ビタービター-クラッシュ

 物見遊山。野次馬。興味本位。とにかく意味も分からずとりあえず集まった生徒が一杯だった。

 あんな意味不明な放送につられるなんて。どうかしている。

「あら!? なんで椿つばきが?」

 やっと比奈ひなたちがやって来た。比奈はわたしを見て素っ頓狂な声を上げる。そして自分が掴んでいた放送部員を振り返り、「あら!?」とさらに驚いた声を上げる。

 お嬢、まだ気づいてなかったんですか。

 腕を掴まれていた男子も、どうもまんざらでもなさそうな顔だったので、もうそこは放っておく。

「比奈! こんなことして、どうするつもり!」

 比奈がぽいっと放送委員の手を離す。男子は、ちょっと残念そうな顔をした。

「もちろん、仲間を集めて大魔王を倒すに決まっているでしょう。なんだかたくさん集まってくれてるし」

 手を握りしめられたままの彩乃あやのさんが泣き出しそうな目で助けを求めてくる。

 こうなったら力づくでもやめさせて、どこか安全なところへ引きずっていくしかないのか。

 そう腹を括ったときだった。

「あれ、風巻じゃん。なにしてんだ?」

 よく知った声に名前を呼ばれ、驚いて振り返る。ジャージ姿の男子、 相沢あいざわ 孝平こうへい だ。

 相沢とは去年クラスが同じで、一緒に美化委員をした仲のいい男子だ。今年はクラスが違ったけれど、廊下で顔を合わせれば気安く声を掛け合う。

 そして、わたし、風巻椿の気になっている男子である。

 もちろん相沢のほうからすれば、わたしはちょっと仲のいい女子にしか過ぎず、たとえ「気になる」が「好き」になったところで片思いなのは百も承知というか、なんで今このタイミングで鉢合はちあうかな!

 恐怖の大魔王とか暴走するお嬢とか泣き出す彩乃さんとかでいっぱいいっぱいだ。気になる男子とか登場枠用意してない。

「あ、や、相沢こそ、なんで、ここに?」

 柄にもなくうろたえてしまう。相沢がにこりと笑った。イケメンとかではないけど、笑うと柴犬みたいな人なつっこい顔でかっこいいんだよな。とかときめくな、わたし!

「やーなんか部室にいたら、裏庭で面白いことあるっていうから」

 ああ、部室棟。裏庭のすぐ側だから、だからこんなに早く人が集まったのか。相沢は陸上部だ。ちなみに走ってるところもかっこいい、とか どうでもいい。

 そこでずいっと比奈が出てきて相沢の前に仁王立ちする。有名人の登場に相沢が目を丸くする。

「大海崎比奈! え、あれ? ってことは、え? さっきの放送って」

「そんなことより! 椿にご用みたいですけど、いったいどちら様?」

 いったいなにを言い出すつもりだ!?

「え、俺? 相沢孝平、だけど。風巻とは去年クラスが一緒で、友達……なんだけど」

 相沢が気圧けおされてしどろもどろ答える。比奈は相沢を不躾ぶしつけにじろじろ眺める。次にこっちをじろじろ見てくる。

 そして にんまり笑った。ああ、なんだこれ。

「そうなの! わたしも椿の大親友の大海崎比奈よ。よろしく!」

 ガっと相沢の手を掴んで激しく握手する。

「え、ああ、うん、よろしく」

 比奈は笑顔でそのまま手を離さなかった。

「相沢君、よろしくついでに一緒に世界を救いましょう!」

 ……もう 今すぐ恐怖の大魔王降ってこないかな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る