水森飛鳥と御子柴夏樹は修学旅行の土産を渡しに行く


 修学旅行から帰ってきて、会長(と)の誘拐イベント後の休日。

 私は夏樹なつきとともに、とある場所に居た。


「ちょっと早く来すぎたかな?」

「遅れるよりは、マシだと思うが? げんにこうして五分前どころか、十分じゅっぷん前には待ち合わせ場所に到着してるわけだし」

「そりゃそうだけどさぁ……」


 何か反論できなくなって、何気なく空を見上げる。


 というのも、本日の目的は、修学旅行のお土産を雛宮ひなみや先輩たちに渡すことだ。別に忘れていたわけじゃなくて、渡す前に誘拐あんな騒動が起こったものだから、話を聞いた先輩たちが本来の約束した日から日にちをずらしてくれたのだ。

 夏樹は夏樹で、事故後以来ぶりに過保護っぷりが出ていたせいで、事情を知らないかなでちゃんたちに「御子柴みこしば君、どうしたの?」と聞かれ、返答するのに困ったりもしたし、こちらの様子を見に来たらしい鳴宮なるみや君と火花を散らしていたときは、いつも以上にウザかった上に、こちらも珍しく様子を見に来たらしい副会長には「何してるんですか、貴方たちは」と呆れられる始末。


「貴女はしっかり、手綱を握っておきなさい」


 と、副会長に言われてしまった程だ。

 夏樹はともかく、鳴宮君はそちらの管轄ではないんですかね?


「つか、こっちでこうして出掛けるのは初めてか」

「修学旅行以外だとね」


 けど、言われてみれば、そうだ。

 元の世界むこうならともかく、こっちだと基本的に出掛けたりしないからなぁ。


「……大丈夫か?」

「何が?」

「いや、この前あんなことがあったばっかだろ?」


 ……? ああ、そういうことか。


「別に大丈夫だけど……そっちこそ、大丈夫? 以前まえに頭痛いとか言ってたじゃん」

「ん? ああ……桜峰さくらみねが近くに居ないからか、頭痛は無い」

「なら、良いけど……」


 夏樹が大丈夫というなら、大丈夫なのだろう。


「そろそろ時間か」

「だねー」


 時間を確認し、軽く周囲を見回して、雛宮先輩たちを探してみる。


「いないな」

「だね。『遅れる』っていう連絡も無いし」

「絡まれたか?」

「あー……」


 この世界では、悪役とはいえ良いとこの『令嬢』と『隠しキャラ』である二人だ。来る途中で絡まれていても仕方ないと言えば仕方ないと思うのだが。


「どうする? 捜しに行ってみるか?」

「うーん、入れ違いになりたくもないけど……」


 攻略キャラ化しかけている夏樹を一人で残したり、捜しに行かせるのはなぁ。


「連絡してみる」


 本当、先輩たちと連絡先を交換しておいて良かった。


「もしもし、水森みずもりですが」

『ヘルプ』

「はい……?」


 隣で夏樹が「どうした?」と言いたげに、目を向けてくる。


『Help』

「いや、誰も発音の仕方なんて聞いてません。一体、どうしたんですか」

『もう少しだけ遅れそうだけど……どうする? 迎えに来る?』


 「迎えに来るかって。どうする?」と夏樹に聞いてみれば、「予想通りかよ」と言った後に、「行くか」と溜め息混じりに返された。


「分かりました。場所はどこですか?」


 そして、教えられた場所に向かえば――


「……」

「……」


 多分、冷めたような目で見た私たちは悪く無いはずだ。


飛鳥あすかちゃぁぁぁぁん!」

「……」


 半分涙目になった雛宮先輩に抱き締められた。

 てか、先輩。私のこと、そんな呼び方してましたっけ?


「……あの」


 魚住うおずみ先輩に助けと説明を求めてみたら、もう少しだけそのままで、と言われた。

 マジで何があったんですか。


   ☆★☆   


「……」

「……」


 ひく、と頬が引きつる。

 いや、確かに『令嬢』――つまり、『お嬢様』だとは聞いていたけどさ。

 もう何て言うか、本当に私たちの場違い感が凄い。


 ちなみに、現在地は雛宮未季みき先輩のご自宅である。


 確かに、家の位置ぐらいは知っておきたいとは言ったけども。

 第一印象なんて『何このお屋敷みたいな家は』だし。

 案内されてる間中、何か粗相そそうをしないようにと緊張しっぱなしだったし。


「と、とりあえず、お約束していたお土産です」

「うん、ありがとう。あと、お金は……」

「あ、お気になさらず」


 話を聞く前に、修学旅行のお土産を渡す。

 やっぱりというか、お金を払おうとしてきたので、拒否しておいた。

 いや、あって困るようなものじゃないけどさ。何て言うか……さ。ね?


「それで、さっきのは一体何だったんですか」

「ああ、あれか」


 魚住先輩があれはな、と口を開く。


「水森がこの前の――獅子堂ししどうの誘拐事件に巻き込まれたって聞いてな。雛宮はずっと心配してたんだよ」

「……」

「まあ、ちゃんと声を聞けた時点で、『無事で大丈夫』だっていうのは分かってたんだけどな。ちゃんと会って確認するまでは、って、ここんとこ不安そうにしてたんだよ」


 ――お前は、本当に無茶するんだから。心配する方の身にもなれってんだ。


 ふと、そう言われた時のことを思い出した。


「……そう、でしたか。先輩方にも、本当にご心配をお掛けしました」


 そう言いながら、軽く頭を下げる。

 本当、私は無茶してるつもりもないのに、いろんな人に心配されるな。


「ううん。無事で何よりだよ」


 ちゃんと隠さずに教えてくれたもんね、と雛宮先輩が微笑む。


「それと、もう一つ報告が」

「え、何。二人ともついに付き合うようになったとか?」

「茶化すな」

「違います」


 おっと、魚住先輩と突っ込みがかぶった。


「それで、報告って何だ?」

「俺が、攻略キャラ化しかけていることを報告しておこうかと」

「……! 一体、何があったの?」


 雛宮先輩から尋ねられ、私と夏樹は顔を見合わせる。


「詳しいことは分かりませんが、女神むこうが本格的にこっちの邪魔をしようとしてるのは間違いないと思います。自然現象を利用して、攻略キャラ化させた夏樹を参加させるだけでなく、攻略キャラの記憶の一部を書き換えも行ったみたいですし」

「というと?」

「いや、思いっきり書き換えられた、ってわけではないみたいですけどね。直前まで話していた話の内容を、一瞬のうちに忘れてましたから」


 何となく「ああ、なるほど」と言いたげな目を向けられたけど、盗ち……ではなく、盗み聞きは音響系異能持ちである私の専売特許だからね。


「つまり、不自然さを無くすために自然現象を利用して、攻略キャラの記憶をいじっただけじゃなく、御子柴君を攻略キャラ化させて自分たち側に引き込もうとした、と」

「纏めるとそうなりますね」


 四人で溜め息を吐く。


「つまり、端的たんてきに言えば、御子柴君は魚住君みたいになる可能性が出てきたってことよね」

「……た、確かにそうとも言えるが、俺たちの時と同じ手を使ってくると思うか? 実際、桜峰さくらみねじゃなくて、水森が獅子堂のイベントに巻き込まれたわけだし」

「私的にも桜峰さんと間違われたと思ってましたし、相手の中にも私と桜峰さんを間違えていたことを理解していた人もいましたので、おそらく、イベント発生条件――今回の場合は、『会長と二人で話す』というものでしょうが、それが達成された時に居合わせたのが原因ではないかと」


 まあ、他のメンバーに関しては、その条件が分からないが。


「むー……残りのメンバーで条件が必要そうなイベントって、何かあったかしら?」


 雛宮先輩が思案する。


「つか、御子柴の方もどうするのか、考えないと駄目だろ」

「そうよね。いくら参加初期時の立ち位置が魚住くんと御子柴君で違うとはいえ、無視は出来ないし」


 どうしようか、と先輩たちが顔を見合わせながら、唸る。

 まあ確かに、最初から隠し攻略キャラ扱いだった魚住先輩とは違い、夏樹にはそのような設定が無かったはずだし……あれ、無かったよね? 夏樹の立ち位置は私のサポート役みたいな感じだったはずだし。


「あ、夏樹のことに関してなら、桜峰さんから距離を取るだけで攻略キャラ化を防げそうなので、今の所は大丈夫かと」

「さらに付け加えるなら、飛鳥のそばが影響を一番軽減される」

「そうなの?」


 尋ねれば、「ああ」と頷かれる。


「加護のお陰なのかどうかは、分からないがな」


 そう言う夏樹に、先輩たちは顔を見合わせ、


「……あれ? もしかして、実は分かってない?」

「……かもな」

「自覚ないのはともかく……うん、無意識って怖い」


 そう話し合っていた。

 けどまあ、先輩たちの心配事が実現しないように頑張って、夏樹の攻略キャラ化を食い止めないと。


「そうだね。神崎かんざき先輩の加護があるうちに終わらせないと」


 手のひらを見つめ、握り締める。

 先輩たちのように話すことは出来ても、加護とて無限ではないのだから。


「何かあったら、またいらっしゃい。報連相ほうれんそう以外でも歓迎してあげるから」

「はい、ありがとうございます」


 やっぱり、味方が居るって良いなぁ。


「あ、あと、最後にもう一つだけ。会長が、私たちと先輩たちの関係を疑っています」

「そうなの?」

「しかも、たちが悪いことに、私たちへの不信感を抱かせるために、女神が何か吹き込んだみたいです」

「それは……」


 雛宮先輩が顔を顰める。


「っ、余計なことを……!」

「貴女たちが今までで一番厄介だから、そういう手に出たとも考えられるけど……」


 魚住先輩が舌打ちし、雛宮先輩が唸る。


「まあ、だからこそ、事情を聞かれた日が、誘拐当日だったわけですけど」

「そもそも、あの面々の中だと、鳴宮や鷹藤たかとう以上に接しないからな」

「そうなんだよね。副会長は回数は少なくとも桜峰さん関係で接してるし、鷺坂さぎさか君はこっちが近付かなくても、向こうから勝手に寄ってくるし」


 つまり、あのメンバーで一番接していないのは会長なのだ。


「隠し組は言わずもがな、ってところかしら?」

「遭遇したとしても、学園祭の時に菖蒲あやめ冴島さえじまペアと、修学旅行の時に鷲尾わしお日向ひゅうがペアぐらいと会ったぐらいですし」

「ある意味、凄いエンカウント率ね」

「仕方ありませんよ。攻略キャラと関わっているつ桜峰さんが一緒じゃないと、初遭遇イベントは発生しないみたいですし」


 菖蒲・冴島ペアは後輩庶務の、鷲尾・日向ペアは鳴宮・鷹藤ペアに関わる隠しキャラだから、残る隠しキャラは会長と副会長に関わる隠しキャラだと思うんだけど……


「正直、数が多すぎですよね。ここまでで九人ですよ、九人」

「確かに、それは多いけど……ねえ、まさかだとは思うんだけど、獅子堂君に関わる隠しキャラって、さ。魚住君とかじゃないよね?」

「は?」

「いや、新たな周回に入ったとはいえ、与えられた役割までがリセットされるとは限らないでしょ?」

「それは……」


 確かに、言われてみればそうだ。

 けど、もし、魚住先輩も入っていたら遭遇人数は二桁行くし、夏樹も夏樹でも攻略キャラ化しかけていることから、これでミスして次の周回に入ったら、その時から夏樹はもう『隠しキャラ』という役割が与えられた状態でスタートすることになるのかもしれない。


「けれど、リセットはされているのかもしれませんよ。今の周回で魚住先輩がまだ桜峰と会っていないのが、良い証拠ではないですか。しかも、通っている学校も別扱いなら尚更です」

「……そうだな。御子柴の言う通りだ」

「それでも、私と雛宮先輩に関してはキャラのリセットがされなさそうですけどね」

「お前なぁ……」


 せっかく、空気変えてやったのに、と言いたげな目を夏樹から向けられる。

 けれど、事実だ。雛宮先輩が『悪役令嬢』という役割から解放されたのなら、学園祭でのようなことが起きるはずは無いのだから。


「つか、メインの攻略キャラより隠しキャラの方が多いとか、どうなんですかね? メイン五人に対し、隠しキャラは六から八人居ることになるんですよ? この世界はある意味リアルなわけですが、これがゲームならバランスが悪く、バグが出ていてもおかしくはありませんよ」

「ああ、うん……まあ、そうね」

「バランスを考えるなら、隠しの方から誰かメインに回せって言うんだ。仮にもGMなら、その辺はきちんとしろってんだ」

「……」


 困惑そうな目を向ける三人に対し、出されていた小袋に入ったお菓子を食べる。美味しい。


「一体、どうしたの? あれ」

「あー、飛鳥は基本的に携帯ゲームやアプリ、オンラインとかの前に、恋愛系のゲームとかよりもRPG系を好むタイプですからね」

「それで、当てめてみたが故にあの愚痴か。もしかして水森って、チームリーダーとかパーティーリーダー系経験者か?」

「オンラインの方では、ですけどね。まあ、それとは関係なく、単に愚痴りたいだけなのかもしれませんが」


 何か暴露された上に、何か言いたげな目を向けられたし。


「……どんな理由であれ、時折話すなどして、ストレス発散しないと、潰れかねないからね」

「あれは……ストレス発散、なのか?」


 その点を疑問に思ったのはもっともですが、こっちにも聞かないでください。魚住先輩。


「飛鳥は、どんなにきつくてもつらいとか口にしないですからね。こっちが察するまで、動くのをめようとしないときもありますし」

「……」


 もう愚痴るのはめたんだけど、私を無視してこそこそ話し続けるお三方は、いつこっちに気づくんですかね?

 それにしても、出されたお菓子が美味しいなぁ。


「ねぇ、飛鳥ちゃん。お菓子それが気に入ったのなら、お店、教えようか?」

「あ、大丈夫です。絶対高い気がするので」


 元の世界にも同じものがあったとして、バイト(の給料)で一部家計をやりくりしている我が家にとって、高額なお菓子は手が出せない。


「そう?」

「ええまあ……それでは先輩方。そろそろ失礼させてもらいますね」

「長々と居座って、申し訳ありませんでした」


 私が帰るための挨拶をして立ち上がれば、察したのだろう夏樹もそう言いながらも立ち上がる。


「ああ、うん。気にしないで」

「気を付けて帰れよ」

「はい」

「ありがとうございます」


 そう挨拶をして、私たちは雛宮邸を出るのだが――……


「……まだ、大丈夫、か?」

「だね。それに、年末以降が本番だから、どうなることか」

「そういや、クリスマスと言えば、今回はどうする? 前回同様、一緒に過ごすか?」

「んー、まあ、追々で良いかな」

「了解」


 残った雛宮先輩と魚住先輩はそう話し合うのだった。

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