水森飛鳥と各ルートⅡ(東間未夜ルートⅢ・試着と通りすがったのは)


 何でこうなったとか、自分であおった部分もあるために、この際、聞かないとして、だ。


 ――これは新手の拷問か?


 そう思わずにはいられないほどに、副会長の着せ替え人形にされている現状ことから目を逸らすべく、とりあえず渡された服を着る。

 それにしても、と選ばれた服を見ていて思う。


 ――よくもまあ、この短時間で私が好きそうな服が分かるなぁ。


 性格はともかく、今日初めて見たであろう私の私服から、よくもまあ、ここまで私が好きそうな服や組み合わせを選べるものである。

 いや、偶然なんだろうけど。


「どうですか?」

「ああいえ……とりあえず、着替え終わりましたけど」


 最初の試着よりも抵抗力が無くなったので、あっさり見せてみるが、相変わらず困ったような笑みを向けてくる。


「これで少しでも笑ってくれたら、良いんですがね」

「無愛想で悪かったですねぇ、お兄様・・・


 嫌みっぽく返せば、無言で次の服を渡された。渡されたんだけど……


兄さん・・・。さすがにもう、これ以上は時間的に着るのは無理です」

「……おや、もうそんな時間ですか?」


 時間を確認してみれば、今着ている服で打ち止めである。


「買わないんですか?」


 さくっと元の服を着て、店を出ようとすれば、そう聞かれる。


「今は持ち合わせがないので、後日買いに来ますよ。組み合わせも覚えましたし」


 これでも記憶力には自信があるので、何パターンかは覚えた。


「僕が買いますが?」

「何を言ってるんです? 彼女でもない私に、貴方が要らぬ出費をする必要はないでしょ」

「可愛い妹に、兄からのささやかなプレゼントですよ?」

「……いりません」


 いくら今日は兄妹設定でいるからと、ここぞとばかりに持ち出さないでほしい。


「とにかく、自分で買うので、出してもらう必要はありません」


 そういうのは、桜峰さくらみねさんにしてやればいい。

 そのまま店を出て、一人歩いていく。


「……」

「……ん、……さん」

「……」

「……水森みずもりさん!」

「――ッツ!?」


 いきなり腕を引かれたので、驚いて振り向けば、少し驚いたような、焦ったような副会長がいた。

 ただ、私が痛いと思わないように掴んでいる辺り、さすがというべきか。


「一人で勝手に行かないでください」

「……ああ、すみません」


 完全に忘れていたわけではないが、頭から抜け落ちていたのは事実だ。


「少し疲れましたか? 気が付かずにすみません」

「いえ……こっちこそ気を使わせたみたいで。ただ、そういう気遣いも咲希さきの時にも回してくださるとありがたいんですが」

「そうですね。でも、練習は本番と同じようにやらなければ意味がありません。貴女が、自分で練習にすればいいと言ったのではありませんか」

「そうでしたっけ?」


 『下見』とは言った覚えはあるが、『練習』と言った覚えはないのだが……ああ、そうか。先輩の中じゃ、『練習』になっているのか。

 それにしても、本人を前に堂々と『練習』と口にするのか。この先輩ひとは。


「まあ、楽しくなかったと言えば嘘になりますし、あまり経験できなかったことも出来たので、声を掛けてくれた先輩・・には感謝していますよ」


 これは、まぎれもない本心だ。


「なら、良かったです」


 彼も笑みを浮かべたことで、にこにこと互いに笑みを向け合う。


「そろそろ、これぐらいにしておきましょうか。貴女と笑みを向けあっていると、互いの腹黒さを表に出しながら、嫌みの応酬をしている気分です」

「あ、こういうときは意見が合いますね。私も先輩と五分以上笑顔で一緒にいると、嫌みの応酬をしている気分になります」

「へぇ……」


 あ、このパターンはいかん。

 せっかく良い雰囲気で終われそうだったのに、このままだと嫌な気分で終わることになりそうだ。


「今日は、ありがとうございました。本番も頑張ってください」

「貴女はいちいち一言多いですよね」

「そっくりそのまま、お返ししますよ。わざわざ下見に付き合った後輩からのねぎらいに文句言わないでください」

「労い、ですか」


 何がおかしかったのか、副会長は肩を竦める。


「やっぱり貴女は、恋人とかにするよりは姉や妹とかの方が向いてるみたいですねぇ」

「……先輩。心の中、読みましょうか」


 なるべく聞かないようにしていたのに、これは聞いてみろとでも言っているのか。


「失礼ですね。あくまで僕にとっては・・・・・・、であって、他の人にしてみれば、違うかもしれないというのに」


 ちらりと目を横にずらしたので、「ああ」と内心納得する。

 少し意識を外していたが、どうやら最後までついてくるつもりらしい。


「どこで解散します? あの三人・・・・も帰り道が分かっている場所の方が良いですよね?」

「三人? 二人ではなく?」

「三人ですよ。呼び出されたのか、どこかで合流したのか、偶然居合わせたのかは分かりませんが」

「そうですか……けどまあ、帰る方向が同じなら、いっそのこと、こちらが気付いているという種明かしでもしましょうか」


 二人して目を向ければ、そこには人混みしかないものの、慌てて頭を引っ込めたような影は確認できた。


「じゃあ、携帯でやってみましょうか。反応が確認しにくいのが難点ですが」

「じゃあ、私は残りの一人に掛けてみますので、先輩は二人のうちのどちらかに掛けてみてもらえませんか――?」


 きっと、最後まで普通の会話にならなかったのは気のせいではないと思う。

 だって、私が見間違うことなんてありえないから。


「どうかしましたか?」


 私が勢いよく振り返ったことで、副会長が怪訝な顔をする。

 けれど、今の私にそんな余裕はなくて。

 だってまだ、すれ違ったその『姿』は、視界に入ってるから――故に、まだ追い付ける。


「……」


 すぐさまその場を離れ、早歩きで追い掛ける。


 ――何で。

 ――どうして、ここにいるの。

 ――だって、ここは別の世界のはずなのに。


 どくんどくん、と心臓が嫌な音を立てる。

 本人ではないと認めたくなくて、登録してあった番号を選び、通話ボタンを押す。

 けれど、この行為は諸刃の剣だ。

 もし本人だったら、私もこちらにいる理由を説明しなくてはならなくなるけど、でも、私の方はどうにでもなる。


 そして、目の前の人物が私からの通話に出なければ、本当に私の見間違いで済ませられるけど、もし出れば――


「もしもし?」

「……」


 ……ああもう、何で出るかなぁ。


飛鳥あすか?」


 そう、私の名前を呼ぶ、それが決定打だった。

 その声は、もうずっと聞き慣れた声だけど、今は一番聞きたくなかった。


「もしかして……何かあった?」

「何か無ければ、連絡したら駄目な訳?」

「いや、駄目じゃないんだけどさ。一体、どうした?」


 何も無いかのような、普段通りの声だ。

 きっと今までもこんな感じだったんだろうなぁ。


「何も無いんだけどさ。ちょっと見掛けたから、電話してみた」


 そして、向こうは私が『この世界』に居るとは思っていない。

 だから、この『ちょっと見掛けたから』という言葉に反応せずにはいられなかったのだ。


「……は? というか、今どこ?」

「後ろ、見てみれば分かるよ」

「後ろ?」


 聞きながら、立ち止まって振り返り、次第に驚きに染まる顔が、私がよく知る『人物』本人であることを物語っている。


「な、んで……」


 まさか、居るはずがないと、心のどこかで思い込んでいた。

 これ以上、誰かを巻き込みたくなくて、こちら側の事情を知るのは夏樹なつき神崎かんざき先輩(たち)のみのはずなのに。


 きっと向こうも、私が今この場に居ることが有り得ないとでも、思っているのだろう。

 そうでなければ、あんな困惑した声は出ないはずだから。


 ねぇ、何でこの世界に居るの?































 ――風弥かざや


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