水森飛鳥とこの世界Ⅴ(不機嫌な理由)


 さて、最近は夏樹とほとんど一緒だったためか、ご無沙汰となった屋上に顔を出してみれば――


「……」


 凄く不機嫌そうな鳴宮君が、そこにいた。


「……ひ、久しぶり」

「うん、久しぶり」

「……」


 目が合えばいつも通りの彼だから、まだ助かっている方なのだろうが……はっきり言って、気まずい。数日前の始業式の時よりも気まずい気がする。


「えっ、と、何かあった?」


 触らぬ神に祟りなし、なのだろうが、屋上ここに来れなくなるのだけは困る。


「別に? 何もないよ?」


 これまた、わざとらしい嘘をついたなぁ。


「不機嫌さ、丸分かりだけど? 今は私だけだからいいけど、みんなの前だと心配されたりするから、気をつけなよ」

「……うん、そうだね」


 とりあえず、気をつけるようには言っておいたし、気持ちを切り替えて、情報収集をするために耳を澄ます。


『飛鳥と親友なんだ!』

『そうなのか?』


 桜峰さくらみねさんと夏樹の会話である。

 桜峰さんに捕まったのかと思うのと同時に、親友じゃなくて友人ね、という訂正はもうしないことにした。疲れるから。


『どうした、今日は一緒じゃないのか?』

『知りませんよ。ここのところ、転入生と一緒ではあるみたいですが』


 会長の言葉に、副会長が答えるけど……ああ、やっぱりこっちも不機嫌なのか。


『転入生……?』

『ああ、その転入生なら、桜峰のクラスに入ったみたいですよ』


 よく知ってるな。

 というか、調べたのかな? 桜峰さんが引っ付いているから。


『ところで、郁斗たちはまだ来ないんですか?』


 うん、嫌な予感。


「……鳴宮君」

「どうしたの?」

「そろそろ戻らないと副会長のブリザード、食らうことになりそうだけど?」


 私は教えましたよ? 教えましたからね?


「そっか。確かにブリザードは嫌だから、戻ろうかなぁ」


 よいしょ、と鳴宮君が立ち上がる。

 というか、あれ? 副会長のブリザードについては否定なし?


「それじゃ、またね。水森さん」

「浴びなくて済むといいね」


 ひらひらと手を振られたので、そう返せば、笑顔で更に返してきた。


「……ったく」


 まあ、そんなことより、だ。


「君はいいの?」


 背後に目を向ければ、相手は「へぇ」と言いながら、姿を現した。


「それにしても、郁斗先輩は親友さん派だったのかー」


 納得納得と言いたげなを睨み付ける。

 あと、親友さん派って何だ。


「だから、郁斗先輩は咲希先輩の所には来ないんだ」

「いい加減にして。そうやって、ずっとはぐらかすつもり?」


 副会長の言い方からは大体想像ついていた。

 せめて、出てこられるのなら鷹藤君の方がありがたかったけど、彼が生徒会業務をサボるわけもないため、自然と候補は限られてくるわけで。


「いつから気づいてました?」

「いつからでしょうね」


 目の前にいる、笑みを浮かべた後輩に言うつもりはない。

 さっきも言ったが、副会長の言い方で分かったのだ。

 彼は「郁斗『たち』」とはっきり口にしていたし。


「それにしても、何でこんなとこで会ってるんですか? もっと堂々と教室とかで話せばいいじゃないですか」

「……」

「あ、まさか秘密の恋人とか?」

「それはない」


 友人ではあるけど、恋人ではない。


「ふぅん。でもま、俺としてはライバルを減らしてくれてありがとう、なんだけどね」


 けど、と目の前にいる後輩は続ける。


「ここに先にいたのは俺だから、お二人の会話を聞いてたとしても、不可抗力によるものですから、責めないでくださいよー?」

「でしょうね」


 信じるつもりはないが、立ち聞きしてしまい、立ち去ろうにも立ち去れないという状況になった、ということにしておいてあげよう。


「それにしても、ここから生徒会室の状況なんて、分かるはずもないのに、副会長の様子とかよく分かりましたね」


 目を細めながら、そう尋ねられる。


「さあ? 何で分かったのか、当ててみたら?」


 私の異能についても言うつもりはない。


「一番考えられるのは、先輩の異能だよね」

「それで?」

「その異能で生徒会室を覗き見た、とか」


 それを聞き、正解不正解も言わずに、笑顔で返す。


「かもね」

「……その反応、不正解ってこと?」

「当たってるとは思わないんだ」


 暗に正解でも不正解でも、本当のことを言うと思うか、と言ってやる。


「覗き見るほど、俺たちが好きなんですか? 先輩は」

「好きでもなければ、嫌いでもないよ」


 私からすれば、彼らは桜咲ここの生徒会役員で、先輩後輩同級生の一人だ。


「それより、君は生徒会室に行かなくていいの?」

「んー……大丈夫じゃないけど、授業の方に顔出して逃げるから、心配はご無用です」


 別に心配してないし、この後輩が副会長のブリザードを食らおうが食らわなかろうが、私にはどっちでもいいんだけどなぁ。


「それじゃ、私は戻るから、君も授業に出るのなら、時間を見て戻りなよ」


 そう言って、私は屋上から出て行くのだが――


「どうすれば、釣れるのかなぁ」


 私の去った屋上で、彼がそう言っていたことを、私は知らない。


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