東間未夜と約束の遂行(“親友”の彼女と)


 『彼女』と会ったのは、本当に偶然でした。

 知り合ったばかりの少女から『親友』と紹介された『彼女』は、制服も何もかも校則通りで、思わず『地味』だと評してしまいましたが、もし『彼女』について説明するのなら、『普通』という言葉が、一番当てはまるのではないのでしょうか。


 それから、知り合った少女――咲希さきを通じて、彼女とは時々話すようになるのですが……。


「もしかして、恋人ですか?」

「違います」


 誰がこんな状況を予想できただろうか。

 後夜祭の件でのお礼と称し、彼女と出掛けたのはいいのだが、(咲希とのデートの下見と言う目的の元、)たまたま立ち寄った店の店員の言葉に、彼女――水森みずもり飛鳥あすかは否定した。


 ――冗談じゃない。


 彼女の表情が、そう語っていた。

 まあ、咲希のことを思うなら、彼女の否定はありがたいんですがね。


「では、ご兄妹ですか?」

「……はい。そう見えるなら、そうなんじゃないでしょうか」


 店員の追及に面倒くさくなったのだろう、彼女はあやふやに返す。


「……」


 店員は、といえば、困ったような表情を浮かべながら、こちらに目を向けてくる。

 申し訳ありません、面倒な後輩で。


「……一度、出ましょう。まだ、予定は山積みなので」


 溜め息混じりに彼女が告げてくる。

 この後の予定なんて無いので、この店を出るための口実なのでしょう。


「そうですね。では、行きましょうか」

「え。あ、またのご来店、お待ちしております」


 店員が慌てて頭を下げてきますが、おそらくもう来ることはないのでしょう。


「……先輩」


 店を出て少ししてから、彼女に呼ばれたので、そちらを見る。


「あの店と同じことがあっては面倒です。なので、兄妹で通そうと思うんですが」

「いいんじゃないですか? ちょうど一歳違いですし」


 どことなく性格も似ているとは言わない。

 だが、彼女には意外だったらしい。


「……拒否されるかと思ったんですが」

「何故ですか。僕も面倒事は嫌ですし、何だったら今日一日ぐらいは彼氏役になっても良いと思っていたんですが」

「それは、却下します。兄妹の方がまだマシです」


 即答されました。


「そんなに嫌ですか?」

「彼氏より兄妹の方が説得力がありそうですし、第一、咲希にも悪いです」


 確かに、僕と彼女は黒髪同士なので、誤魔化そうと思えば誤魔化せると思えるんですが。

 ……にしても。


「咲希に悪い、ですか。以前から気になっていましたが、君は咲希と僕をくっつけたいように見えるんですが」

「安全圏と消去法から選んだまでです。その結果が、東間先輩・・・・だっただけで」

「なるほど。まあ、婚約者の居るかなめはともかく、郁斗いくとあきられんはどう判断したのか、ぜひ聞きたいところではありますが……」


 名前を聞いて、ぴくりと反応している辺り、どうやら機会チャンスは有るみたいですよ、郁斗。

 それにしても、意外と分かりやすいんでしょうか? この後輩は。


「今日一日、僕の隣は君の物ですから」

「……そういうのは、本命咲希に言ってください。冗談だと受け取られるとしても」

「そうですね。何で僕が君に惚れなかったのか、少し分かった気がします」


 あっさりスルーされましたが、分かったのも事実です。

 きっと、僕と彼女は鏡のようなものなんでしょう。


「少しではなく、全部分かってください」


 ほら、こういう所が特に。


「さて、兄妹云々の話に戻りますが、何て呼びましょうか?」

「役とはいえ、僕から見れば、君は妹ですから、当然名前呼びですよね」

「まあ、そうなんですが……とりあえず、先輩はどう呼ばれたいんですか?」


 そう言って、様々な言い回しを彼女はしてきました。

 定番というべきか『お兄ちゃん』から始まって、名前プラス様々な兄への呼び方を試され、しっくりくるものを選びます。


「やっぱり、貴女の性格とかを考えると、『兄さん』が妥当でしょうかね」

「『未夜兄みやにい』でも良いと思うんですがね」

「止めてください。何か嫌です」


 何と説明すればいいのか分からないが、とにかく嫌なものは嫌です。


「こういう時、上じゃない人が羨ましい」

「おや。弟妹きょうだいが居るんですか?」

「……弟が居るんです。それに、姉と弟という組み合わせなので、姉の呼ばれ方以外の呼び方がいまいち慣れないんです」


 確かに、呼び慣れていない、呼ばれなれていないとなると、なおさら難しいんでしょうね。


「少しばかり、練習しておきますか?」

「……そうだね。『兄さん』」

「早速ですか。不意打ちとはいえ、本当にそういうことが好きみたいですね。『飛鳥あすか』」


 そう言い合って、互いに無言になる。


「……何故、私たちが話すと、嫌味の応酬になるんでしょうか?」

「内容の問題では?」

「むー……」


 彼女が考え始めたので、少しばかり彼女を見てみます。

 制服での彼女しか知らなかったので、何とも言えませんが、私服も私服で似合っていると思います。


「綺麗なんですがねぇ……」


 青や黒系で固めているせいか、何というか、ただでさえ寒いのに、余計に冷たく見える。


「じゃあ、『兄さん』が、私に会うようなコーディネートしてみてよ」

「……はい?」


 思わず首を傾げれば、「口に出てました」と教えられ、彼女は再度同じことを口にした。


「コーディネートしてみてよ。『兄さん』」

「僕の美的感覚でのコーディネートになりますよ? 良いんですか?」

「その点については、大丈夫だと思いますよ。『先輩』を信じますから」


 『兄さん』から『先輩』に戻ってしまったが、本人は気づいてないらしい。


「信じてくれるのは嬉しいけど、『君』はもう少し疑いなさい」

「『先輩』の人間性を?」

「……その喧嘩、買いましょうか」


 首を傾げて尋ねてくる彼女に、イラッとしたのでそう返す。


「はは、すみません。冗談ですし、先輩が何かするとも思えませんから」

たちの悪い冗談だと責めるべきか、仮にも異性なのに意識されていないことを悲しむべきか、信頼されていることを喜ぶべきか……」


 内心、複雑です。


「二番目はともかく、最初と最後に関しては、文句を言ったりしても良いんでは? こっちはこっちで、何か言われる覚悟していたんですが」

「おや、そうだったんですか?」

「人間性を疑うにしても、先輩のことは学校でしか知りませんから、私には何も言えませんよ」


 先輩が私のことも知らないように、と彼女は付け加えた。

 それに、確かに、と思う。

 彼女に関しては、授業以外に学校で何をしているのかも、よくは知らない。

 知っているのは、『咲希の友人クラスメイト』ということぐらい。


「実際、この時までで理解したのは、似た者同士、っていうぐらいですし。咲希に関わることなら、先輩の方が私よりも詳しくなってるのでは?」

「どうでしょうね。休みに一緒に過ごしたのも、片手で数えられるぐらいですし」


 そう返せば、納得できなさそうな表情をされる。


「だったら、私よりも咲希との時間に使ってくださいよ」

「そうすると、君へのお礼が先延ばしになるけど?」

「構いません。というか、咲希とデートしてくれるだけでも、私にとっては十分じゅうぶんなお礼ですから」


 小さく微笑みながら告げると、そのまま、彼女は一歩先へと歩いていく。


「ちょっと待っ――」


 そんな彼女を追おうとした時だった。


「今のは……?」


 一瞬だけだが、彼女が透けて消えたように見えた。

 吹き抜けになっているショッピングモールに射し込む光のせいでそう見えたのかもしれない、とも思いましたが、そんな感じでもなく。

 そのことに本人は気づいてないのか、それとも、そんな感覚すら無かったのかは分からないけれど――


「飛鳥」

「はい?」

「僕は、今日という時間を無駄にするつもりはありませんからね?」

「はぁ、そうですか」


 呼べば振り返ったので、用件を言えば、何を言っているのだろうか? とでも言いたげに返される。

 そして、隣に並んで彼女の手を握れば、予想通りというべきか、ぎょっとして振り払おうとしてくる。


「ほら、行きますよ。君をコーディネートしないといけないんですから」

「ちょっ、その前に手を離してください! あと、手を繋ぐのは、咲希だけにしてください!」


 ギャーギャーと後ろから叫ばれてますが、無視して店に向かいます。


「先輩!」

「嫌ですし、離すつもりはありませんよ」


 振り向いてそう返せば、困ったような、何とも言えない表情を向けられた。


「……はぁ、そんなに嫌ですか?」

「嫌とかそうではなく、誰かに鉢合わせしたら面倒というか……」


 視線を逸らしながら、彼女がそう説明する。


「ここまで来ておきながら、今更何を言ってるんですか」

「ええ、ええ、それは分かってますよ。でも、手を握るのなら、咲希にしてあげてください。今の私のように一緒に出掛けて、手を握って上げてください」


 ――そうすればきっと、今まで見たことがない程の笑顔が見られると思いますよ。


 そう言われて、想像してしまったために、気付いたら繋いでいたはずの手が外れていた。


「貴女は僕に対して、咲希を出せばどうにかなると思ってません?」

「違うんですか?」


 ああ、本当に苛つかせてくる。

 そして、うっかり惚れてしまったせいで、彼女が利用されてしまうことに。


「先輩に一つ、良い情報を差し上げます」


 そう、溜め息混じりに告げられました。


「良い情報ですか?」

「まあ、受験と被りまくっていますから、本当に先輩に良い情報かは分かりませんが、来年の一月から二月に掛けて、咲希と自分たちの周囲を余裕のある範囲で気に掛けておいてください」

「何かあるんですか?」

「さあ、何でしょうね。あ、情報源は教えられませんよ」


 そのまま彼女が歩き出す。


「それを信じろと?」

「先輩が、無理に信じる必要はありませんよ。ただ、咲希に何かあったりしたら、許さないだけです」


 振り向いた彼女の目は、様々な感情が浮かんでいたのだが――そんな彼女の言い回しは、まるで何かあるような言い方ではないか。


「君は何者なんだ?」

「それは、先輩が一番よくご存知のはずですが」


 ああ、知っている。

 名前は水森飛鳥。音響操作の異能を持つ彼女は、咲希の友人であり、親友。

 そして何より――


「確かに、そうですね」


 僕と咲希をくっつけようとしている後輩。


「私をコーディネートしに行くんですよね? なら、さっさと行きますよ」


 先程まで乗り気じゃなかったくせに、どういうわけか早く来るように促してくる。


「もし」

「はい?」

「貴女が困っていたら、手を貸しますよ。咲希とのことを協力してくれるお礼として」

「……」


 どことなく意外そうな目を向けられた気がするが、そんなに意外ですかね?


「学園祭のお礼の次は、協力云々のお礼ですか。まあ、それも困るようなことが起これば、の話ですが」

「そうですね」


 彼女の性格上、言ってくることなど無いとは思うけれど、約束はしておいて損は無いでしょうし、咲希に強く責められることも無いでしょう。


「咲希は……」

「ん?」


 何やら呟かれたような気もしますが、何て言ったのかまでは分かりません。

 聞き取れた部分も、咲希の名前が出てたことしか分かりませんし。


「いえ、何でもないですよ」


 そのまま歩き出した彼女の後を追うように歩き出そうとして、ちらりと背後に目を向ける。

 ……どうやら、少しばかり面倒な後輩は彼女だけではないらしい。

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