五話 チート過ぎて魔王城でニートをしていた俺は、異世界に転生してコンビニ店長をはじめました
英雄とはずがたり
「おっはようございまーす!」
高校の授業を終えて、富良野さんがスクウェアM百夜街道沿い店の自動ドアを通り抜ける。これでも授業をサボったことはないらしい。聞いてなかったり、寝ていたりすることはあるみたいだけど。
「おはよう」
「って、なんで店長がレジにいるの?」
いつもならこのコンビニ唯一の人間である俺がここに立っているはずだ。なのに今日のレジの護り手は店長がやっている。幽霊コンビニの噂の元凶が立っているんじゃ、当然お客さんなんて入ってくる気配もなかった。
「高橋くん、この間の一件で体調を崩したみたいでね。お休み」
「あー、珍しく怒ってたもんね」
「もっと彼を大切にしてあげないとなぁ」
そうでないと、毎日コンビニは開店休業になってしまう。もう一人のレジに立てる人材、秋乃さんも一人ではイレギュラーに対応できないから、やはり俺の存在は大きいのだ。
「んー、じゃあ今日は働かなくていいんだ」
「私の話、聞いてくれてたかい?」
そもそも俺がいようがいまいが富良野さんが働きに出ることはないんだけどね。
「でも要くんがいないとどうしようもないじゃん。裕一もお客さん呼べる顔じゃないし」
「すんませんっす」
「まぁねぇ。ここのところずっと彼頼みだったからなぁ」
すっかり空っぽの店内はいかに俺の仕事が必要だったかってことを嫌というほど感じさせる。もう店長の顔もすっかり覚えられてしまっているせいで、やや離れた道路からもどんどん車がスピードを速めて逃げていくのが見えた。
今日の売上は見事なまでにゼロ。少し前までは売れただけで小躍りしていた店長もさすがに落ち着いてきたところだったのに。
「でも店長ってさ、なんでコンビニなんてやろうと思ったの?」
「おかしいかい?」
「見た目的に絶対無理じゃん。キモいし」
外見はともかくとして背中から触手を出す生き物が接客業なんて簡単じゃない。それにあの強さがあればわざわざ大変なコンビニなんてやらなくてもいくらでも仕事なんて見つかりそうなものに思えた。
「
「やったー。ちょっと面白そう。裕一はレジお願いね」
「うっす」
店長と富良野さんが連れ立って休憩室に戻ってくると、秋乃さんが部屋の隅で段ボール箱を覗き込みながらじっとしゃがみこんでいる。いつもならまた断面に興奮していそうなところだけど、どうやらもう一通り歌うのは済んだらしい。
「秋乃丸、おっつかれ」
「はい、お疲れさまです」
「何してるの?」
「入れ替え商品の確認とデータ入力を」
秋乃の手元の箱を富良野さんが覗き込むと、中にはどうやらまたインスタントラーメンのようだ。大きな箱いっぱいの商品は並べるのにも時間がかかる。富良野さんは手伝わないし、店長がやれば一瞬なんだけどね。
「ここ、なんで売れないのにそんなにすぐに商品変えるの?」
「私がほかの店舗で売れない在庫を積極的に回してもらっているからね。仕入れが安くなるんだよ」
「ふーん」
元々売れない店舗なのに人気のない商品を集めてしまっては、さらに売上が下がってしまう。俺ならそんなツッコミが飛ばすところなんだけど、残念ながら今ここに俺はいない。富良野さんも秋乃さんもまったく何も言わないままだ。
「しかし、マスターがいないと混乱してしまって。なかなかはかどりません」
「ここでも要くんがいないと困るんだね」
新しいインスタントラーメンが入ったからといって秋乃さんは名前を憶えて終わり、というわけにもいかない。ちょっとした名前の違いや文字のフォントなんかに妙にこだわって考え込んでしまう。ロボットの思考とは思えない。かわいいけど。
「さて、それじゃどこから始めようかな」
ちゃぶ台の上に紅茶の入った湯飲みを置いて店長が座った。和風の湯飲みに中身は紅茶、しかも珍しい中国のもの。いろいろ混ざりすぎている。
「またその変な味の紅茶?」
「いいでしょ。好きなんだから」
「店長って違う世界から来た、って噂があるって聞いたけど、本当?」
「そんな噂があるのかい? でも本当だね」
「えー、嘘くさい。そんな技術なんてあるの?」
「だから君がそんなこと言うかな。それじゃ、私をこちらの世界に送ってくれた人たちとの話をしようか」
そう言って店長は湯飲みに口をつけた。
――――
地面に染み込んだ雨水が天井の割れ目から滴り落ちた。
魔王城の地下牢は人間側の攻勢が強くなったこともあってかもう人質が入っていることもなく、どの牢屋もねずみばかりが這っていた。
人間軍から選りすぐられた四人の戦士、勇者、騎士、魔法使い、そして賢者。四人は世界を支配しようと猛威を振るってきた魔王軍の首筋まで長年の戦いの末に辿り着いたのだ。
「なぁ、こんなところに何があるって言うんだ?」
「話聞いてなかったの? 重要な会話は『おもいだす』を使いなさい」
「それは先に覚えておかないと使っても効果がないぞ」
少しも理解していない勇者に騎士が首を振る。こめかみを
「あぁ、もう。この魔王城にはその圧倒的な力を恐れて魔王自らが封印したという伝説の剣があると言われているのよ」
「禍々しいしい妖気だな。ただの地下牢のはずなのに」
「待て。何かいる」
先頭を歩いていた騎士の言葉に全員の足が止まる。入ってきたときから感じていた違和感。それがもう戦場のどこかに捨ててきたと思っていた恐怖だとようやく気がついた。
地下牢の最奥。明らかに人間を入れる牢ではない。絶対に逃がさないというように三重に重ねられた牢の向こうに何かが座っていた。
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