水森飛鳥と一時的な後夜祭Ⅲ(『クロスワールド』)


 さて、生徒会によるバンドの助っ人として入ったわけだが、これは成功と言っていいのではないのだろうか。

 途中で、キーボードのソロ演奏なんて入らなければ。


「キーボードのソロ、楽しみにしてますから」


 散々、暗示するように妥協妥協と言い続けてきた私だが、そんな副会長の言葉が聞こえたので、ぎょっとしながらもそちらを向けば、にっこりと笑みを浮かべられた。

 しかも、異能発動後だったから、しっかりと聞こえちゃったし。

 いつか、やり返してやる。覚悟しとけよ、副会長。


 まあ、私の方の事なんぞ置いておいて、桜峰さくらみねさんである。

 凄いね、彼女の影響。

 生徒会が出たときは黄色い歓声が上がっていたのに、桜峰さんが居ることに気づいたお嬢さんたちの反応といったら、内心では「何であの女がいるの!?」「マジふざけんな」といった罵倒にも似た言葉が溢れていた。外と中を使い分けるとか、器用だなぁ。

 そして、同じく生徒会役員ではない私についてだが、うん。「何なの。あの、キーボードの女は」程度である。

 けどさ、そんなのは一年生だけで、同学年や先輩たちは違う。

 特に、去年の出来事の当事者は、不服そうにはしていたけど、何か口に出す様子はない。

 内心は内心で荒れていたけど、内容に関しては聞かない振りをしてあげた。自分への悪口を聞いていても、気分が良いものでもないし。


 ソロパートは、役員たちを含め、みんなを驚かせてやりましたよ。

 けど、ピアノだろうがキーボードだろうが、やっぱり弾いているときは楽しくて、高等部に入ってから一番の笑みを浮かべていたのかもしれない。

 桜峰さんは、何とかノーミスで歌い上げた。

 それにしても、さすが主人公ヒロイン。歌唱力もあるとか、驚きを通り越して、さすがとしか言いようがない。

 それが元々だって言うのなら、ループする以前の彼女のスペックは高い方なのだろうが。


「……ぁ、」


 演奏を終え、生徒たち観客を見る。


 ――良かった。歌わなくて。


 こちらでも同じ目には遭いたくなかったから。


「アンコール!」


 誰かの声を皮切りに、アンコールを求める声が上がる。

 とりあえず、みんなと『どうする?』という目線だけ合わせる。答えはもう、決まっているというのに。


「じゃあ、ラスト一曲な!」


 会長の声に、歓声が上がる。


「待っ、かな――」


 演奏を始める会長に、慌ててストップを掛ける副会長だが間に合わず、桜峰さんもおろおろとしている。

 だって――私たち、今からやろうとしているこの曲については、一切・・練習していないのだから。

 だからこそ、副会長は止めようとしたんだろうし、ドラム担当の鷺坂さぎさか君だって、バチは手にしてるけど、演奏をし始めてないわけで。


「……ああもう、面倒くさい」


 呟く感じで言ったつもりだったが、そんな声が聞こえたのか、私と距離の近かった鳴宮なるみや君がびくりとする。

 あまり目立つことはしたくないが、今の状況からすると、演奏しない方が目立つからね。


「かいちょー、ストーップ」

「え?」


 “無音サイレント”を発動させて、会長の音を消す。

 そしてそれは、『コント』の始まり。


「どういうつもりだ?」

「それは、こっちの台詞ですよ。私たち・・、アンコール用の曲があるなんて、知らなかったんですが」

「そうですよ。あるならあるって、言ってくれないと。いきなり弾き始めるから、驚きましたよ」


 あ、副会長が上手いこと乗ってくれた。


「お前ら、何言って……」

「会長。俺たちはともかく、桜峰たちは練習してないから無理でしょ」


 鳴宮君も乗ってきた。


「あ、私は大丈夫です。何とかしますし、出来ますから」


 もちろん、“音響操作チューニング”でどうにかするつもりだが、曲は私にも分かる曲でお願いします。


「きょ、曲名さえ分かれば、歌えるかもっ」

「じゃあ、決まりだ」


 神崎かんざき先輩、少しだけ仕事してくださいよ?


「……もし、このアンコールで、ソロで歌う場面が出たらごめん、水森みずもりさん」

「その時はその時だよ」


 こっそりと鳴宮君が謝ってくるが、そうなった場合は、諦めて歌うしかないだろう。

 アンコール用の演奏は再開される。

 落ち着いているのを見ると、どうやら桜峰さんはこの曲を知っているらしい。


 ――って、あれ?


 ふと気づく。

 この曲……ああ、そうか。先輩が私も知ってる曲に変えてくれたんだ・・・・・・・・


 『クロスワールド』。


 私も歌ったことのある歌だ。

 ちらっと舞台袖を見れば、夏樹なつきが親指を立てていた。

 ……ああ、なるほど。夏樹が先輩に連絡したら、選曲が『クロスワールドこれ』になったと。

 歌は続いていく。


『君と僕の道は重なり合い やがて一つの道になる

 そして、僕と君の交わることの無かった世界も やがて一つになる』


 歌っていたのは、女性グループだったはずだ。

 で、最初、あるゲームの曲として使われていたのだが、そのゲームがアニメ化した時にオープニングとして起用されたんじゃなかったかな。

 まあ、そのゲームはRPGだったので、私はもちろんプレイしましたがね。

 けれど、この曲の歌詞って、まるで今の私たちの状況みたいだ。


『離れ離れになっても いつかまた、出逢うと信じて』





 曲が終わると、みんなで頭を下げたり、手を振ったりしながら、幕が下りるのと同時に舞台袖へと移動する。


「ご苦労様。水森さん」

「ああ、うん。無事に済んだから良かったけどね」


 無事、終わったことに小さく息を吐いていれば、鳴宮君に声を掛けられ、そう返す。


「でも、アンコールの時はひやひやしたよ」


 私たちの会話を聞いていたらしい桜峰さんが混ざってくる。


「だね。正直、知らない曲だったら、私の異能ちからも使えないから、少し焦った」


 だから、神頼みなんてしちゃったわけなんだけど。

 ……ん?


「メール?」

「ああ、うん……」


 着ていたのは三通で、相手は雛宮ひなみや先輩と魚住うおずみ先輩、神崎先輩の三人からだ。

 内容を確認してみれば、『また懐かしい曲を選曲したわね。というか、絶対、神崎君の仕業よね?(確信)』とか『俺たちが帰りたがっているのを知っていながら、地味に煽りやがって……嫌味かっ(笑)』とか『上手く行った? 行ったよね?』とかいう内容だった。

 うん、先輩方が楽しそうで何よりです。


「何、どうしたの」

「まあ、知り合いからね」


 先輩たちへの返信は後にしよう。

 さぁて、舞台から降りたわけだが、クラスメイトたちから何て言われることか。


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