水森飛鳥と一時的な後夜祭Ⅰ(助っ人要請)


「あ、良かった。まだ居ましたね」


 クラスの出し物の片付け(うちの出し物は劇だから、そんなに無かったけど)していたら、教室のドアから副会長が顔を覗かせていた。


咲希さきなら居ませんよ?」


 桜峰さくらみねさんは備品系を確認しに行っている。


「見れば分かりますよ。それに、用があるのは貴女にですし」

「なら、お断りします」


 正直、嫌な予感しかしない。


「内容も聞かずに、ですか」

「副会長が来ている時点で、その内容が厄介事なのは理解してますから」


 この件に、桜峰さんが関わろうが関わらまいが、厄介なことには変わらないだろう。


飛鳥あすか、あいつらが呼んで……副会長?」


 夏樹なつきが聞こえてないと判断したらしく、声を掛けてきたのだが、副会長が居るのに気づいて、不思議そうにしている。


「え、何。厄介事?」

「何で君たちは揃いも揃って、人が持ってきた内容を詳しく聞かずに厄介事扱いするんですかねぇ?」


 あ、ヤバい。ブリザードの気配が。


「あれ? 未夜みや先輩?」


 今度は桜峰さんが来たらしい。


「ああ、咲希。貴女からも言ってください。内容も聞かずに厄介事扱いするなと」

「えっと、話の流れが分かんないんだけど……」


 そりゃそうだ。今来たばかりなのに、同意しろなんて無理がある。

 あと、私に説明を求めるな。


「後夜祭で予定しているバンドメンバーに怪我人が出たので、手助け要員として協力してもらえないかと」


 ほらー、やっぱり厄介事じゃーん。


「……ああ、今年はバンドやるんですか」


 後夜祭は、要するに閉会式的なものだ。

 とはいえ、ただ単に締めてもアレなので、生徒会や先生たちの出し物も合間に挟みつつ、文化祭での楽しさをそのままに締めるためのものなんだとか。

 つまり、間に何かを挟み、言い方が変わっただけなのだ。

 そんな今年の生徒会はバンドをやるらしい。

 つか、こんな所で言って良いのか。いや、良くない。

 というわけで――


「まあ、そうなんですが。キーボード担当が負傷しまして。それで、どうするかと話し合ったところ、貴女を代役に、となりまして」

「何をどう話し合えば、私に頼むなんて案が出てくるんですか」


 場所を変えて、話の続きです。


「お願い出来ませんか? 水森みずもりさん」


 副会長にそう呼ばれても、違和感しかない。


「そもそも、同じ鍵盤楽器とはいえ、ピアノとキーボードじゃ違うんですが」


 おそらくだが、私が代役に指名されたのは、ピアノの時の件が原因なんだろう。


「で、でも、白と黒の鍵盤だよね?」

「それはそうだけど……」

「だったら!」

「ですが、何故、当の怪我人が来ないんですか? 副会長が担当というわけでも無いのでしょう?」


 引き受けてあげて、と言いたげな桜峰さんを無視して、副会長に問い掛ける。


「確かに、そうですね」


 そう同意すると、副会長が携帯(スマホ)を操作し始める。

 怪我人に連絡を取るのだろうが、何で最初から一緒に来なかったんだろうか。

 近くに鳴宮なるみや君や鷹藤たかとう君といった同学年組が居たなら、私が指摘しそうなことぐらい分かりそうなものなんだが。


「おい、飛鳥」

「言いたいことは予想できるけど、まだ待って。他にもいくつか確認したいから」


 夏樹には悪いが、今はそういう風にしか返せない。


「嫌なら、ちゃんと断れよ」


 どうやら静観してくれるつもりらしい。


「分かってるよ」


 いざとなれば、助けに入ってくれるのだろう。そういう奴なのだ。『御子柴みこしば夏樹』という幼馴染は。


「今からこっちに来るみたいです」


 最初からそうしてください、とは言わない。


「怪我人が来るまで、時間が無駄ですから、質問を続けます。もし、私が引き受けたとして、貴方たちが演奏する予定の曲に、歌または演奏のソロパートはありませんか?」


 演奏はともかく、歌は完全にアウトだぞ。

 ハルや夏樹は下手ではないと言うが、私自身からしてみれば上手くもないと思う。


「無いと言えば嘘になりますね」

「そうですか」

「未夜先輩、来ましたよー」

「来ましたよー」

「待ちなさい。何で怪我人でもない人たちが先に来てるんですか。付き添いなら、ちゃんと一緒に来なさい」


 怪我人、誰か分かったぞ。

 あと、うるさい。


「……怪我人、鷹藤君ですか」

「よく分かりましたね」

「会長が、その二人と一緒に来るとは考えにくいので」


 副会長や鷹藤君ならともかく、付き添いがこの二人なら、騒がしくなりそうだし。

 うん、偏見。


「それで、何をどうして怪我したの」

「裏方で指切った」


 怪我人こと鷹藤君が来たので尋ねてみれば、ほら、と指を見せられる。

 鳴宮君とクラスメイトである鷹藤君は、出し物での役割が調理担当だったらしい。


「キーボード担当が何してんの」


 しかも、練習中。鍵盤押す度に痛いんだとか。当たり前だ。


「そんな位置に怪我すれば、弾くのは無理でしょ」


 人差し指に怪我したとか、弾きにくいだろうなぁ。


「だから、飛鳥先輩に代役を頼みに来たんでーす」

「……状況は理解した」


 生徒会役員による代役を引き受けさせるための包囲網が、もうすでに出来ているような気がする。


「頼む。お前以外でピアノ弾ける奴を知らないんだ」

「吹奏楽部の人に頼めば? 一人ぐらい、居るでしょ。ピアノ担当」

「正直に言うと、嫌なんですよ。協力要請しただけなのに気があると勘違いしたり、協力したから、こっちにも協力しろ的なことを言われるの」


 それが本音ですか。副会長。


「その点、貴女にはその心配がありませんから。それに、知り合いに音響系の異能持ちが居るなら、利用しない手はありませんし」


 間違えた。こっちが本音か。

 というか、私と副会長は知り合いなのか。


「でしたら、私が引き受けないって言うの、分かってましたよね?」

「飛鳥!?」


 桜峰さんが声を上げるが無視だ。


「どうしても、ですか?」

「本音を言えば、ソロパートがある選曲をしたと聞いたときから、断るつもりでしたけどね」

「さっきも言ってましたよね?」

「ソロが嫌なだけで、他意はありませんし、変な推測はしないでくださいよ」


 される前に手だけは打つ。


「演奏だけでもか」

「もし仮に演奏は妥協するとしても、歌は駄目」


 それだけは譲れない。

 悪くなり始めた雲行きに、夏樹が心配そうな目を向けてくるけど、問題はない……はずだ。


「飛鳥、本当にダメ?」

「飛鳥先輩……」

「どうしても駄目でしょうか」

「水森」


 桜峰さんを筆頭に、視線で訴えてくる。


「お願い、水森さん」


 最後の最後とばかりに、両手を合わせ、頭を下げながら鳴宮君が頼んでくる。


「何だったら、後で礼でも何でもするから!」

「何でもって……」


 そこまで言うのか。


「……そうですね。協力してくれれば、全員で何かお礼しますから。まあ、各々でお礼しても良いんですが……」

「お礼お礼と言ってはいますが、半分脅しみたいに聞こえるんですが」


 にこにこと笑みを浮かべる副会長には悪いが、各々はマズい。簡単に去年の再現が予想できる。


「利害は一致すると思うんですがねぇ」


 一致しても、心情的な方はどうしようもないと思うんだけど……どうしたものか。

 受けたら受けたで、またうるさいだろうし。


「飛鳥ぁ」


 桜峰さんがやや上目遣いで「引き受けてあげて」と訴えてくる。

 私、貴女と違って、鈍感でもメンタルが強いわけでも無いんだけど。


「水森さん」


 ああもう、何でだろうなぁ。

 鳴宮君にまで不安そうな目を向けられる。


「飛鳥」


 夏樹が本気か、と言いたげにも見える目を向けてくる。

 もう協力しても良いかな、選曲について聞いた時点で協力しているようなものだよなぁ、とも思ったのも事実だ。


「じゃあ、こうしましょう」


 一つ案が浮かんだので、溜め息混じりだけど提案してみる。


「咲希も舞台に立つという条件なら、引き受けます」

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