12月22日
「――それで、Lのノートを売ったんだ」
「さいてー」
向かい側の席に座ったセーラー服の女生徒が、言葉とは裏腹に楽しそうな笑みを浮かべて言う。俺は「そうだな」と努めて自重気味に同意してから、「でも後悔はしていない」と付け加える。
二ヶ月前にⅠと会話した喫茶店。同じような時間帯で、前回と一つだけずれた席に、今日はポニーテールの女生徒と向かい合って座っていた。彼女はLと同じ高校の制服を着ていて、曰く「Lとは友達だった」らしい。妹の事情に一定の理解があるものの、それ以外の素性をほとんど明かそうとしなかったので、俺は前回に習い彼女に「Ⅱ(に)」という名前をつけた。
今日は二学期の終業式で、二日後はクリスマスイブ。「期限」をとうに過ぎてしまった今、Lの一件にはある種の決着がついている。
今となっては、Ⅱが本当に友人だったのかLに訊ねることもできないし、そもそも質問する意味がないだろう。
「でも、怒らないんだな」無表情のまま、俺はⅡを煽る。「Lの友達なんだろ。俺は今、妹をダシにしたって話をしたんだけど」
「怒ったってしょうがないでしょ。ただの思い出話なんだから……もしかして、私を怒らせたくてこの話したの?」
やはり笑顔で切り返してくる彼女に、俺は返事をしない。図星だったからだ。俺はⅡを信用していなかった。真冬にアイスコーヒーを啜る彼女は、何が面白いのかずっとへらへらと笑っていて、その頭の中がさっぱり分からない。今は訳あって彼女と喋っているものの、基本的には関わりたくないタイプの人間だった。
「ぺらぺら喋ってくれたと思ったら、ハッタリだったんだ。変なことするねー。さすが双子の兄って感じ」
「……あんた本当に、Lの友達なのか」
「そうだよ。Lちゃんとはめちゃくちゃ仲良し。大親友」
「こんな胡散臭い奴と連んでるなんて、信じられない」
自重する必要性が感じられなかったので、率直な意見を彼女にぶつける。案の定、Ⅱは特に傷ついた様子もなく、「言うねえ」とおどけてみせた。
「別に君だって、常識のある人とだけ仲良くしてる訳じゃないでしょ? 今話してたKって人も、相当変わってると思うけど」
「自分が変人なのは認めてるってことか?」
「ていうかさ、変じゃない人なんてどこにもいないんだよ。変なところをひた隠しにする人が多いってだけで」
右手でマドラーを『ハリー・ポッター』の杖みたいに振り回しながら、Ⅱは自前の仮説を披露する。普段はKに向けている類の視線を彼女に送りながら、俺は小声で「隠そうともしない奴のことを、本当の変人っていうんだ」と毒づいた。
変人。Lのことを除外したって、思い浮かぶ顔はいくつもある。KやⅡなんかはその筆頭だし、ある意味最後の砦だったMでさえ、この数カ月で正常とは程遠い人物になっていった。俺はこの半年で、奇人変人とのコミュニケーションスキルを否応なく身につけてしまっている。ⅠやⅡみたいな人間と平気で会話をしてしいるのも、もはや職業病みたいなものだ。
俺はⅡから目を逸らし、一口も手をつけていないカフェラテのカップに触れる。指先に仄かな熱が返って来たので、手元のスティックシュガーの封を切り、中身を全てカップの中に流し込む。泡立ったミルクの中央が醜く凹み、砂糖がどろどろと沈んでいく。
「甘党なの?」
Ⅱの質問には答えず、ティースプーンをつまみ上げて乱暴にコーヒーをかき混ぜる。視界にⅡを入れないようにしているのに、なぜだか彼女が笑っているのが感じられる。不愉快だ。カップからスプーンを引き抜いて、けれど結局口には含まない。
何度かシカトするくらいでは効果がなく、Ⅱは懲りずに俺からあれこれと聞き出そうとする。
「それで、ガールフレンドとの調子はどう?」
「Mとはうまくいってるし、話すようなことは何もない」
「嘘が下手だね」
「……あんたには喋りたくない」
「それも嘘」
自信ありげにそう言い放つⅡのイメージが、一瞬だけKと被る。俺は自分の貧乏ゆすりに気づいて、ため息をついた。なぜバレているのかは知らないが、Ⅱのいう通り、俺には全てを洗いざらい喋ってしまいたいという願望がある。だからこそ、二ヶ月前に見ず知らずの人間であるⅠに「自分語り」を求められた時、俺は千載一遇のチャンスだと思ってしまった。
後で激しい後悔に襲われるとも知らず、あの日の俺はやけに饒舌だった。
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