水森飛鳥と各ルートⅠ(獅子堂要ルートⅡ・“空間振動”)


 獅子堂ししどうかなめ

 桜咲さくらざき学園高等部の生徒会長にして、ヒロイン・桜峰さくらみね咲希さきの攻略対象の一人。

 婚約者であり、悪役令嬢である雛宮ひなみや未季みきとは、表向き良好な関係を築いてはいたが、咲希の出現とともに表向きの関係も悪化していく。

 最終的に未季とは婚約破棄し、自身の想いに気付いた咲希とともにハッピーエンドを迎える。

 正史では、『悪役令嬢・雛宮未季』は不在なため、その辺の齟齬に関しては不明。


   ☆★☆   


 話の続きをしようとは言ったが、正直に言って、こんな所・・・・でするような話ではない。


「私は何者なのか、でしたよね?」

「……ああ」


 本気でこんな所で話すつもりかと言いたげな会長に、笑みを浮かべる。


『電話でも言った通り、聞きたいことがある』


 待ち合わせることなく歩きながらの、そんな開口から始まった会長――獅子堂要の眼には、一切の嘘や冗談は許さないと言いたげな意志が宿っていた。


『お前は何者なんだ?』


 そんなことを何回問われたとしても、『水森飛鳥わたし』は『水森飛鳥わたし』だ。

 隠していることがあったとしても、それ以外に何がある。

 だから、私はそう答える。


「私は私。水森みずもり飛鳥あすかです。会長の後輩で、咲希のクラスメイトにして友人・・の一人。それだけです」

「……その返答だけで、俺が求めている答え全てだと言うのか?」

「求めていた答えが足りなかったり、違ったりするのなら仕方ありませんが、身体的特徴とかだけはご勘弁願いたいです」


 スリーサイズとか、冗談じゃない。


「それなら、質問を変えて、単刀直入に聞こう。お前と御子柴みこしば、俺の婚約者である雛宮未季とその男、魚住うおずみあらたとはどういう関係だ?」

「夏樹は幼馴染ですが、他の二人については知りませんよ。というか先輩は婚約者が居るのに、咲希に手を出してるんですか?」

「話を逸らすな。あと、誤魔化そうとしたって無駄だからな」


 無駄と来たか。

 だが、私の方もあの二人の性格と同郷者であること以外は知らないのも、また事実。


「どうやったら、他校生である会長の婚約者さんたちと、私たちが知り合えるというんですか?」

「俺は一言も『雛宮が他校生』だとは言ってないんだが?」

「文化祭の時、中庭で派手に喧嘩していたじゃないですか。それに、我が校に彼女たちが居た場合、先輩の婚約者である以上は注目され、何らかの噂があるに決まってます。それが無いということは、他校生である可能性の方が高いということです」

「……なるほどな」


 納得してもらえたようで何よりだ。


「――金の残像」

「……何ですか?」

「今、反応したな?」

「……」


 舌打ちも何も返さない。

 確かにすぐに反応はしたけど、「何か言いました?」と言いたげな雰囲気で返したはずなのに、会長の視線は先程と何一つ変わらない。


「いや、『反応したな』って、先輩が何か言ったかと思ったから、聞き返しただけなんですけど」

「なら、『神』と『女神』」

「はい?」

「そして、『乙女ゲーム』。――なぁ、水森。この世界・・・・は、お前らにはどう見えてるんだ?」


 その問いで理解した。

 この世界の秘密という点は避けて、私たちについて、何かしらの情報を会長に吹き込みやがったな、クソ女神。

 (まあ、当たり前だが)自分たちに不利になる情報は提示せず、私からこちら側の情報を引き出すつもりか。


「どうもこうも、そもそも先輩から、『乙女ゲーム』なんていう単語が出てくること事態が予想外なんですが……」


 それにしても、私たちを拘束していたのが手錠じゃなくて、縄で良かった。

 おかげで、あっさりと縄をほどくことが出来たわけだけど、少しばかり跡も出来ちゃったなぁ。


「お前……」

「とりあえず、助けも近くまで来ているみたいですし、ここから脱出しましょうか」


 異能で(音のみだけど)確認してみたら、そういう・・・・能力者が居るみたいで、多分、到着するまであと数分といったところだろうか。

 私自身の足と会長を縛っていた縄全てを解けば、自由になれたというのに、会長は不服そうな顔をしている。


「さて、先輩は戦えたりしますか?」

「護身術なら、それなりに使えるが……無茶言うなよ。他人を傷つけるような技とかは持ってないんだからな」


 うわぁ、使えない。


「チッ。じゃあ、私が頑張るしかないか」

「……お前、今舌打ちしたな?」

「何のことでしょう? あ、ご自身の耳は塞いでおいてください」


 実は私たちが居るのは、どこかの建物の部屋のようなところ(牢屋や倉庫とかではない)なのだが、外に気配が無いことから、遠慮なく扉を蹴り飛ばす。だって、定番みたいに鍵が掛かってたし。

 会長が疑いながらも耳を塞いだのを確認しつつ、私はリボンごと纏めて首元を緩め、息を吸う。


 戦闘用異能ではないけれど、“音響操作チューニング”の対人戦闘用能力スキル――“空間振動”。


「――ッツ!!」


 私の声にならない声を、聞かせたい相手に向かって響かせる。

 メリットは二つ。一つは術者に何の影響も無いこと。二つ目は、相手を確実に気絶させられること。

 特に、如何いかにも響きやすそうな造りをしていることから、廊下などのかどにぶつかる度に反響して、誘拐犯たちを戦闘不能に追い込めれば――相手が“防御系異能”を持ってない限り、こちらに勝機はある。


「けほっ……」

「お前……」

「私のことは良いですから、早くここを出ますよ」


 私のことを怪しんでいる会長の前で、もっと怪しまれるような行動は取りたくないけど、仕方がない。命優先、だ。


「馬鹿か。血を吐いた奴に無理をさせられるか」

「……」


 優しいなぁ。だから、生徒会長に選ばれたのか。

 ――まあ、そんなことは、今はどうでも良い。

 さっさと部屋を出て、出口を探さないと。携帯とか取り戻したいけど、私も先輩も戦えないし。


「……見事に倒れてるな」


 部屋を出て、廊下を進む度に、“空間振動”の影響で倒れただろう誘拐犯たちが倒れている。

 下手に離れないように手を繋いでいるわけだが、先輩も犯人たちに見つかるのを恐れてか、私に不用意に話しかけてこない。

 ただ、分かったこともあって、私たちが居たのは二階だったらしく、脱出の難易度が上がったことだけは理解した――が、少し気になったので、先を行く先輩の手を軽く引く。


「どうした?」

『せんぱい、かいだん』

「は?」


 “空間振動”のデメリットで声出せないから、口パクで伝えるしかないのだが……伝えてみた結果、不思議そうにされてしまった故に、分かりやすく近くの窓から、すぐ下を見させる。


「……ああ、今いる場所が二階だから、降りるための階段を探せってことか」


 無言で頷けば、じっと見られる。


「声、出ないのか」


 『出ない』というより『出せない』方なのだが、困ったような顔をして頷けば、溜め息を吐かれた。

 まあ、説明しなかった私も悪いけど、ここまで声が出なくなるのは予想外だったのだ。


「まあ、良い。行くぞ」


 そんな調子で先輩に手を引かれつつ、建物内を移動したのは良いが、突き当たりの窓が見えてきた所で、新たな問題が発生した。


「変な音がしたから、様子を見に来てみれば……」

「“武器持ち”か」


 うん? 剣を持っているのを見れば分かるんだけど……“武器持ち”?


「……」


 あの剣を奪えれば、状況的に何とかなりそうな気もするけど、実状は『あっちに武器あり、こっちは丸腰』だもんなぁ。

 しかも、“空間振動”のデメリットで、まだ声は出せないから、異能も使えないし……うん。私、足手まといだな。


「お前が何考えてるのかは分からんが、今は逃げることに意識向けてろ」


 そう言いつつ、先輩は視線をこちらに向けずに、手だけは強く握ってくる。

 ……これは、先輩なりに大丈夫だって、言ってくれているのかな?


「こうして見つかっておきながら、まだ逃げられる気でいるとは……」


 ありゃ、抜刀ならぬ抜剣されちゃった。


「大人しく戻った方が身の為だぞ」


 それを聞いて、先輩と視線を交わす。

 さぁて、この状況どうしようか。

 ああ、そうだな――ねぇ、神様と女神様。私たちが死んだりしたら、お二人の目的は達成できないんだから、ちゃんと護ってくださいよ?

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