第4話 初恋
あれは中学二年生の冬だった。
学校中の女子みんなから憧れられていた「大野先輩」。
文武両道で背が高く、まるで芸能人のような顔立ちで、すれ違う女子達はみんな振り返る、そんな人だった。
陸上部のエースで、体育大会で団長をして以来その人気はさらに上がり、私も先輩に熱を上げていた一人だった。
そんなある日、先輩が私に連絡先を聞いてきた。
憧れだった先輩から連絡先を聞かれ舞い上がる私。
少しづつ連絡を取るうちに、憧れだった気持ちは初恋へと変わっていった。
親友の優花にはもちろん全てを話していて、私の初恋を応援してくれた。
先輩と連絡を取り始めてから一カ月くらいたった頃、優花が
「話したいことがある」と
いつになく真剣な表情で私を呼び出した。
「あのね、幸。私、別の学校の子から聞いたんだけど、大野先輩すごく女たらしで有名らしいよ。だからやめた方がいいと思う。良い噂聞かないよ。もう連絡取るのやめたら?」
優花は嘘をついたりしない。
それは私が一番よく分かっていた。
それでも大好きな初恋の人を侮辱されたことに腹が立って仕方がなかった。
「やめてよ!いつもモテない私にかっこいい彼氏ができることが気に入らないだけでしょ。私先輩の悪い噂なんか聞いたことないよ!親友なら応援してよ!」
初めて声を荒げた私を見て、優花は一瞬驚いて、すぐに寂しげな表情に変わった。
「ごめんね。そんなつもりじゃなかったんだけど、心配になっちゃって……。もちろん応援してるよ!」
少し声を震わせながら涙目で話す優花を見て、私はひどく後悔した。
その日の夜、先輩から初めて電話がかかってきた。
優花のことを引きずりながらも、やっぱり嬉しくてドキドキしながら電話に出た。
「もしもし、矢田部さん今大丈夫?」
「はいっ!大丈夫です」
これはもしかしたら告白かもしれない、と早まる鼓動を必死に抑えながらやっとの事で声を出した。
「実は矢田部さんに相談したいことがあって……。矢田部さんって森山優花ちゃんと仲良いよね?」
その瞬間、目の前がどんどん暗くなったのを覚えている。
さっきとは違う鼓動の早さが私を襲う。
今すぐ電話を切りたい。
続きを聞きたくない。
嫌な汗で体の血の気が一気に引いた。
「実は俺、優花ちゃんのことが好きで。矢田部さんに色々協力してもらえないかなって思ったんだけど……どうかな?」
その時私はもの凄く後悔した。
どうしてもっと早く気づかなかったんだろう。
あんなに素敵な先輩が私なんかを好きになるわけがないことに。
私みたいな普通の子に先輩が連絡先を聞いてくる理由なんて、ちょっと考えればすぐに分かったはずなのに。
早まっていた鼓動はぱったり止まり、
私は一点を見つめたまま動けなくなった。
「すごく良い子です。今彼氏はいないです。ただ、本人に内緒で優花のことを色々教えるのは嫌なので、先輩が直接話してみてください。先輩のことかっこいいって話してましたよ」
止まった鼓動はまだ動いていないのに、自分でもびっくりするくらい私は冷静だった。
私の返事に先輩は声を弾ませ、嬉しそうに電話を切った。
私じゃなかった。
悲しみと同時に恥ずかしさがこみ上げてくる。
どうしてこんな勘違いをしてしまったんだろう。
私のわけがないじゃない。
恥ずかしさでいっぱいになり、冷えた体はどんどん熱くなった。
優花と一緒にいることで上がったヒエラルキー。
それは私の容姿や中身によって上がったものでは無いことを十分わかっていたはずなのに、いつしか私は自分も優花と同じ段に立てていると大きな勘違いをしてしまった。
そんなはずない。
もしまた優花が転校していったら、誰も私に見向きもしない。
そんなことは誰よりも理解していたはずなのに、優花が隣にいる環境に慣れすぎた私はとんでもない勘違いをしてしまった。
鼓動がやっと戻ってきた頃、優花にメッセージを送った。
「今日はひどいこと言って本当にごめん。実は私もその噂聞いたことあって……でも認めなくなくて、ついイライラして優花に当たっちゃった。もう先輩とは連絡取らないことにする。ごめんね」
先輩は女たらしなんかじゃない。
真剣に優花への思いを語る様子を聞けば、本気な事は十分に伝わってきた。
ただ、先輩が優花を好きだったから諦めた。と言えば優花は間違いなく私に気を使い、先輩からの誘いを受けない。
それを私は分かっていたから、あえてその事は言わなかった。
ううん。
言わなかった理由はただの言い訳。
本当は真実を話すと涙が止まらなくなりそうで、受け入れられなくて。
自分が辛くない言い方を選んだだけ。
優花はこんなにも優しいのに、自分はどこまでも小さくて嫉妬深くて……
そんな自分が心から嫌になった。
これが私達の初めてで唯一のケンカだった。
この時初めて、優花の隣にいることが辛く思えた。
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