スタジオ-ハイジャッカー

 晴れ、一時恐怖の大魔王。

 思わず見上げた頭の上には、晴れ渡った青空が広がっている。今のところ大魔王、なし。

「ふっふーん! ほら、大変でしょ!」

 なぜ比奈ひながどや顔をしているのだろう。

「……ええと、彩乃あやのさん? その、降ってくる恐怖の大魔王って、なんなのかな? なにかの比喩、とか?」

 彩乃さんがふるふると首を横に振る。

「ごめんなさい……これ以上のことは、分かんないです……」

 彼女は今にも泣きそうだ。

「比喩なわけないでしょ! 彩乃ちゃんのは天気予報よ、天気予報。的確な表現と確率計算なのよ。恐怖の大魔王が降ってくるっていうんだから、恐怖の大魔王が降ってくるに決まってるでしょ!」

 そんなファンタジーな存在、降ってたまるか。とは思うものの、比奈の言うことももっともである。

 今日の天気ならば的中率100パーセントの異能ストーン持ち、茅場彩乃が予報した以上、恐怖の大魔王は降ってくる、のだろう。

 恐怖の大魔王。さっぱり意味が分からないけれど、降ってきたらヤバい可能性が高い。警察か、それとも軍隊か。そもそも信じてもらえるものか。……大海崎のご当主様のコネなら、機動隊ぐらい動かしてくれそうだけれども。

「ともかく、まずは誰か先生に――」

「ダメっ! 大魔王はわたしたちでぶっ倒すの。世界を救うのよ!」

 キラッキラの笑顔でお嬢様は言い切りやがった。

「……勘弁してよ……そもそもどうやって? 言っておくけど、浄化でなんとかなる問題じゃないからね」

「あら、そんなの、やってみなくちゃ分からなくってよ」

 ゲームのゾンビじゃあるまいし。

 そもそも浄化の本質は清潔にすること。併せて現在の比奈の実力を鑑みれば、浄化したところで魔王の毛穴の黒ずみがとれて綺麗さっぱりするのがオチだ。

 比奈になにかあったら、大海崎家の皆様に合わせる顔がなくなる。

「失敗する可能性が高い以上、比奈を危険な目に遭わせるわけにはいきません!」

 叱ると比奈は不満げにむうとふくれた。金髪がキラキラと陽光をはじいている。

「まぁ確かに。世界を救うには、ちょっと攻撃力が不足してるかもしれないわね」

 お嬢、そういう問題じゃないです。ちょっと黙っててください。

 腕を抱いた彩乃さんが震える声できりだす。

「わたしも椿さんが言うとおり、先生に言った方がいいと――」

「うん、そうよね! それならいい考えがあるわ!」

 比奈の顔にまた自信がみなぎる。あ、なんかイヤな予感。

 彩乃さんとわたしの手を掴み、比奈が突然走り出す。

「え? ええ? ちょ、比奈さん?」

「…………一体ぜんたいなにを思いついた…………?」

 引きずられて混乱するわたしたちをよそに、比奈は階段を駆け下りる。向かっているのはどうやら2階、職員室の方だ。お? 職員室?

 などとちょっと期待したのも束の間、比奈が扉をぶち開けたのは、手前の放送室だった。中では折しも放送委員が昼のリクエスト曲をかけている。闖入者ちんにゅうしゃ三人に驚きの顔を向けた。

「ちょっと拝借するわよ」

 問答無用で比奈が放送部員を押しのける。躊躇なく全校直通のスピーカーをオンにした。

「こちら、二年の大海崎比奈よ! 聞いて! 地球の危機よ!」

 ごめんなさい、父さん、ご当主様。もう止める間もなかったです。

「よって、世界を救うヒーローになりたい人は、今すぐ裏庭に集合しなさい!」

 だから。攻撃力の問題じゃないんだってば。


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