7月3日
「Lが狂ったそもそものきっかけは、お前だ」
「……なんでそう思った?」
俺の言葉を聞いたKは一瞬目を丸くしたが、直後やれやれと言わんばかりに肩をすくめる。その仕草に俺は神経を逆撫でされ、一息に全ての論拠を論った。
「お前とLは知り合いだった。それに、Lのノートの元ネタはお前が遊んでたゲームらしいな。だからお前は、あんな与太話にのめり込んだんだ」
「『あんな与太話』って言うからには、お前もあのノートを読んだんだろうな」
「それは」
「読んでないんだろ。ちゃんと読んでたら、そんなこと口が裂けても言えないだろうからな」
Kの口調は冷静だった。冷や水を浴びせられたような心地がして、俺は一度黙り込む。Kは教壇に肘をつき、俺を見上げるようにしながら話を続ける。
「確かに俺はあいつの前でゲームを遊んだし、そのことについて色々と語った。でもな、あいつの気を狂わせようとしていた訳じゃない。死にたい奴に鉛筆を貸したら、勝手に手首を刺し始めたってだけだ」
予想外の例えが飛び出し、俺はぎょっとする。
「あいつが鉛筆で手首を刺した話、お前にはしてないよな?」
「全部書いてあったんだよ。あのノートの中に」
「……嘘だ」
「嘘じゃない。あいつはノートに書いた通りの行動を取ってるんだ。四月一日に手首を刺して、五月九日にうちに押しかけるって」
俺はさらに驚いた。エイプリルフールの一件だけでなく、深夜の侵入も最初から予定されていたなんて。衝動的な行動だと思っていたLの奇行は、どうやら計画されていたものだったらしい。もっとも、ノートの中身が狂っている以上まともではないのは確かだが。
「でも、それなら」俺はとある事実に思い当たる。「これからLが何をやらかすのかも分かっているのか?」
「残念だが、この後で書かれてるのは10月15日の自殺だけだ。その間の予定は何もないし、それが問題なんだよ」
「問題?」
「10月15日が訪れるまで、Lはずっと待っているつもりなんだ。俺たちが母親の『ミサ』を見つけ出して、自分のところに連れてきてくれるのを」
「……不可能だ。そんな女が存在するはずない」
俺がそう呟くと、Kが苛立たしげにため息をついた。
「だから問題なんだって。ノートの空白は、俺たちが埋めなきゃならない……それなのに、お前はノートを読もうとすらせず、視界から遠ざけていた」
呆れたようなKの視線に見上げられ、今度こそ俺は何も言えなくなってしまう。腹立たしいことに、この男のいう通りだった。Mからノートを差し出されたあの日、俺は逃げるように席を立ってしまったのだ。露骨すぎる拒絶で諦めたのか、Mはそれ以降も夜な夜なノートを眺める日があったものの、俺に見せようとはしなくなった。
今となっては後の祭りだ。俺たちはもはや、物理的にノートを手にすることができない状況にある。それが却って耐えられず、俺はKを詰問していたのかもしれない。自分の浅はかな行動に嫌気が差し、けれど、どう対処していいかはやっぱり分からなかった。
「……ノートはもう、どこにもないんだ」
独り言のように、俺は呟く。Kは俺から視線を外し、退屈そうにあくびをする。
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