第7章 官邸に隠された秘密 1


 翌朝、俺とアマリアは、門番のラウロと共に、再び官邸へ出かけた。

 目的は、総督のニメリウスとの再度の面談だ。


 昨日、ニメリウスに対面した時点では、俺もアマリアも、ウィリウスが事故死したものと思っていた。が、今や、ウィリウスは死んでいない可能性が出てきた。

 唇を引き結び、俺やラウロを置いていきそうな勢いで歩くアマリアの横顔を眺めながら、俺は昨日のニメリウスとの会話を思い返した。


 ローマにウィリウスの死を知らせた人物も、ウィリウスの遺骨を送った人物も、どちらもニメリウスだ。ウィリウスが生きている可能性が高まった今、ニメリウスが偽装に関わっているのは間違いないだろう。ひょっとすると、ニメリウスこそが、ウィリウスの死を偽装した犯人かもしれない。


 だが、何故、そんな工作をする必要があったのか。生死を偽るなんて、唯事ただごとではない。


 ウィリウスは元老院議員の子息だ。あと数年もすれば、選挙に出て、元老院に議席を持つ身分になるだろう。そんな輝かしい未来を捨てるような行動を取るなんて、俺には、理由が全く想像つかない。


 そもそも、ウィリウスが生きているというのも、俺とアマリアの推測に過ぎない。ニメリウスを問い詰めて、せめて、ウィリウスが生きていると確信したい。


 隣を歩くアマリアは、いつになく、気負った表情をしている。今日は、ニメリウスから満足できる情報を得られるまで、決して辞去しないつもりだろう。


 官邸の前まで来た俺とアマリアは、最初の打ち合わせ通りラウロと別れ、二人で官邸へ入った。ウィリウスの顔を知っているのか、通りすがりの役人が俺の顔を見て表情を固くする。すかさず、アマリアが役人を呼び止め、総督への取り次ぎを頼んだ。


 アマリアの美貌に気を奪われて、緊張の表情を浮かべながら、役人は申し訳なさそうにかぶりを振った。

「総督に御用ということですが、総督は、視察に出ておられます」


「どこへ出かけたの?」

 アマリアが眉を怒らせて、高慢に尋ねる。身分が高そうな令嬢の気分を害したのかと不安になったらしい役人は、慌てて答えた。


「第七ゲミナ軍団が駐屯しているレギオー(後のレオン)の軍団基地です」

「レギオーの軍団基地へ、ですって?」

 アマリアが訝しげに眉を寄せる。


 皇帝属州であるタラコネンシス属州には、ローマ軍が一個軍団、駐屯している。ローマが三次に亘るポエニ戦争でカルタゴを制し、ヒスパニアを支配した当初は、三個軍団が駐屯していたが、原住民がローマ化し、反乱の危険性が減った百年以上前からは、一個軍団に減らされている。


 第七ゲミナ軍団の駐屯基地は、沿岸部のタラコからは、かなり離れた内陸部の町、レギオーである。「レギオー」とは、「軍団」を意味する言葉だが、町の名が表す通り、レギオーの町は、ローマ軍団によって建設された町だ。レギオーだけに限らず、ローマ帝国の各地には、軍団兵が退役後の余生を暮すために、建設し、入植した町が数多くある。


「視察は急に決定したのかしら?」

 アマリアが、役人に尋ねる。

 軍団には将校として、軍団長レガトゥス大隊長トリブヌスやがいるが、軍団の総指揮権を持つ人物は、属州総督だ。ニメリウスが軍団基地に視察に行く事態は、何ら、おかしくはない。だが、時期が気に懸かった。アマリアも、俺と同じ疑いを抱いたらしい。


「いいえ。視察の予定は、もう二週間以上も前に、決まっていましたが」

 役人はゆっくりと、かぶりを振った。

 俺は、アマリアの追及をかわすために、ニメリウスがタラコから逃げ出したのではないかと疑ったのだが、どうやら考え過ぎだったらしい。


「総督はいつ、タラコへ戻ってこられるのかしら?」

 アマリアの強い口調は、返答次第では、レギオーの軍団基地まで、ニメリウスを追いかけて乗り込みそうだ。役人は、アマリアの怒りから逃げるように、視線を落とした。

「何日で戻ってこられるか、詳しい日付はなんとも……。タラコとレギオーの往復もありますし、二週間以上は掛かるかと思いますが」

「そう。いらっしゃらないのなら、仕方がないわね」

 言葉とは裏腹に、アマリアの端整な顔には、ありありと不満が渦巻いている。


「ところで、財務官の執務室は、どこかしら?」

 気を取り直すように、一度、息を吐いて、アマリアは再び役人に尋ねた。

「財務官のスウェニウス様は、休暇を取ってらっしゃいますが……」


「知っているわ! いいから、執務室の場所を、さっさと言いなさい!」

 役人の言葉を遮って、アマリアが声を高くする。見えない鞭に打たれたように、身体を強張らせ、役人は、スウェニウスの執務室の場所を告げた。

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