水森飛鳥とこの世界Ⅳ(対策と確認)


 夏樹が転入してきて早三日。

 空き教室から出て行った後、私と夏樹がどんな関係なのかを問いつめられたのだが、幼少期によく遊んでいた友人だとか幼馴染と言っておいた。

 嘘は言ってない。

 事実、幼馴染だし。


 そんなこと言ってれば、早速桜峰さんが夏樹に話しかけていることを、私に女子たちが教えてきた。


「いいの? 御子柴君、取られちゃうよ!?」


 あの~、お嬢様方?

 夏樹は幼馴染なだけで、恋人や婚約者とかでは無いんですがねぇ。

 とはいえ、桜峰さんから逃げ回っている夏樹は、自身の異能について把握しなければいけないはずなのに、頑張っているとは思う。


「見てないで助けろ!」


 まあ、時折私に助けを求めたりしてくるし、桜峰さんに捕まったら諦めてはいるようなのだが、数日も同じことを繰り返していれば、対策というのは分かってしまうらしく――


「うん、美味い」

「そりゃどーも」


 その対策の一つが、一人で居たがる(というか、そう思われている)私とあまり人の来ない空き教室に居ることらしい。

 そして、今は昼休みで、私作の弁当を夏樹が食べているという状況だ。

 もちろん、この世界についてうっかり話しても問題ないように、音響操作で内容が外に出ないようにはしてある。


「分かってると思うけど、向こうと違って、いつもは作れないから」

「ん、分かってる」


 この世界こちら元の世界あちらで時間差があるとはいえ、全く同じことをするつもりはない。

 共通で出来ているとすれば、食事と入浴、睡眠ぐらいで、後は、教科書や宿題が混ざったり、間違えて提出しないように注意しているだけだ。


「で、だ。人にあまり桜峰と関わるなって言っておきながら、お前自身は鳴宮と関わってるのはどういうことだよ」

「ぐっ」


 いきなりの質問に、今口に入れたご飯を変な方へと飲み込みそうになった。

 ペットボトルのお茶で何とか落ち着けば、夏樹に目を向ける。


「初めて会ったのは去年。神様……神崎先輩が私と話すために、相性とかの問題から彼を、というか彼の身体を借りたの。けど、先輩が去って、気を失ったままの彼を放置するわけにもいかないから、助けてみたら――」

「ずるずるとずっと今まで一緒にいることになった、と」

「否定はしない」


 仮に鳴宮君が桜峰さんと接することなく、このままで居るのだとすれば、近いうちに神崎先輩から頼まれた当初の目的は達成されるはずだ。


「けどなぁ、今はもうずっと一緒にいる必要は無いんだろ?」

「そうなんだよねぇ……」


 でも、いきなり距離を取れば怪しまれるだろうし、彼は何もしてないのに、「水森さんが嫌がること、何かした?」と聞かれかねない。

 それに、何より彼の人柄を知ってしまっている。


「飛鳥。無いとは思うが、今の関係を変えようとは思うなよ?」

「安心して。そんなことは思ってないから」


 それに、彼を変えられるのは、この世界のヒロインとされた桜峰さんぐらいだ。

 私と鳴宮君の関係は、屋上で話すぐらいの距離を保つ友人でいい。

 もし、今の関係を変えたいと思うのなら、それはこの世界を解放してからでも遅くはないのだから、特に焦る必要もない。


「それに、多分だけど、役目を終えたら、もうこの世界とも関わることは無いと思う」

「いや、さすがにそこまでは無いとは思うが……」


 大げさじゃないのか、という夏樹に、あくまで一つの可能性だから、と返す。

 もし本当にそうなれば、桜峰さん辺りが騒ぎそうだが、それはそれで仕方ない。


「お前はなぁ……」


 頭を抱えながらも、夏樹が完食した弁当箱を渡してくる。


「ま、この話はもう止めよう。時間も時間だしな」


 時計に目を向けた夏樹にられて、時計に目を向ければ、確かにそろそろ教室に戻って次の授業の用意をするのにはちょうどいい時間である。

 そのまま空き教室を出て、教室に戻れば、こちらに気づいたらしい友人たち――以前にも話した中立の子たち数人が手招きする。


「え、何。どうしたの」


 尋ねながら近づけば、にこにこと笑みを向けられる。


「んー? いや、飛鳥ちゃんって、無いのかなぁとは思っていたんだけどさ」

「やっぱり、『幼馴染』だと違うの?」


 うん、みんなが何を聞きたいのか、分かった気がする。


「少し話したいことがあったから話しただけで、みんなが思っているようなことは何一つ無いから」

「けどさぁ、飛鳥ちゃんがそうだとしても、向こうは分からないよ?」

「本人が気づいてないだけで、ってやつね」


 私自身、どこかの誰かさんとは違い、そこまで鈍感な自覚はないんだけどなぁ。

 それに、桜峰さんに対する生徒会のようなあからさまな態度だと、絶対気づくと思う。


「でもま、彼女よりかは大丈夫だろうけどね」


 その『彼女』は、桜峰さんのことだよね?


「もし、飛鳥ちゃんが悩んでいたら、ちゃんと助けてあげるから言ってよ?」

「なーんか、黙ってそうな気がするからね」

「……ははっ」


 思わず乾いた笑いが出てしまった。

 中立に位置しているだけあって、よく見て、理解していらっしゃる。

 けれど、そんな彼女たちにも、私たちの事情は話せないんだよなぁ。

 それでも――


「いざというときはお願いします」


 ――せっかくこちらの世界で出来た友人なんだから、いざというときは本気で頼らさせてもらいますからね?


 そんな風に思ったのと同時に、始業を告げるチャイムが鳴り響いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る