水森飛鳥と一時的な後夜祭Ⅱ(そして、幕は上がる)


「え!?」


 いきなり自分に振られてびっくりしたのだろう桜峰さくらみねさんには悪いが、標的ターゲットを狙う人たちから分散させたいんだ。


咲希さきを、ですか?」

「それだと、会長に話を通さないといけなくなりますよね?」


 今度は生徒会役員たちが唸る番だった。


「けどさー。飛鳥あすか先輩に代役してもらうには、咲希先輩にも立ってもらうしかないじゃん。もう時間も無いんだから、そうしようよ」


 鷺坂さぎさか君が面々にそう告げる。


「そうですね……では、咲希。貴女も立ってください」

「ちょっと待ってくださいよ! 私、人前で歌うなんて……」


 他人ひとに散々言っておきながら、自分は逃げるんかいと文句言いたいけど、言わない。

 何かのフラグが立った気がするけど、それについても何も言わない。


「では、この話は無かったということで」

「桜峰」

「咲希」

「咲希先輩」


 私が無しで、と言えば、役員たちの矛先が桜峰さんに向けられる。

 鳴宮なるみや君は鳴宮君で、何か言いたそうな視線を向けてくるけど無視します。

 ん? 別に狙った訳じゃ、ありませんよ?


「うぅ……分かった! 分かりました! 私も立ちます!」

「げっ……」


 何度か逡巡した後、何か決意したかのように、桜峰さんが参加表明する。

 うん、さっき言った手前、私も参加決定です。夏樹なつきからの視線が怖いんですが。


「ギリギリですが、これで、キーボード担当も補充できました」


 にこにこと嬉しそうに笑みを浮かべる副会長には悪いが、やること追加です。


「確認するけど、楽譜はあるんだよね?」

「当たり前だ。楽譜無しで弾けるわけがないだろ」


 鷹藤たかとう君に確認してみれば、そう返される。


「原曲も?」

「一応はある」


 ふむ。それなら、何とかなるだろう。


「原曲聞いて、楽譜見て、音合わせ……本当にぎりぎり間に合うかどうか」


 本番までの算段を考える。


「飛鳥先輩がぐだぐだと引き延ばすからいけないと思うんですが?」


 黙れ、後輩庶務。


「では、さっさと移動しましょう」


 副会長の言葉で、とりあえず移動を始める。


「飛鳥。本当に良いのか?」

「こうなったら、仕方ないよ。演奏は妥協、ソロでは歌わない。それだけは絶対に約束させる」


 夏樹の言葉にそう返すが、未だに納得できなさそうに返される。

 まあ、夏樹は何があったのか、知っているしね。


「それに、この世界こっちには知り合いは居ないわけだし、仮に歌うことになっても、多分、大丈夫だよ」


 夏樹にしか聞こえないようにそう呟けば、眉間に皺を作っていた。


「だったら、最初から断っとけよ。お人好し」


 ぽんぽん、と頭を撫でられる。

 自覚はないけど、もしかして、私も不安そうな顔をしていたのだろうか。

 目を前に向ければ、桜峰さんと副会長、鷺坂君が話しながら歩いている。


「まあ、頑張るよ。音響系異能の本領発揮だ」

「ああ、頑張れ」


 そして、そう話し終わって、少ししてから目的地に到着した。


   ☆★☆   


「……」


 さて、会長に話を通し、現在演奏予定の曲の原曲をフルで聞いている。

 テンポとか歌詞とか確認したり、リズムを取ったりしているから、何も知らない人から見れば、聞いている音楽に乗っているようにも見えるかもしれない。


「はい。聞き終わりました。次は音合わせですね」

「一回聞いただけだよね? 大丈夫?」


 イヤホンを外して、次に音合わせをすると言えば、不思議そうに鳴宮君が聞いてくる。


「音響系異能持ちを嘗めないで」


 私は(聞こえは悪いが)盗聴にしか使っていないが、やっぱり、こういうこと――演奏する時とかには強いんだと思う。

 とりあえず、それぞれの担当楽器を手にして、一度音合わせをしてみる。


「何か凄い……」


 桜峰さんが呟くように言う。


「後は、咲希のパートを決めるだけですかね」

「あと、やっぱり飛鳥先輩のソロパートも入れるべきだと思うんだけど」


 副会長の言葉に、後輩庶務が余計なことを言う。


「歌うのは嫌だって言ったと思うんだけど」

「誰も『歌』なんて言ってないじゃないですか。それに、俺が言ったのは、『演奏』の方ですよ?」


 どうなんだか。


「それで、どこからどこまで桜峰のパートにします?」


 鷹藤君が話題を逸らす。


「なら、あきら先輩が歌う予定だったところでいいんじゃない? 飛鳥先輩が歌うのを嫌がっているわけだし」


 何故かこっちに目が向けられる。


「それで良いんじゃないですか?」


 パートがあるなら、私が歌った方が早いことについては気づかない振りだ。


「飛鳥の歌、聞いてみたかったんだけどなぁ」


 残念そうに言う桜峰さんには悪いが、断固として歌わないよ?


「まあ、晃のパートを咲希が歌って、確認してみましょう。それで通して、ソロ演奏をお願いします」

「分かりました」


 副会長に言われ、了承する。

 演奏は妥協、ですからね。


「それで、本番ミスしたら、貴女に頼ることになるとは思いますが」

「多分、大丈夫ですよ。私と咲希以外が失敗しなければ良いんです」


 何せ、私と桜峰さん以外は練習しているはずなのだから。


「うわぁ、それ。ある意味プレッシャーだなぁ」

「だよね」


 鳴宮君に鷺坂君が同意する。

 そのまま、桜峰さん込みで通し、本番を迎えることとなった。


「まあ、もしミスしても演奏は続けてくださいよ。音には音を被せますから」


 先にそう言っておく。


「それは心強いですね」

「まあ、一番良いのは、ミスしないことですけど」


 ちなみに、衣装は制服である。

 役員たちの衣装はあったみたいだけど、私たちの衣装は無いわけだから、統一感を出すために、全員、制服となったのだ。

 劇の衣装? 桜峰さんはともかく、裏方だった私にあるとでも?


「生徒会の皆さん、スタンバイお願いします」


 学園祭実行委員(文化祭担当)が声を掛けてくる。


「ああ」


 会長が代表して返事をするのを見つつ、私は異能を発動する。


「飛鳥」

「ん?」

「一応、アンテナは張り巡らせておけよ」

「分かってる」


 最後の最後までこれである。

 舞台上なら、みんなが注目するから、それなりに情報は集められるだろう。

 く言う私も、指摘されて気づいた訳なのだが。


「うぅ、緊張してきた……」


 幕が下りたままの舞台上ステージで、楽譜などの向きを整えつつ、息も整え、キーボードの前に立てば、桜峰さんがそう言ったのが聞こえてくる。


水森みずもりさんも緊張してる?」

「少しね」


 こういう場に立つこと自体、少ないから、緊張はしている。まあ、一人よりはマシだと思うけど。

 そして、舞台上から幕の向こうに居るであろう生徒たち観客に対し、幕が上がるのと同時に、別の効果も同時発動する。


「けどまあ。せっかくだし、楽しむよ」


 驚いたような鳴宮君を視界の端に捉えつつ、生徒たちを見る。

 もう後戻りは出来ないし、邪魔もさせない。

 文句なら、後でいくらでも引き受ける。


 ――だから、せっかくの『イベント』を台無しにするなよ? 女神様。


 そう思いつつ、私たちの幕は上がった。

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