ルートβ(分史ルート)

水森飛鳥と各ルートⅠ(獅子堂要ルートⅠ・間違えられた誘拐)


 “盗聴”もとい“音響操作チューニング”していたから、最初から知ってたし、覚悟もしていたことだが……ねぇ、女神様。会長関連のイベントを起こす人間あいて、間違ってますよ。


   ☆★☆   


 あの強風は、やっぱり女神の仕業だったらしい。


「頭いてぇ。少しでも気を抜くと、桜峰さくらみねの方に足が向きそうになる」


 顔を歪めながら、夏樹なつきは頭を押さえている。


「クソッ」


 忌々しい、と言いたげに、夏樹が吐き捨てる。


「夏樹が桜峰さんに甘い言葉を吐くようになったら、幼馴染である私は『ライバル』になるのかな?」

「冗談でも、そんなことを言うな」


 まあ、と夏樹は付け加えるかのように言う。


「お前を桜峰の『ライバル』になんかさせねーよ。なったとしても、お前が変わらない限りは大丈夫だ」

「……それ、信じるからね」


 私も、夏樹と対峙するようなことにはなりたくないが、女神が本格的に私たちを排除または取り込もうとしていることは分かる。


「それで、雛宮ひなみや先輩たちにいつ修学旅行の土産を渡すんだ?」

「次の休み。私と雛宮先輩で待ち合わせしたから、私が夏樹を、雛宮先輩が魚住うおずみ先輩を待ち合わせ場所まで連れて行くことになったんだよ。ほら、私たちって先輩たちの家、知らないからさ、お土産渡すついでに案内してくれるとも言ってたし」

「そっか。なら、用意しないといけないな。――まあ? お前が俺の都合を考えずに約束を取り付けたらしいからな」

「う……申し訳ない」


 約束してから、夏樹に確認してないことに気付いたんだよなぁ。

 もしかしたら、雛宮先輩も魚住先輩に確認していないのかもしれないが、まあ仕方ない。魚住先輩が当日いなかったら、雛宮先輩から渡しておいてもらおう。


「まあ、どうしても気になるなら、次からはちゃんと注意してくれれば良い。お前のことだから、もうミスらんとは思うが」

「うわー、そんなに信頼されるとミスれないじゃん」


 そんな軽口を叩きつつ、今回は桜峰さんに“盗聴チューニング”を向けてみる。


『……希、……スマスの……、まだ…………、一緒に……』


 何か、上手く聞き取れないなぁ。

 誰が話してるか分からないとか、ヤバくないか? あ、いや、盗聴の方がもっとヤバいんですけどね。


「……」

『……れば、一緒に……けて……と』

「うん?」

「どうした?」


 私が首を傾げたからか、夏樹が聞いてくる。


「何か、さっきから雑音が多くて……」


 あの強風後だから、違和感があるのかな? 何だか、違う声が混ざっていたような気もするけど。

 ただ……ただ、何か気になるんだよなぁ。聞き覚えがあるような気がするし。


『クリスマスが…………、冬休み中の……に……ないか?』

『分かり……た。予定、空けておきます』

「……」


 話していたのは会長なんだろうけど、その後のことなんて、簡単に予想できる。

 女神による影響が出始めたであろう生徒会役員たちが、桜峰さんへ順番に声を掛けに行くのだろう。


水森みずもりさん!」

飛鳥あすか先輩!」

「……」


 それなのに、この二人は何しに来たんだ。


「何かな? 咲希さきなら会長と一緒に居るみたいだけど」


 そう言えば、二人はぴくりと反応しながらも、苦笑を浮かべる。


「いや、そうじゃなくてさ」

「今日は咲希先輩関係じゃなくて、飛鳥先輩に後夜祭のお礼をしてなかったから、要望を聞きに来ましたー」


 何だ、そっちか。


「特に無いよ。言葉だけで良いし、君たちに一任する」


 彼らが何かしたいというのなら、させれば良い。私には、特に「こうしてほしい」という望みは無いのだから。


「えー、デートでもしてあげられるのにー?」

「冗談でも言わないで。最悪、私が女子たちに殺されるから」


 女子の嫉妬ほど恐ろしいものは無いのだから、未然に防げるなら防いでおきたい。


「つか、飛鳥が断ることぐらい、予想できただろうが」


 隣に居る夏樹が、そう口を挟む。


「……本当、見る度に一緒に居るよね」

「幼馴染だからな」

「その口実、いつまで続けられるんだろうね」


 人を間に挟んで、自分たちは勝手に火花を散らさないでほしい。


「飛鳥先輩も大変だね~」

「そう思うなら、めてくれない? 君のとこの先輩でしょ」

「えー……俺、他人ひとの恋路を邪魔して、馬に蹴られて死にたくないしー」

「そこには同意だね。私も、馬には蹴られたくないし、死にたくもない」


 だから、「わー、俺たち仲良しー」って言いながら、抱きついてくるのはめてほしい。

 お前、さっき馬に蹴られて死にたくないとか言ってなかったか?


鷺坂さぎさかぁ~?」

「お前、何ちゃっかり引っ付いてるわけ?」


 夏樹と鳴宮なるみや君が、私と鷺坂君をべりっと引き剥がしに来る。


「……三人とも、用があったのは分かったけど、もう時間。そろそろ移動を始めないと、次の授業に遅刻するよ」

「え!?」

「もう、か?」

「えー……」


 文句を言う三人を無視して、私は溜め息混じりに一人で屋上を出て行く。


「もう肌寒くなってきたし、屋上に行くのは控えた方が良さそうだなぁ」


 さすがに風邪は引きたくはないし。





 ――と、思っていたのがマシに思えてくるぐらいに、学校からの帰り道で、誰がこんな目・・・・に遭うと思うのか。

 いや、目的としては私ではなく、私の隣に居る――獅子堂ししどうかなめ会長なんだろうが。


「悪い。まさか、ああやって話してるだけで、咲希とお前を間違えるとは思わなかった」

「そうですね。私も咲希と間違えられるとは思いませんでしたよ」


 見た目や雰囲気なんかは違うと思っていたんだけど、彼らは本当に間違えたのか? とも思えてきてるんだよね。

 まあ、その場合は私に何があるんだ、っていうことになるわけだけど。

 そもそも、こんなことになったのだって、会長が聞きたいこと、話したいことがあるなんて言ってきたから、私もそれに応じただけで。さらに、その結果が誘拐こんなこととか、笑えない。


(まあ、私だけならどうにでも出来たけど……)


 会長が一緒にいるから、下手に『鍵』は使えない。まさに打つ手無し。私、使えない子。


「お前だけでも、解放してもらえるように、何とか頼んでみるか?」

「解放してもらえますかね? 咲希と間違えた挙句あげく、私は彼らの顔などの情報を知ってるわけですし」


 下手したら、秘密裏に始末されかねない。


「面倒なことをしてくれたもんだ」

「本当ですよ」


 二人して、息を吐く。


「……先輩、私たちがいないことに誰が気付くと思います?」

「親か姉だろうな。水森は?」

「両親は共働きでいませんし、弟も今日はバイトで遅くなるって言ってましたから、うちの場合は誰か帰ってこない限り、多分気付かれませんね」


 こちらの世界でなら、生活に困らないようにと、神様に用意された家を共同で使っている夏樹なら、もしかしたら気付いてくれるだろうけど……


(これで一緒に住んでることがもしバレたりした場合、どう言い訳しようか考えておかないと)


 私たちにしてみれば、いくら向こうの部屋とを繋ぐ経由地点だとはいえ、事情を知らないこの世界の人たちからしてみれば、同じ家に入っていることから、私たちの関係を怪しまれても仕方ない。


「まあ、先輩側の方が、不在なのを気付いたついでに助けてくれることを祈ってますよ」

「他力本願だな」

「どんな方法であれ、命が助かるなら、早いに越したことはないでしょう?」


 まあ正論だな、とは返されたけど、助けがいつ来るのかが問題だ。


「――呑気のんきにおしゃべりとは、随分と余裕だな」


 誘拐犯の一人が、そう話しかけてくる。

 奴が来たためか、私を庇うかのように、会長がやや前に出る。


「こいつだけでも解放してもらえないか。間違ったのはそっちで、こいつは関係ないだろ」

「駄目だ。人質は一人より二人の方が、増やした身の代金の意味がある」


 うわぁ、結構なゲスだ。こいつ。


「先輩、先輩。聞きました? こいつ、私たちの命に値段を付けやがりましたよ。私たちの命がそれぐらいだって、言いやがりましたよ」

「っ、お前はだま――」

「おい、女。まるで、自分たちに値段が付けられないとでも言いたげだな」


 焦ったような先輩の言葉を遮り、誘拐犯がこちらに目を向けてくる。


「じゃあ、逆に聞きますけど、自分の命が一億近くあるとか言われたら、どう思います?」

「……」

「命だけじゃなく、貴方たちの狙いや目的にも値段が付けられる? もし、私たちを殺したりすれば、その額を無駄にしたことになるわけだけど」


 さあ、どう返してくる?


「……なら、どうすれば良かった。あいつらに大打撃を与えるためには……どうすれば良かったってんだ!!」


 叫ぶようにして吐き出された奴の声が、室内に響き渡る。


「っ、けど、誘拐は犯罪だ。貴方たち大人なら、少し考えれば分かったはずだし、他の方法もあったはずだ」

「だから、その方法を聞いている」


 コツンと靴音を響かせ、誘拐犯がこちらを見下ろしながら私の前に立ったことで、私と先輩の警戒心がMAXになる。


「……さっきはああ言ったけど、貴方たちがされたことを知らない以上、私としては何も言えないし、意見できない」

「なるほど。口だけは立派ということか」


 にゃろう……!


「まあ良い。思う存分互いに話しておくことだな」


 それだけ言うと、去っていく誘拐犯に、二人して溜め息を吐く。


「……せっかく、解放してくれるように交渉してやろうかと思ったのに、無駄にしやがって」

「……気丈に刃向かった後輩に言う台詞が、それですか」


 こっちは冷や冷やだった上に、何をされるか不安だったというのに。


「まあ、何も無くて良かった。お前に何かあったら、あいつらに何を言われるか分かったもんじゃない」

「あいつら?」


 桜峰さん辺りかな?


「咲希もそうだが、特に郁斗いくと御子柴みこしばな」

「え……」


 桜峰さんよりも、その二人なの? と思いつつ、会長の口から夏樹の名前が出たことにびっくりである。


「そ、そうですか……。ま、何かあっても先輩は責めませんよ。さっきのは勝手に口出しした私の責任ですから」

「……」

「正直に言うと、命はともかく、貞操の危機になりそうな場合は助けてほしいです。これでも女ですし」

「そうか」


 私にだって、矜持プライドはあるから。

 さて、と軽く息を吐き、先輩に目を向ける。


「とりあえず、誘拐はされましたが、時間は与えられたことですし、誘拐前の会話の続きと行きましょうか」


 せっかく二人きりなのだから、話の続きをしましょうか。生徒会長。

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