異世界転生した後は都合よく案内係がいるものだ

「どこまで話したんだったかな?」


「えっと、店長が南極に落ちた隕石の影響で世紀末化した世界で肩パットをつけたモヒカン相手に巨大ロボに乗って女の子を立ち上がらせたんだっけ?」


「もうめちゃくちゃ過ぎて私にもわけがわからないよ」


 スクウェアM百夜街道沿い店は、俺が急病で休んだ影響もあって完全に開店休業状態だった。


 店長がレジに立ってもお客さんが寄り付くわけもなく、富良野さんが真面目に働いてくれるわけもなく、小木曽さんは顔色の悪い上に不愛想。

 唯一の希望である秋乃さんはデータ入力でビジー状態が続いていて、戦力にはならない。そんなわけで早々に今日の売上を諦めた店長の昔話に興じていた。


「それで、私は彼らにお願いしたわけだよ」


「あ、そうだった。それでどこに飛ばしてもらったの?」


「今の私の状況をわかったうえで言ってるのかい?」


 店長は背中の触手を伸ばして、クッキーの箱を店内からくすねてくる。また勝手に売り物に手をつけて、と言いたいけど、俺はやっぱりここにはいないのだ。

 持ってきたと同時に富良野さんが起き上がって箱を破り開ける。それを見ながら、また店長はぽつりと語り始めた。


――――


「ここではないどこかって?」


「時空の狭間を超えて、できることなら争いのない世界がいいな」


 まるで争うためだけに生まれてきたような魔力をまといながら、男はゆっくりと勇者たちに近づいた。もう剣を取って襲いかかろうという気さえ起こらなかった。

 強すぎる。魔王の喉笛に剣を突き立てようとするほどの四人でさえ、神に祈りたくなる。


「争いのない世界、って」


「いいんじゃない?」


 男の提案をあっさりと承諾したのは魔法使いだった。


「ちょっと待ってよ。もしそれでこいつがその世界で暴れたりしたら」


「暴れるならここでやればいいじゃない。魔王より強くて、私たちよりも強い。文字通り世界最強の魔族よ?」


「そりゃそうだけど」


「嫌な言い方をするけど、彼がこの世界からいなくなるのなら私たちにとっては好都合だわ。他の世界がどうなるかは彼次第だけれど」


 だからといって止められるものではない。それはもう誰の目にも明らかだった。もしも言い訳をしてもいいのなら、百の腕を持つ英雄と讃えられたその不殺の精神に期待をした、と言うしかないほどの男だった。


「話はまとまったかな?」


 急かすような口振りではない。半ば諦めすら滲んでいた。いったいどれほどの時間をこの暗い地下牢の中で過ごしていたのか。それを聞いたら心が折れてしまいそうで、勇者は口を開けなかった。


「しかし、良いのか? 魔王を裏切ることになるのではないのか?」


「別に構わないさ。彼にだって信じるものがあるんだろうしね」


「それじゃ始めるわよ」


 男の大きな体を挟むように魔法使いと賢者とがそれぞれに杖を掲げて呪文を詠唱し始める。魔法陣が少しずつ足元に浮かび上がり、光を帯びて輝き始める。呪文が紡がれていくたびにその光が強さを増していく。


「そうだ。裏切りついでにいいことを教えてあげよう。君たちの探している伝説の剣はこの牢の隠し扉の先にあるよ。彼は私が倒されることをなんて想像していなかったようだからね」


「え?」


 さらに光は強くなり、男の全身を包み込む。もう姿は見えない。ただ喜びを帯びた声だけが聞こえてくる。


「私は新しい世界で幸せを探すことにするよ。君たちも自分の幸せとは何かを考えながら行動して勝ち取るといい」


 光に包まれて消える瞬間、男の目に映ったのは勇者たちの驚いた表情だった。この瞬間まで男がまだ敵だと思っていたのかもしれない。


「それくらいでいい。彼らならあの偏屈な臆病者もうまく倒してくれるかもしれないな」


 光の奔流に飲み込まれながら、男は晴れやかな気持ちで流れていく世界を見つめていた。


 光が消えて、きれいに整えられた木々の中に放り込まれる。こんな緑を見たのはいつ振りだろうか、と男は目を奪われた。こんなところが残っているなら、確かに約束した通り平和な世界に送ってもらったのだろう。


「よう、お疲れさん。異界転送ってことは結構な魔法技術のある世界から来たんだろ。めんどくせえの話はなしだ。目的はなんだ?」


 目に優しい緑の中に異質なもの。顔に大きな傷を持つ男がにやりとした笑いを浮かべて立っていた。歳は人間にして四十くらい。白いスーツを着て、大きな葉巻をくわえている。ただし、人間ではない。独特の雰囲気を一瞬で察知したものの背中の触手を動かすことなく微笑みを返した。


「せっかくなら可愛い女の子に出迎えてほしかったものだよ」


「すまねぇなぁ。こいつも仕事でよぉ。俺は鬼頭きとうっつーんだが、おたくさんは?」


「名前などないさ。強いて言うなら『百の腕を持つ英雄』。そう呼ばれていたよ」


 英雄ね、と鬼頭はあごひげを撫でながら、品定めをするように男を見た。人間なら太ったうだつの上がらない中年サラリーマンがいいところだ。だが、その内に秘めている魔力は尋常ではない。


「そら大層な大物が来たもんだ。世界征服しに来たにしちゃあ、ちょっと冴えないツラしてるが」


「そんな大仰なことはやらないさ。私は平穏無事に暮らしたくてここに来たんだから」


「平穏無事? その魔力をもってか。そいつぁおもしれぇ。しかし名前がねぇ、ってのはこっちも困るんだ。適当につけてくれや」


 男は名前と言われて悩んだが、せっかく人間のくれた呼び名だ。少しもじって百手英雄ももでひでおと名乗ることにした。鬼頭はけったいな名前だな、と豪快に笑いとばしたが、敵意がないことを知ると、護衛についていた黒服の男たちを右手で払って片づけた。


「ちょいとついてきな。ここじゃ俺がカツアゲしてるみてぇだからな」


 カツアゲ? と聞いた百手を無視して鬼頭は車へと案内した。確かにはたから見れば冴えない中年の男をヤクザが脅しているようにしか見えない。鬼頭に乗せられた車で運ばれてきたのはオフィス街の中にあるビルの一室だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る