍しく連休なんてとったからだろうか。
こないだ風邪を引いたから少し休みが増えたんだけど、これじゃ結局変わらないような。
席を外して電話に出る。するといきなり耳元で店長の鼻声が聞こえてきた。
「高橋くぅん。明日シフト入れたりしないかなぁ?」
「店長? それは構いませんけど、何かトラブルですか?」
わざわざ電話嫌いの店長が秋乃さんを通じてかけてくるってことは相当大変なことが起きているに違いない。基本的におおらかで俺に迷惑をかけないようにしてくれているくらいだし。
「トラブルというか、これからトラブルが起こるというか」
「秋乃さんに何かあったんですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどね。とにかく明日説明するよ。あ、休日出勤手当ては出すからね」
「わかりました。それじゃ明日に」
バイトのシフトが急に入っても予定を確認する必要がないって悲しいなぁ。それにしてもあの焦りような一体何事だろう。明日に何かあるんだろうか。でもたいていのことなら店長一人でもなんとかしちゃうだろうし、俺にしかできないことなのかな。
「お、終わったか」
「明日急にシフトが入ったよ」
「お前、やっぱりとりつかれてるんじゃないのか? 呼ばれたら絶対バイト出ちゃう呪いとか」
「ちゃんと授業も出てるし大丈夫だよ」
未だに疑いの目を向ける友人に溜息をついて、俺は何の予定も入っていないことがわかっている白紙の手帳を開いて、バイトの予定を書き込んだ。
「おはようござ」
「ありがとーう!」
「テンション高っ!」
あいさつもないままに抱きつこうと飛びかかってきた店長を飛び退いてかわす。だから俺は脂ぎった中年男性に抱きつかれる趣味はないってば。ついで触手はもっと嫌だ。
「ちょっと気持ち悪いんですけど」
「いやぁ、本当に助かったよ」
俺の話なんて全然聞いていない。俺が来ただけでこんなに喜ぶなんて本当にこれから何が始まるんだろうか。お客さんがやってくる可能性でもあるんだろうか。俺が店長よりできることなんてそれくらいしか思いつかないし。
「それでいったい何があったんですか?」
「とりあえず着替えてきてよ。あいつらが来る前に」
「あいつら?」
俺の疑問に店長は答えてくれないままロッカールームに押し込められる。こんなに焦っている店長を見るのは初めてバイトに来たとき以来だ。あの時は俺に正体をバレないようにしていたんだっけ?
俺は自分のロッカーに荷物を入れて制服に着替える。そういえば今日は休憩室に誰もいなかったな。もう嫌な予感しかしない。
着替えを済ませて店頭に戻ってきたところで、狙いすましたかのように団体客が入ってくる。それだけならコンビニであってもおかしくない光景だけど、ここは幽霊コンビニで、しかも入ってきたのは同じ格好をした黒服ばかりとなれば話は別だ。
「なんなんだ、急に?」
あっという間に店内全体に広がった黒服たちはそれぞれ商品を探すような素振りをしながら何かを調べているみたいだった。
「これがあるから高橋くんに来てもらったんだよ」
「これって何ですか?」
「店舗調査だよ。私たち異種族が人間たちと共存できるように取り計らってくれている団体があってね。そこが時々人間に迷惑をかけていないか調査に来るんだ。モンスターズ・イン・ブラック。通称MIB」
確かに明らかに人間じゃないオーラをまとっている。変に帽子が浮いている人は角を隠しているんだろう。サングラスの脇から覗く瞳も赤や黄色や白だったりで様々だ。
「一応武闘派の精鋭魔族や異種族で構成されてるからケンカ売ったりしないようにね」
「しませんよ。でも、店長だったら勝てちゃうんですか?」
ふと、思い付きで聞いてみる。俺からしたら全員ケタ違いの強さだからどっちが強いと言われてもたぶんわからないんだろうけど。
何気ない質問だったはずなのに、店長はビクリと肩を跳ね上げる。もしかして何か隠してるんじゃ?
「店長?」
「いやね、昔、コンビニ経営が軌道に乗ってなかった頃にね。鬼頭さん、異種族管理会社の代表さんにMIBに入らないか誘われてね」
今も全然軌道に乗ってないんですけど。
「断ったんですか?」
「うん。断りついでにみんなのしちゃって、『俺より弱い奴の下につくつもりはない』ってカッコつけて以来、目の敵にされてるんだよー」
店長はバックヤードに隠れながら頭を抱えてうずくまった。だから俺にあんなに必死で助けを求めてきたのか。それにしても普段は温厚なのになんでそんなことしちゃったのか。
「自業自得じゃないですか」
「だってその時見てたアニメが面白くてね」
「そんな理由で!?」
「そう言わないでおくれよ。今日だけだからさ」
「結構迷惑なんですけど」
「調査だからね。仕方ないところはあるんだろうけど」
そりゃこんなのが毎日お店の中をうろつかれたら、気になって仕事にならないよ。これから入ってくるかもしれないお客さんだっていい気持ちはしないだろうし。っていうか一見するとエージェントっていうより完全にヤのつくお仕事の人なんですけど。
まったく早く終わってほしいな、と思いながら、俺はMIBに気付かないふりをしながら仕事を続けた。
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