水森飛鳥は逃げ出したいⅤ(とある記憶と七夕祭準備)


 これは約束。

 昔、大切な幼馴染との約束。


「ゆーびきーりげーんまーん」

「うーそついたら、針千本のーます」

「「指切った」」


 それなのに――……


飛鳥あすか……」


 何故、こうなってしまったのだろうか。


   ☆★☆   


「七夕祭、ねぇ……」


 六月七日。

 七夕まで一ヶ月のこの日。

 学園の行事の一つである『七夕祭』は、本番である七月七日までに生徒たち全員により飾りつけが行われ、願い事を書く短冊は、その一週間前後までに飾り付けられる。


「ねぇねぇ、飛鳥。飛鳥はどんなお願い事をするの?」


 配られた短冊(といっても折り紙を切ったものだが)を手に、桜峰さくらみねさんにそう尋ねられる。


「うーん……実はまだ決まってないんだよね」


 嘘だ。願いなんて決まっているが、この世界や桜峰さんの前で言えることじゃない。


「なら、一緒に考えよう?」

「それはいいけど……でも、願いは考えるものじゃないでしょ」


 桜峰さんの気持ちは分からなくもないが、そう意見を突き返す。


「うん、そうなんだけどね……」


 微妙に落ち込んだらしい桜峰さんには悪いけど、やっぱり私の願いは見せられないんだ。


   ☆★☆   


「……」


 私は一人、屋上にいた。

 理由はもちろん、桜峰さんと攻略対象たちの会話の盗み聞きだが、今はそんなことしている場合じゃない。


(願い事、どうしよっかな……)


 私の願いがこの世界で出すことなど出来ないので、別の願いに差し替える必要があった。


「無難にせいせ……」

「みっずもりさーん!」


 どーん、という効果音が付きそうなくらい、鳴宮なるみや君が飛びついてきたため、驚くと同時に自分でも顔が引きつるのが分かった。

 いるのが端でなくて良かった。下に落ちないための柵があるとはいえ、危ないのは変わらないからね。


「……何かな? ウザ宮君」

「ちょっ、いつもより酷くない!? ……ってあれ、まともに返された?」


 ちょっとした反抗の意味も込めて、嫌味で返せば、一人でころころと百面相をする鳴宮君……ではなく、ウザ宮君。


「……? 何かあった? 水森みずもりさん」

「何で?」

「何となく、っていうか……」


 何か、答えにくそうにされた。

 というか、鳴宮君が聞いてくるほど、いつもと違うように見えるのか。


「……見てれば分かるよ」

「ん? 何か言った?」


 呟かれた気がしたので尋ねれば、何でもない、と鳴宮君は首を横に振る。


「そう」


 そのまま短冊に目を向ける。

 あ、そうだ。


「鳴宮君は、もう願い事は書いたの?」

「え? ああ……書いたと言えば書いたし、書いてないと言えば書いてない、ってところかな」

「何それ」


 そういう水森さんはどうなの、と尋ねられる。


「まだ書いてないけど?」

「そっかぁ、なら去年は何て書いたの?」

「去年?」


 『七夕祭』は年に一回の行事だ。

 桜峰さんより先にこの学園へ来ていた私は、すでに一度、『七夕祭』を経験済みではないか。


「ああ……って、話す必要ないでしょ」

「うん、そうだね。でも、同じ願い事書く人もいるから」


 なるほど、そういう事か。特に無ければ、去年と同じ事を書けばいいんだ。

 でもなぁ……


(何書いたか、全然覚えてない……)


 でも、もう決めちゃったから、良いんだけどね。


「案をくれたのはありがたいけど、もう決めてあるから」

「そうなの? まあ、役に立てたならいいけど」


 お礼を言えば、にこにこと笑みを浮かべる鳴宮君。


 そして、私は短冊に願いを書いた。


 “今の成績を維持できますように”


 と――






 でも、この時の私は知らなかった。

 私の知らない所で――


「君が、御子柴みこしば夏樹なつき君?」


 いや、よく知る故郷で、私を送り込んだ神様と幼馴染である夏樹が、眠った状態の私の前で会っていたなんて――


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