水森飛鳥は逃げ出したいⅢ(神様からの通達)


 そもそも、私がこの世界に来たのは、事故に遭って、神様に頼まれたからだ。

 神様曰く、事故に遭った私の体は眠っているらしい。

 だから、体以外の意識を主に、こちらに転移させたのだ、と説明されたものの、もし肉体の方に何かあれば、私の意識が肉体に引っ張られるか、肉体が私の意識に引っ張られるかのどちらかになるらしい。


「私、死ぬのだけは嫌だから」


 私の人生はこれからなのだ。

 こんなところで、終わりたくない。


「うん、分かってる。だからね」


 彼女に――桜峰さくらみね咲希さきに、誰か一人を選ばせさせてくれ。


 神様はそう言った。


「彼女は繰り返すたびに、逆ハーレムルートに入る。ライバルを用意しても、隠しキャラを登場させても」


 そこで、次の手段。

 この世界で生活する彼らが、ループから抜け出すための手段。


「それはサポートキャラの存在。運が良いことに、ヒロイン殿はこの世界のループと記憶のリセットに気づいてない。だから、彼女の物語に君というイレギュラーを投入する」


 今までの歯車の動きを変える。


「君には僕からの絶対的な加護を与えるし、攻略対象者たちと関わらなくても、彼らについて周囲まわりに聞く必要もないように、彼らの情報も異能ちからも与える」


 そう言って、頭に手が置かれる。


「君に与えるのは発動により、音や声全てが聞こえ、聞こえなくなる調律の異能――音響操作」


 不必要な音や声を遮断し、目的の音や声を選び、聞き出す――“調律チューニング”。


「僕も出来るだけ君のサポートをする。だから、頼む」


 ――このループを終わらせてくれ。


 神様に頭を下げられては、断れないではないか。


「分かりました。引き受けます。その代わり、約束してください」


 ループを終わらせたら、元の世界へ戻すことを――


   ☆★☆   


 何だか懐かしい夢を見た気がする。

 懐かしいと言っても、私がこの世界に来るきっかけとなったときのものだ。

 この世界での私は、桜咲さくらざき学園の中等部・外部生の時からの記録があるが、記憶の方は桜咲学園の高等部からのものしかない。


「くそっ、ノイズが凄いな」


 現在地は屋上。

 必死に調律チューニングするが、ノイズが凄く、耳が痛くなりそうだ。


「何でいきなり……」


 何らかの障害が生じているのか、単に私の調律の精度が落ちたのかは分からないが、このままでは、聞きたい情報すらも聞けなくなってしまう。


水森みずもりさん水森さん」

『……くんの………しょ…………』


 惜しい、微妙に聞こえたのに。もうちょっと粘ってみるか。


「ねぇ、水森さんってば」

『……も一緒じゃ……かな?』


 お、大分何か聞こえるようになってきた。


「水森さーん」

『……くんは飛鳥が好きなのかな?』


 うん……?


「どうしたの?」


 相変わらず隣にいた鳴宮なるみや君が、私が微妙に固まったことに気づいたらしく、尋ねてくる。


「いや、誰かが私を好きじゃないかっていう話が入ってきたから」


 それで何故か固まる鳴宮君。

 でも、すぐに解けると、尋ねてきた。


「それって……誰か聞こえた?」

「いや、ノイズでそこまでは……」

「そう……」


 何か気になることがあるのか、彼は再び耳を傾ける私をじっと見たまま、目を離さなかった。

 いきなり強風が吹くまでは。

 だから、入れ替わったであろう彼を睨みつけても、文句はないだろう。


「ハロー、久しぶりの神様です」


 本当に久しぶりである。

 今回もいつも通り、鳴宮君の体を借りているらしい。


「それで、要件はなんですか?」

「んとね、今日はお知らせ。神託に来ました」


 神託……?


「タイムリミットは減ったけど、少しマズいかなーって。あと、君の体がつか分からない」


 それを聞いて、私は固まった。

 今、何て言った?


「ちょっと待って。それ、約束と違うじゃん。桜峰さんが個別エンディングを迎えたら帰してくれるって、言ったよね? なのに、つか分からないって……」


 どういうことなのか。

 いや、言わなくても分かっている。


 体がたない。


 それが示すことは、つまり――


「死ぬ上に戻れない、ってこと?」


 こんな時、頭が回らなければ、気づかなくて済んだのだろうか。

 だが、それは後に後に引き延ばしにしただけだ。

 それに、一言も何もなく、大切な家族や友人たちを置いていくなんて嫌だ。


「せめて、夏樹なつきに、幼馴染に一言言わせて」


 あいつに何も言わずに死ぬ・・のだけは嫌だ。


「気持ちは分からなくはないよ。でも、無理だ」


 ああ、何か泣きそうだ。

 何のために桜峰さんのサポートをしてきたんだ。

 そんなの、元の世界に帰るためだ。

 それなのに――


「全て、水の泡にするつもりなの?」

「でも、出来ないものは出来ないから」


 そんなの分かってるし、申し訳無さそうにされても困る。


「悪いけど、抜けるのなら、別の場所で抜けて。彼には悪いけど、殴りたくなるから」

「……うん、分かったよ」


 神様はそのまま屋上から出て行った。

 さて、本当にこれからどうしようか。

 一応、このまま桜峰さんのサポートは続けるとしても、鳴宮君とは神様を思い出しそうで、顔を合わせると殴りそうになる可能性があり、自制できる自信もない。


「……本当にどうしよう」


 がーっと頭を掻くけど、考えは纏まらない。


「夏樹……」


 今は、その名前を呼ぶことしかできない。


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