幾何学模様は神秘的
店の裏手には屋根つきの荷物置き場がある。このコンビニ、店長の居住スペースがあるせいか裏口というものがなくて、商品は基本的に店の裏から正面のお客さんと同じ入口から店に入れる必要があるのだ。
数はそれほど多くないし、店長が百本の腕でささっと片付けてしまうから困ることはないんだけど、こうしてたまに時間のあるときは少しでも手伝うようにしている。営業中に店長の触手を見られるわけにもいかないし。
「これをお店に並べるんですね」
「そう。それじゃ試しに入れ換えのインスタントラーメンでも持っていってみようか」
たまにこうして商品の入れ換えが起こる。売れないのにどうして、と思っていたけど、本部側もそう思ってるのか他のコンビニでは見たことがない変わり種の商品が送られてくる。
今日のインスタントラーメンは『野菜たっぷり中華そば』。野菜たっぷりなら味噌の方が合うと思うし、昔ながらの中華そばなら具材はシンプルにしてほしい。いったいどの層を狙っているのかイマイチわからない商品だ。
「これをお店に並べるんですね」
「そう。それじゃ試しにこれを持っていってみようか」
俺は手近にあった箱を抱えて持ち上げる。コンビニにしては配送の量が少ないのはやっぱり売れていないからだろう。中身はそれほど重くない段ボール箱を持って運ぼうとしたところで、秋乃さんが俺から段ボール箱を奪い取った。
「えっと。俺一人でも運べるよ?」
「いえ、マスターより私が楽をするわけにもいきませんので」
「でも秋乃さん女の子だし」
ロボットに性別があるのかはわからないけど、外見も話し方も女の子っぽいし、男の俺が楽するわけにもいかない。
「問題ありません。私の方がマスターより加重に耐性があります」
「要するに力があるってこと?」
まぁロボットなんだから当然そうなんだろう。わざわざコンビニに派遣されてくるわけだからそういう労働用に作られたのか。だとしたらあまりにも精巧な顔と小柄な女の子にしたのは製作者の趣味かな。
「でもやっぱり俺が持っていくからいいよ」
一度奪われた箱をもう一度、秋乃さんの手から抱え直す。
「どうしてですか?」
「ちょっと難しいかもしれないけど、男には見得ってものがあるんだ。小柄な女の子や後輩に辛い仕事をさせたくないって気持ちかな」
「私のデータの
お願いくらいのつもりだったんだけど、距離感が難しいな。俺の指示をきちんと聞くロボットってすごく助かると思ったけど、実際はこんな女の子の姿をされると仕事も頼みづらい。それに俺の背中にぴったりとくっついてじっと俺を見つめている。正直真剣な分だけ富良野さんより扱いにくいかも。
「それじゃ、このカップ麺を並べていくからね」
がらりとした店内に戻ってインスタントラーメンのコーナーに移る。商品を入れ換えると抜いた分はいったいどこに行くんだろう。廃棄するにはまだ賞味期限はあるし。
さて、と床に箱を置いて中身を取り出していると、秋乃さんはぼうっとしたまま俺の作業をじっと見つめている。
「カップ麺、カップ麺、カップ麺?」
「どうしたの?」
「すみません、マスター。カップ麺とは何のことでしょうか?」
今まさに目の前にあるやつなんだけど。秋乃さんはインスタントラーメンがいっぱいに入った段ボール箱を見つめながらカップ麺、とうわごとのように言い続けている。もしかしてなにかのエラー? もしそうなら俺は全然対応できない。ロボットなんてまったくわからないし。 軽く頭の辺りを叩いてみる。昔のテレビはこうすると映ったりするんだけど。
カップ麺って何、と聞かれたから、今度はゆっくりと説明してみようか。
「えっと、これ?」
「なるほど。インスタントラーメンはカップ麺とも言うんですか。言語は難しいですね」
また感心したように秋乃さんが動き出す。よかった悩んでただけか。
「そ、そうかな?」
ロボットとうまく付き合っていくっていうのもなかなか難しいなぁ。とりあえず情報を処理しているのかもしれないし、一つインスタントラーメンを手渡してみる。でも秋乃さんはラーメンじゃなくて段ボール箱の方をじっと見ているらしい。
「ハ」
「は?」
ハ、ってなに? と思った瞬間に秋乃さんが箱をつかんで一気に持ち上げる。
「ハニカムー!」
「なにごと!?」
箱の中からバラバラと雪崩のようにラーメンが流れ出る。それにまったく目もくれず、秋乃さんはダンボール箱に抱きついた。
「マスター、見てください! ハニカム構造です!」
「段ボールの断面? 強度を上げる必要があるからかな」
「その通りです。あぁ、簡単に破れてしまう一枚の紙さえもこんなに強くしてしまうなんて。なんて罪作りな存在なんでしょう。それでいて素敵なこの幾何学的な対称図形を描く芸術的な……」
正確にはちょっと違うんだろうけど、目的としては間違っていない。どこにそんな感動的な要素があるかはわからないけど。
「お、落ち着いて」
「す、すみません。私、幾何学模様を見るとつい。特にハニカム構造の素晴らしさには何度見ても心打たれます」
「つい、でそうなるんだ……」
床に散らばったカップを拾ってまた箱に戻す。大丈夫だとは思うけど、一応傷が入ってないか確認しないと。秋乃さんはその間にも体が小刻みに動いて、やたらとそわそわしている。そんなに好きなのか、段ボールが。
「あの、大丈夫?」
「大丈夫です。これも大切なお仕事ですから」
「えっと、もっと優しく持たないとへこんじゃうからね?」
軽さと強度を両立させた発泡スチロールにも限界がある。それにしてもこっちも同じように高い強度があるのに秋乃さんの心には響かないらしい。いや、そもそもハニカム構造が好きっていうのもよくわかんないけど。
「さて、と。これは大丈夫そうかな」
「何をやっているんですか、マスター?」
「傷がついてないか調べてるんだよ。へこんだり、破れたりした商品は出せないからね」
「えっと、こうですか?」
秋乃さんは俺の真似をしてカップをぐるりと回しながら、表面を見る。でも何をしているかわからなかったみたいで、何度もくるくるとカップを回しては首をかしげた。
「よくわからない?」
「すみません」
へこんだカップを持ったまま、秋乃さんも結構へこんでいるらしい。本当に普通の女の子と変わらないな。ウイルスに侵されているとはいえ小木曽さんの方がよっぽど無表情だと思う。
「たとえば、そこの部分がへこんでるでしょ?」
「でもこれは構造上内部には問題がないのでは?」
「そうなんだけど、気にする人もいるからね」
「人間は意外なところを気にするものなのですね」
「そうかもね」
俺みたいにまったく気にしない人もいるけどね。気にする人がいるのなら並べておかない方があとあと面倒がなくていい。幽霊コンビ二の噂がまだ少し残っているこのコンビ二でクレームをつける人がいるのかはわからないけど。
データを入力しているのか、カップの傷を見つめたまま動かない秋乃さんを見ながら、俺は傷の入っていないラーメンを並べていく。意外な展開になったけど、新しいことが覚えられたみたいでよかったかな。
「さてと、これはどうしようか。店長に言って買い取らせてもらってもいいんだけど」
男子大学生の一人暮らし。インスタントラーメンなんていくつあっても邪魔にならない。スタッフ割に加えて傷がついたものはさらに値引きで買わせてもらえるのは学生にはありがたい。バイト代だけでも大助かりなんだけどね。
「すみません」
「いいんだよ。後は、やることないからレジにでも」
新人に他に教えることがないっていうのも悲しい話だ。知らないことがあるとすぐビジー状態になって止まっちゃうみたいだからちょうどいいのかもしれないけど。
そう思っていると、運よくお客さんが店内に入ってくる。レジの仕事を教えられるいいチャンスだ。
「いらっしゃいませ! それじゃ、いこうか」
「はい、マスター」
「マスターっていうのはお客さんの前では言わないでね」
そうじゃないと俺が変な趣味だって噂になっちゃうから。他には触手人間とゾンビとロボットだけど、俺はこのコンビニで唯一のまともな人間なんだから。
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