標的捕捉、状況開始

 まだ経験が浅いとはいえ、レジの中からお客さんの動きを見ているとだんだんとどういう人なのかわかってくる。特にここは特殊なコンビニだから珍しい動きをしているとめちゃくちゃ目立つのだ。

 今入ってきたのは中年の男性のお客さん。少し髪が寂しくなって、口にはマスクをつけている。タバコか新聞ってことが多いんだけど、この人は店内をうろうろと巡っていた。

「この人、遠いところからたまたま入ったんだな」

 俺にはすぐにわかる。まだ疑惑が晴れきっていないこの幽霊コンビニに長居したいと思う人は少ない。普通のコンビニのようになんとなくぐるりと店内を回ってみる、なんてことをやるのは噂を知らない人だけだ。

 それどころかあいさつもろくに聞かずに逃げるように帰っていく人の方が多い。それなのにこんなに長居してくれるなんてありがたいこれで少しでも噂の浄化に貢献してほしいくらいだ。

「お客さんは何をしているんですか?」

「商品を選んでるんじゃない?」

 同じようにお客さんを見つめていた秋乃さんが不思議そうな目で俺を見上げた。確かにコンビニのお客さんを見慣れていないとわからない。

「どうしてですか? コンビニに来るということは何かを買うためにきたんですよね? 店内はある程度分類されていますから全部を見て回る必要なないと思うのですが」

「他にいいものがあるかも、って期待して見ちゃうんだよ」

 秋乃さんは俺の答えに納得がいかなかったみたいで、口元を丸めながらお客さんをしきりに目で追っている。それが気になったのか、中年のお客さんは何も言わずにレジまで向かってきた。目に力がある。もしかして怒らせちゃったかな?

「あ、おタバコですか?」

「金だ」

 金? そんな略称の銘柄はあったかな? 店長はほとんど知らないからそういう情報は全部ネット頼りだ。仕事では上司や仲間に聞け、っていう人もいるけど、ここには知っている人どころかまず人がいないんだからしかたない。

「タバコは番号でお願いします」

 機械的な対応をした秋乃さんに俺はさらに焦りが募る。

「金を出せ」

 ぼそりと聞き取りにくい言葉とともに包丁が突き出される。

「うわっ!」

 これって、もしかして、コンビニ強盗なのでは?

「聞こえなかったのか? 金を出せと言っているんだ!」

「え、あ、ちょっと。ちょっと落ち着きましょう!」

「マスター、お客さんがお金を要求していますが、ここではそれは販売していません。どうすればよいでしょうか?」

 秋乃さんは落ち着き過ぎ!

「い、いや渡せないんだけど」

 渡さないととっても危険って言うか、特に俺の命が。っていうかこんな状況なら店長が助けに来てくれるはずだ。横目にバックヤードの方を窺う。大きな足音も黒い触手も一向に現れる気配がない。

「ごちゃごちゃ言うな! 刺されたいのか!」

「ひぃ、た、助けて!」

「はい、マスター」

 思わず出た言葉に秋乃さんが反応する。

 左腕が開き中から武士の脇差みたいな短刀が姿を現す。ただの店員だと思っていた強盗が呆然としている。その手にあった包丁が真ん中からすっぱりと切り落とされた。

「警告します。まだマスターに危害を加える場合は危険レベル二と判断。対象者への直接攻撃を開始します」

「ひいぃぃぃ」

 今度は強盗の方が悲鳴を上げる番だった。折れた包丁を秋乃さんに投げつける。それもすっぱりと半分に切り裂いて、レジカウンターに高い音を立てて落ちた。いったいどんな業物なんだろう。こんなロボットを作るんだから想像したってわからない。

 敵わない、とようやく悟った強盗が逃げようと駆け出したところに、やっと黒い触手が伸びてきて体にねたりと巻きついた。

「物騒な音がすると思ったら、何事だい?」

「……店長」

「危機状況終了。兵装を解除します」

 また展開された左腕に短刀を戻すと、秋乃さんは何事もなかったように店内を見回し始めた。本当に落ち着いてるな。情けない声を上げた自分が恥ずかしくなってくる。

「助かった。店長、もっと早く来てくださいよ」

「いやぁ、ごめんごめん。見てたアニメがちょうどいいシーンだったんでね」

「俺の命とアニメのクライマックスを天秤にかけないでもらえます?」

「でも無事だったならよかったじゃないか」

「はい、マスターの生命は私がお守りします」

 ものすごく頼りになるけど、強盗退治も仕事の一環だと思っちゃわないかな。あとであれはイレギュラーだって教えておかなきゃ。

「は、放せー!」

 危険が去ったおかげですっかり忘れていた強盗が店長の触手に締め上げられながら必死にもがいている。俺は経験済みだからわかるけど、人間の力じゃ絶対に出られない。これがわかるのはきっと俺だけだろうけど。

 店長はゆっくりと強盗に歩み寄ると、触手を巻きつけたままにこりと笑った。

「いいかい? 今君に巻きついているものは幻覚だ。このことを一切口外しないというのならば、五体満足のまま警察に引き渡してあげよう」

 うわー、怖い。強盗はもう恐怖で声が出ないみたいでただ頭をぶんぶんと縦に振っている。店長って悪い人には容赦ないんだ。いつもはあんなに弱気なのに、頼りになるって言えばそうなんだろうけど。

 粘液でべとついた強盗を手元にあった床用のワックスをかけたと嘘をついて、なんとか警察に引き渡した。店長が捕まえたというと説明が大変だから、秋乃さんが勇気を出して取り押さえたってことにしたけど、よく考えたらこんな女の子が、って警察も不思議に思ったかな。

 そんなことをしているうちに時間が経ってしまった。パトカーが止まったせいでまた変な噂が流れないといいけど。

「よし、じゃあ今日のバイトは終わり、と」

「最後はドタバタしてしまったね」

 着替えを済ませてロッカーを出ると、休憩室から店長に声をかけられた。もう夕方アニメが終わって、今はバラエティ番組を見ているらしい。俺はもう飽きてしまったけど、店長には目新しく映るんだろう。

「まぁ、あんなことがあったらしかたないですよ」

「私はとても貴重な経験になりました。この地域は安全と聞いていましたが、明日よりもう少し兵装を強化しておこうと思います」

「いや、いらないよ。毎日あんなことがあったら困るから」

 検挙率には貢献できそうだけどさ。店長や秋乃さんはともかく、俺はそのまま刺されちゃうし、富良野さんにいたってはゾンビ被害者が増えるかもしれないのだ。気をつけよう。

「それにしてもどうしてうちに来たのかな? お金なんてないのに」

「言ってて悲しくなりませんか? この辺りの人間ならわざわざ幽霊コンビニに強盗になんて来ませんよ」

 そりゃ人目につかないって利点はあるかもしれないけど、わざわざ危険なところに来る必要がない。でも何も知らないっていうなら話は別だ。

「幽霊コンビニとはなんのことですか、マスター?」

「秋乃さんは知らなくて大丈夫だよ」

 コンビニについて誤解されても困るし、少し落ち着いてから説明しよう。何か聞きたそうな顔をしている秋乃さんに手を振って、俺は激動の一日を終えて家に帰った。

 

 翌日も変わらずいつもの時間にバイトに向かった。

「今日は何人お客さんが来るかなぁ」

 一日で来るお客さんの数は両手で数えられなかったことがない。ある種の遊び心で俺は毎日自転車を飛ばしながらこうして予想屋ごっこを楽しんでいる。それなのに、今日は駐車場がいっぱい。駐輪場もなんとか俺の自転車が止められるくらいにいっぱいだった。

「なに? 何かあったの?」

「あ、高橋くん! よかった。早く着替えて手伝ってくれるかい?」

 店内に入ると同時に、店長が駆け出してくる。コンビニを間違えたかと思うくらいにお客さんがいっぱいに入っていた。すでに両手どころが足の指を足しても足らないくらいだ。レジではまだ手慣れない秋乃さんと無愛想だけどすごい手際の良さでレジを回している小木曽さんの姿があった。やっぱり富良野さんはいない。

「昨日の強盗事件で勇気を出して強盗を捕まえたコンビニ少女という触れ込みで、三ノ丸くんが話題になったらしくてね」

 まぁ確かにあんな小柄な女の子が捕まえたとなればテレビやネットではヒロイックに紹介されてもおかしくない。それが理想を体現したような美少女とあればさらに熱は加速していくだろう。

「それでこの騒ぎですか」

 時の人を一目見ようと集まった野次馬もさすがに一品くらいは買っていってくれるみたいだ。売上としてはこれ以上ないくらいになっている。

「数日で収まるとは思うけど、これを機に変な噂もなくなってくれるといいんだけど」

「それは無理じゃないですか?」

 俺は呆れたように返す。

「どうして?」

「だって店長、興奮して触手出ちゃってますよ」

「あ」

 ずっとバックヤードに隠れていたのに、俺が来たことにやっと助けが入ったと思って店長が飛び出してきてしまった。背中からは喜びを表現しているのか、何本かの黒い触手がうねうねとダンスを踊っている。もう俺は見慣れてしまったけど、レジに行列を作っているお客さんからしたら、異常を通り越して恐怖が沸き起こるほどだ。

「せ、せっかくのお客さんが」

「まぁ、今日だけは買っていってくれますよ」

 次があるかはわからないけど。俺は店長の背中を押してバックヤードへとひっこめる。俺が落ち着いているからお客さんも安心してくれるといいんだけど。

「それにしても」

 レジであたふたとしながら、なんとか仕事をこなしている秋乃さんを見る。今日も金属の猫耳に制服の上からでもわかるバックパック。昨日よりサイズが大きくなった気がする。後で兵装を増やしてないか聞いておこう。

「どうして誰もロボだって気がつかないんだろう?」

 どうみたってロボットなのになぁ、と首を捻りながら、俺は店長を休憩室に放り込んだ。

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