浄土の蓮

 「浄土の蓮はさぞきれいであろうな」


 突然そんなことを主が口走るので、どうしようかと返答に困ってしまった。すると、その気色が伝わったのか彼はそうか、と思い当たったようで、


 「お前には無縁の世界であったな」


 こちらが何かを言う前にそんな言葉が返ってきた。


 「いえ……」


 そう咄嗟に口にした。


 「無縁であるからこそ、わかります」


 「ほう?何がわかる?」


 「浄土の蓮がきれいなことです」


 「なぜわかる?」


 矢継早に続けられる質問。主はいつもこうだ。問答になればすぐに「なぜ?」「何が?」といった言葉が飛び出す。


 主の頭の回転が早すぎてついていけないことも多々ある。


 「穢土を知らないから……。だから、浄土の蓮はきれいなのでしょう」


 「違うな」


 すぱりと切り返される。ではなぜ、と聞くと主はこう言った。


 「穢土を知っているからだ」


 はぁ、と言葉を返す。わからない。主が何を言わせたいのかが。


 「穢土は……、この世は醜い」


 欲にまみれ、争いも絶えず、平穏など夢のまた夢。


 謡うように主は続けた。


 「それでも、この醜くく欲まみれ世に、私たちが生きるのはなぜだと思う?」


 「本能でしょう。生き物としての」


 「それも、少し違うな。正確には本能だけではない。為すべきことを成すためだ」


 安寧のないこの穢土で自らの為すべきを成すため、私たちは生きる。生きて生きて……、散る間際に私たちは種を得るんだ。


 そして命散り果て、種となったものは浄土の大地に芽吹く。穢土で自らの命を燃やした種ほど、浄土の大地は安らかで、清らかで、また平穏に感じることであろう。


 主はどこか遠いところを見ながらそう言った。


 「だから、浄土の蓮はきれいなのですね」


 主は黙って笑った。


 風が花の香りを運んでくる。主は黙ったままなので、


 「主は蓮になりたいですか?」


 そう問うた。


 すると主はそうだな、とやはり遠くを見ながら、


 「私はまだ、種すら得ていないよ」


 そう言った。


 「では、探しましょう」


 そう返すと主は驚いたような顔をした。


 「時間はたくさんありますが、貴方に残されている時間は有限です」


 為すべきは見えております。あとは成すのみ。


 そう続けると、主は視線をこちらに向けて静かに笑って見せた。


 「そうだな。お前と探すのも悪くない」


 「はい、貴方が尽きるまでお供いたします」


 そしていつの日か、貴方の美しい蓮が花咲いたら、その傍らで僕は眠ります。




≪完≫

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