5月8日

 KとMの家に居候を始めてから、早くも一ヶ月が過ぎていた。父親と3人で暮らしている建物の二階の、誰のものでもない空き部屋を今は使わせてもらっている。二人の母親は、Kの物心がつく前に他界しているらしい。


 この部屋を使わせてもらっていることについて、Kの父親は「気にしなくていい」と一言告げたきり話題にあげようともしない。気前がいいという以上に寡黙さが目立つ二人の父とは、平日中の帰りが遅いせいでそもそもあまり会話ができていなかった。最低限の荷物だけを持ち込んで始めた居候。部屋に一人でいてもすることがないため、俺は眠りにつく時以外のほとんどの時間をKの部屋で駄弁ったり、リビングでスマホを弄ったりして潰していた。


 ある日曜日の深夜。一時まで粘った末に「さすがに寝かせろ」とKの部屋を追い出された俺は、電気を消した「自室」の中で眠りにつこうと努力していた。こういう時に限って、Lのことを思い出してしまう。定期的に連絡を取っている母親から、昨日一度退院したという連絡が入っていて、今頃家では何が起きているのだろうと想像していた。


 Lの頭は元に戻っただろうか。さすがに一ヶ月で治ったりはしないか。


 目を閉じながら、まともだった頃の彼女についてあれこれ考えていた。一分年下の俺の妹。小さい頃はよく喋るやつだったのに、時が経つにつれてどんどん無口になっていき、ここ二年くらいは三十文字以上の言葉を交わした記憶がない。そう言えば、LはどうしてMと知り合いだったのだろう。お互い見ず知らずの人間に話しかけるようなタイプではないだろうに、「偶然出会った」というのは正直無理があるように感じられる。


 間に誰か、仲介役の人間でもいたのだろうか。


 だんだんと眠気が強くなってきて、俺は目を閉じる。薄れゆく意識に身を任せていると、Lへの思索は全く関係のない妄想と入り混じっていく。Kはあの性格でどうやって生きていくんだろう、とか、Mにいつ告白しようかな、とかとかとか。妄想は次々と様変わりし、次第に具体的な輪郭を失っていく。


 自分が目を開けているのか、閉じているのか。それすら自覚できなくなったタイミングで、俺は部屋の天井に違和感を覚える。何かがおかしい、と感じながらも、普段より明るいのだと気付くことができない。


 自意識が剥がされていき、俺はそのまま眠りにつく。

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