四話 喜劇的ビフォーアフター!

匠の技による空間マジック

 一度はコンビニとして普通の姿を取り戻したスクウェアM百夜街道沿い店は三日もするといつものように閑古鳥が帰ってきて、自分の巣のように居座っていた。


「暇になっちゃいましたね」


「うぅ、私のお客さん」


 店長が自分で追い返しただけに文句の言いどころがない。


「そんなに落ち込まないでくださいよ」


「そうそう。お客さんが多すぎると大変だしねー」


 一度も手伝っているところを見たことがない富良野さんに言われても全然説得力がない。結局この三日間も俺と秋乃さんがほとんどレジに入りっぱなしだった。ときどき小木曽さんが手伝いによこしてくれてたから、そこは優しさなのかもしれないけどさ。


「富良野さんも手伝ってよ」


「あたしは面倒だからパース」


「マスター、忙しい方が良いのですか? 忙しいと体力や精神力に負荷がかかり、体調を崩す恐れがありますが」


「そうなんだけど、暇だとそれはそれで精神的に負担がかかるし」


 特にいいお給料をもらっていると、申し訳なくなってくる。それを考えればちょっとくらい忙しい方が店長に気が引けずにすむだけいいってものだ。


「私にはよくわかりません」


「そう言われると確かに変かもしれないね」


 ここでしか働いていないなら、余計にそう思ってもおかしくない。なんてったって半分以上が戦力外通告レベルなのだ。

 富良野さんは動く気配がない。小木曽さんは基本的に富良野さんの側から離れないし、店長はいつ触手が出てくるかわからないからレジには出てこられない。

 自然と俺と秋乃さんが店内で忙しくしていて、楽な方がいい、という結論にいたってもしかたない。


「さて、それじゃ何かボーナスを出そうか」


「今の話聞いてました!?」


「ここ数日は売上よかったね、って」


「いいとこだけ聞いて、悪いとこが全部抜けていってる! また売上が戻っちゃったって言ってるんですよ!」


 店長の経営能力がまったくないのは今に始まったことじゃないけど、それにしたって危機感がなさすぎる。


「でもここ数日頑張ったのは事実だし」


「そーだー。ボーナス欲しーい」


「富良野さんは頑張ってなかったよ!」


 いつも通り休憩室に入り浸って売り物のファッション誌を読んでいただけだ。


「たとえば社員旅行に行くとかどうだろう?」


 店長も全然やめるつもりないし。まぁ、今までこうやってコンビニを続けてこれたんだから最低限潰さないくらいのことは考えているはずだ。やや興奮気味の店長にそんな考えがあるのかちょっと不安だけど、一応話を聞いてみよう。


「どこに行くんですか?」


「春先から営業している温水プールがあるんだけど」


「あたし包帯が濡れるからパース」


「私も防水は問題ありませんが、水に浮かないため、泳げませんので」


「うーん、残念だなぁ」


 顎を擦りながら店長がうなった。そんなに奮発してサービスしたいなんて社員思いなのかな、と思っていると、店長の背中から一本触手が伸びていることに気がついた。その先を追ってみる。


 そこには立派なレンズがついたカメラを丁寧に拭いている姿があった。水着写真狙いだったな、これは。


「それじゃ、どうしようか。福利厚生を充実させるのも店長の務めだからね」


 収支を考えて経理するのも店長の立派な仕事なんだけどなぁ。言ったところでしかたがない。そのうち俺は考えるのをやめた。


「福利厚生、たとえばどんなのですか?」


「要はスタッフになにか特典をつけるんだろう? 廃棄のお弁当お持ち帰り可、とか」


「ごめんなさい。俺、既にやってます」


 勝手に持って帰るのも悪いけど、毎日ほぼ全部残るんだからもったいなくてつい持って帰ってしまう。おかげでどんどん食費が浮いていくからびっくりするほど生活が楽になってきている。


「じゃあ、私の秘蔵の紅茶。休憩室にあるやつ。あれが飲み放題」


「あれおいしくなくない!? なんか変な味するし」


「それを富良野さんが言うの!?」


 休憩室のいろんなお菓子に隙あらばウイルス仕込んでダメにしてるのに。本人も食べたがらないんだから困ったものだ。


正山小種ラプサンスーチョン。おいしいと思うんだけどなぁ」


 でも今回ばかりは富良野さんに賛成だ。店長秘蔵の紅茶は珍しい中国紅茶で、キッチンに大量に缶が並んでいる。ラッパのマークの薬みたいな香りがする癖の強い紅茶で、俺も一度飲んだことがあるけど、砂漠にでも行かない限りは二度と飲まないと思う。


「じゃあ、段ボール箱持って帰っていいとか?」


「ネタ尽きましたね?」


 それにしたって他になかったのかな、と言う前に隣に座っていた秋乃さんが机を強く叩いて立ち上がった。


「それはとてもよい考えだと思います!」


「あ、秋乃さん落ち着いて」


「私の部屋をすべて段ボールに作り変えることも夢ではなくなります!」


「ダンボールハウスに住むのが夢なの!?」


 キラキラと発光しそうなくらいの笑顔で秋乃さんは妄想を膨らませている。もうどう答えてあげればいいんだろう。変に同意するとうちをダンボールハウスに作り変えに来そうな勢いだ。


 っていうか普通に金一封とかじゃダメなのかなぁ。

 結局話はまとまらないまま、店長が明日には何かする、とだけ言って話はそこで打ち切りとなった。そもそもお客さんがこんなに長い時間来ない時点で考え直してほしいところだったけど。


 でも俺は忘れていたのだ。店長は金遣いが豪快なこと、一日でトラックが突っ込んだ店を直すコネがあること、そしてやることが少しズレていることを。




「ナニコレ?」


 いつものようにコンビニの駐輪場に自転車を止める。そして俺は隣にあるコンビニを見上げている。


「なんで伸びてんの? この建物にもなにか秘密があるわけ?」


 確かに初めて見たときも大きいとは思ったけど、さすがに見間違えてたってことはないはずだ。昨日までは間違いなく平屋のコンビニだった。それが今日は三階建てのちょっとしたビルになっている。珍百景に登録できそうな勢いだ。


 あぁ、なるほど。この建物は実は竹でできてて、この時期はよく育つ時期だからそれで……


「ってそんなわけあるかー!」


 ノリツッコミもしたくなる。いやいや、どういう理屈だよ。コンクリート製の建物なんだから一回壊さないと伸びないでしょ、普通は。そもそもそれは建て替えであって伸びたわけじゃないし。


 言いたいことはいろいろある。でもそれを言ったところでここでは通用しない。そういう場所なのだ、ここは。


「どうしたんだい、高橋くん? そんな大声出して」


「大声も出ますよ。なんでちょっとしたビルになってるんですか。しかも一晩で!」


 業者が一晩でやってくれました、って言ったら今ならそのままへぇ、って言ってしまいそうな自分が怖い。


「ほら、福利厚生」


「はい?」


「福利厚生のためにスタッフ用の施設を充実させようと思って」


「それと増築になんの関係があるんですか」


 やることのスケールがでかすぎる。いったいどんなことをやってくれたのか、ちょっと気になるけど。


「せっかくだから高橋くんも見てきなよ」


 店長に進められて俺は店のバックヤードの奥。ロッカールームに続く道を歩いていく。

 休憩室、キッチン、シャワールーム。

 そして最奥のロッカールームの隣に無理やりつけたような階段ができていた。もちろん昨日は影も形もなかったものだ。


「ゲームの隠し階段じゃあるまいし」


 もうなにがなんだかわからなくて頭がおかしくなってきそうだ。俺は溜息にもならない何かを吐き出しながら、真新しい階段を一段ずつ上っていった。

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