コンビニの姿は地下牢に似ている

百鬼ひゃっき派遣会社?」


 ビルのドアの横にかかったネームプレートの文字を百手が読み上げる。しかし意味は少しもわからなかった。


「そうさ、それが俺の会社だ」


「会社?」


「仕事やるやつの集まりみてぇなもんだな」


 応接間に通された百手は柔らかく沈むソファに体を大きく沈み込ませる。石の床とは比べ物にならない。今度はずいぶんときれいな湯飲みに入ったお茶が差し出される。水分にこんなに簡単にありつけるのか、と百手はすぐさま手にとって飲み干した。


「ん? これはなんというお茶で?」


「ありゃ、うちのもんが間違えて出したみてぇだな。そいつぁ中国茶だ」


「ほう。おいしいですね」


「わかってくれるか? 俺の好みなんだが、若いのは少しもわかってくれなくてな」


 機嫌を良くした鬼頭はもう一度お茶を持ってくるように言いつけると、高い背もたれに体を預けて話を始めた。


「あんさんが狙ってここに来たのか、それとも飛ばされてきたのかは知らんが、先に言っておくとこの世界じゃ俺たち魔族は存在しないものになっている。もちろん知っている奴もいるが多くはそんなものは空想の中の産物だと思ってやがる」


「敵対していないだけいいと思えるけどね」


「そういう世界の出身か。まぁ、あんさんは見かけは頼りないが、働く気はあるらしい。そういう輩に仕事を紹介してやるのが俺の仕事ってわけよ。ついでに悪さしてないか調べる役割もやってどうにか認めてもらってるわけだ」


 鬼頭もまた、ここではない世界から弾き飛ばされて来たという話だった。大衆をまとめ、扇動し、侵略する。それを誰よりも効率よく行い、戦果をあげた。それゆえに疎まれ、追放された。境遇の似た二人は意気投合し、互いの過去を語っては笑い飛ばした。


「つまり私にも仕事が始められるのかな?」


「あんさんのやる気次第やねぇ。何かしたくてここに来たんやろ?」


「さっきも言ったが、私は平穏無事ならそれで構わないよ」


「そうか、そいつはいい。ちょうどいい仕事が入ってきててな。空き店舗が一個ある。そこでちょっと店でも始めてみないか?」


 人間が聞けば、あまりに突拍子もない世間話を終えて、ようやく鬼頭は本題に入った。


「店? 野菜、肉? それとも服飾や金物かな?」


 あまり人間の社会を知らない百手が、知る限りの名前を挙げてみる。しかしそのどれも違う、と鬼頭は面白そうに首を横に振った。


「コンビニだ」


「コンビニ?」


「あぁ、この世界で人間の大半が突然に必要になるものを一日中提供するバカみたいな仕事さ。でもあんさんならそのくらいが面白いだろ?」


「そうだね。それじゃさっそくそのお店とやらを見せてもらうよ」


 話が早い、と鬼頭は若い黒服を一人呼びつけて車を出させた。オフィス街から国道を離れて百夜街道を走っていく。周囲は田んぼばかりだが、トラックの数は多い。立地はそれほど悪くないのだが、それを百手が理解するのはまだ先の話だった。

 割れた看板が物悲しいコンビニ跡地に連れてこられた百手は見たことのない建物に感激していた。


「これがコンビニ。屋根が四角だね。まるで牢屋みたいだ」


 自分がずっと座っていた場所よりは何倍も大きいが、それでも少しの親近感を覚えることに違いはない。ガラス窓から中を覗き込むと、商品は一つもなく、がらんとした寒さを覚えるのに、掃除は行き届いているようで魔王城の地下牢よりも快適そうだった。


「ずいぶんと手厚いね」


「魔族ってのは強すぎるんだ。まっとうに生きたくてもその強さが邪魔をする。俺たちは強すぎるが故にあまりにも脆い。だからこうして手助けしてやらなきゃいかんのさ」


「私はそれに甘えることにするよ」


 百手はようやく自分のやりたかったことが手に入ったような気がして、少年のような瞳で閉店してしまったコンビニの中をじっと見つめていた。


――――


「とまぁ、こんなことがあったんだよ」


「へー。で、そのライトノベルはいつ出るの?」


「だから私の昔話! 本当の話だってば」


「にわかには信じがたい話ですね」


 ようやくデータの整理が終わった秋乃さんがちゃぶ台に置かれていたクッキーの箱から数枚を続けざまに口に入れた。

 アンドロイドでも疲れると甘いものが食べたくなるらしい。


「クッキー食べても大丈夫なの?」


「はい。体内機構で分解しエネルギーに変換できます。変換効率は悪いですが」


「食物分解できるロボットが私の存在を疑うというのも悲しいものだよ」


 富良野さんだってゾンビだし、店長が異世界からやってきたとしたもとんでもなさは同じくらいだ。むしろ他の世界の技術だって言われた方がまだ納得できそうなくらいだし。


「でも確かに鬼頭さんって優しいよねー。あたしもここのバイト紹介してもらったし」


「厳しい人だけどね」


「でもさー、実際いけると思うんだけど」


「何がさ?」


「『チート過ぎて魔王城でニートをしていた俺は異世界に転生してコンビニ店長を始めました』とか最近の流行っぽいじゃん」


「本当にそう思うかい? 主役は私だよ?」


 そしていったい誰がそんな話を書いてくれるんだろうか。店長はやれやれ、と溜息をついてちゃぶ台の上のクッキー箱に手を伸ばす。そして、あるはずの場所にないクッキーの幻影をつかんだ。


「あれ? もうない。私はまだ一枚も食べてなかったのに!」


「あ、もうこんな時間だ。あたし、そろそろあがるね」


 白々しく目を泳がせた富良野さんが普段は絶対に見せないような俊敏さで立ち上がる。


「私もデータ入力が終わりましたので、失礼しようと思います」


 それに続くように秋乃さんもいそいそとわざとらしく帰り支度を始めた。


「ちょっと君たち!」


「それじゃ、失礼しまーす」


「お疲れ様でした」


「お疲れっす」


 ついでに小木曽さんもちゃっかりと富良野さんの荷物を持ってきていたりしてあっという間に蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていった。


「まったくもう」


 店長は一気に広くなった休憩室を見渡しながら頭を抱える。たった一人、なんの力も持たない普通の人間である俺がいないだけで優しい店長にはまとめるのが難しくなってしまうのだ。


「やっぱり彼がいないとうまくまとまらないなぁ」


 店長はそう言いながら畳の上にごろりと転がると、背中の触手を伸ばして、また商品のクッキーを手元に手繰り寄せた。




「はぁ、よく寝た。やっと熱も下がったみたいだ」


 俺は自室のベッドでぼんやりとする頭をゆっくりと擦った。一人暮らしで風邪を引くってこんなに大変なことだったんだ。バイト先でもらった食べ物が大量にあったおかげで助かったけど、看病に行く、って聞かない秋乃さんを説得するのでプラマイゼロって感じだった。


「それにしても妙にリアルな夢だったなぁ」


 店長が異世界からやってきてコンビニ店長になったなんて。

 あの背中の触手を見れば信じたくもなるけど。

 とにかく今は早く風邪を治さなきゃ。たぶん夢の通り売上がほとんど出ていないことだけは間違いないんだから。


 俺は枕元に置いた水を少しだけ飲んで、また布団をかぶって目を閉じた。

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