第95話 閑話 サンタ88 後編

カラカラと、天井にある巨大な扇風機が部屋の空気を攪拌している。


「サキ・バシリ・トロロ大佐入室します」


入口に立っていた衛兵がサキの入場を告げるのと同時にふくよかな樽型体形の総白髪の髭爺サキがミーティングルームに入ってくる。

ざっという音と共に部屋の中にいたサンタが立ち上がりサキに向かって敬礼する。


「着席」


衛兵の声と共にサンタが椅子に座る。


「緊急ミッションだ。劉王国の王都よりソリで数時間のところに成長中のダンジョンが発見された」


サキが壁を指さすと、そこに劉王国周辺の正確な地図が写し出される。

王都から南に行った森の中に赤い×点があり、サキはポケットから棒状の物を取り出すと、×点を押さえる。

「ブン」という音が鳴り、×点に枠が浮かぶ。

枠は1メートルぐらいの大きさになり、雪に埋もれた数軒の建物が映し出される。


「おいおい。既に人が住んでいるじゃねえか」


樽のような体型の髭ダルマがアゴ髭を撫でながらぼやく。


「一番大きいのは冒険者ギルドだろ?」


のっぽのバクが指摘する。


「雪が降り始めてギルドに残っている奴は少ない。まあ、居てもこれから起こるスタンピードで全滅なんて良くある話だ」


サキは悪い笑顔を浮かべる。


「王都近郊でダンジョンはどう考えても危険だ。今回、トナカイと弾薬は全てこちらで持つ。報酬も倍だ」


「フリッツXは使えるのか?」


シンが右手を上げて質問する。


「今回は戦略爆撃ソリB-36ピースメイカーが同行する」


「おい。ビックガールを使う気か?」


髭ダルマが叫ぶ。ビックガールは現在開発されている爆発系魔法では最大の破壊力をもつ魔法だ。

魔の荒野で行われた実験では地面に直径100メートル深さ50メートルの巨大な穴が空いたという。


「ピースメイカーの護衛?」


「王都周辺には空型モンスターは居ない護衛は要らないだろ」


「じゃあピースメイカーだけでいいだろなんで俺たちが出張らなきゃならない」


サンタたちが口々に疑問を口に出す。


「冒険者ギルドの情報網をハッキングをしたが、このダンジョンは発見から1年足らずで中級以上に成長した可能性がある」


「それは、本当か」


シンの言葉にサキは頷く。


「新規のダンジョンマスター付きのダンジョンっていつ以来だ?」


「50年は無いはずだろ」


ざわめきが広がる。


「作戦開始は日の入りと同時。降りる奴はすぐに申し出てくれ」


そういうとサキは部屋を出た。


があがあと、ねぐらを追われたカラスが薄暗い空に飛びあがる。

地鳴りとともにせり上がってくる地面。地面の下には深い穴があった。


サンタクロースの服を着た様々な体型の男たちが飛び込んでくる。

目指すは自分のあいき

ソリの底には次々と筒状のモノが吊るされ、ソリの肘掛には赤、青、黄色、緑の光が灯っていく。

赤は火。青は水、黄色は土、緑は風の中級魔法が行使できることを意味している。

やがてシャンシャンと鈴を鳴らしながらトナカイが姿を現し粛々とソリに繋がれていく。


「魔法陣の・・・」


「なに聞こえない」


整備士の声にシンは聞こえないと聞き返す。


「魔法陣の更新のときに不具合がありました、飛行速度を上げるとき十分な出力が得られないかもしれません」


「酷いな」


「本当なら今日一日調整するハズだったんですよ」


「そうか。悪かったな」


「いいえ。幸運をグッドラック


整備兵がシンのソリから離れていく。


『管制塔よりレッドリーダーシンへ。進路確保。離陸を許可する』


シンは通路にソリを移動させる。

5・4・3(赤)・2(黄色)・1(緑)。Goという声ととともにシンはトナカイの手綱を引く。

だんだんとソリが加速しシャンシャンという音が響く。

やがて、ふわっとソリが浮かび、ぐんと空に駆け上がる。

シンを追うように3機のソリも上がってくる。


『戦略爆撃ソリB-36ピースメイカー、発進します』


一際大きく警報が鳴り響くのと同時に、地面が大きく凹む。

10頭のトナカイが地面の上に現れ、一際大きなソリが姿を現す。搭乗員は全部で5人いるのだが、座ってなお余裕だ。

ゴゴッという効果音が聞こえてくるような迫力と共にソリが浮かぶ。


「相変わらず凄いな」


自分の横まで浮かんできた巨大なソリを眺めながらシンは呟く。


「ピースメイカー。先導する」


『よろしく頼む』


返事が返ってくるのを確認してシンは、王都近くに出来たというダンジョンへと向かった。


- ☆ -


「うん?雪が・・・やんだか?」


シンは眼下に張り付いていたはずの雪雲が途切れてきていることに気付いた。

すでに夜中近くなので空を見る者は少ないだろうが、あまり見つかっていいものではないのだが。


「レッドリーダーよりレッドキャップへ。露払い、行くぞ」


了解ラジャー


シンは速度を上げ、追随するソリも後に続く。


ドン


目標まであと少しのところで地面の方から音が響き、シンの目の前を光の球が上がっていく。


「なんだ?」


シンは思わず光の球を目で追ってしまう。


ドン、ドン


再び地面の方から音が響き、シンの目の前をふたつの光の球が上がっていく。


パンという破裂音と共に天空が白く染まる。


「くっ照明弾か!」


夜の闇に浮かぶピースメイカー。シンはその光源になぜか見覚えがあった。

そしてシンは進行方向にひとりの女が立っているのに気が付いた。


「!!!!」


シンの感が危険を嗅ぎ取った。急いでソリに付加された緊急加速魔法アフターバーナーを行使する。


ぶす


ソリが嫌な音を立てる。

「魔法陣の更新のときに不具合がありました、飛行速度を上げるとき十分な出力が得られないかもしれません」という整備兵の声が脳裏に浮かぶ。


「くそ!」


シンはソリについている緊急脱出用のレバーを引く。


ばすん


ソリの座席が宙に投げ出される。


「牙よ貫け」


バンと女が地面を両手で叩いた。


ぞん


今まで何もなかった空間に櫛歯のように石の柱が生えてくる。


どがっ


鈍い音がして、空になったシンのソリとトナカイが石の柱に激突する。


どががっ


後続のソリが立て続けに石の柱に激突する。

石の柱に激突するのはシンたちだけではなかった。


「くそ」


シンが目で追える限り、三分の一が脱出装置を作動させることなく墜落し、三分の一が脱出。残りが慌ててこの空域から逃げ出していた。

墜落したトナカイとサンタが、キラキラと光りながら空に溶けていく。

ソリには、ダンジョンでなくても、搭乗者が死ねば本拠地の寺院に死に戻りできるという機能がついている、とても高額な魔法道具である。

つまり、ソリの買い替え、借りたトナカイの賠償、自身の復活費用で借金が莫大に増える地獄の光景だ。


「なっ」


シンの目に、生えた石の柱に指をかけてスルスルと昇っていく女の姿が見える。

そして女は石の柱の天辺に登ると大きく両手を広げる。


「逃げろ!ピースメイカー逃げろ!!」


シンは思わず叫んでしまう。

だが、三つの照明弾に煌々と照らされて浮かび上がった鈍重なソリに逃げる場所は無かった。


「岩石創成」


女の声が朗々と響き渡り、女の突き出した手から巨大な石の柱がピースメイカーへと伸びていく。

ポンポンとピースメイカーから5つの影が飛び出す。搭乗員は粘らず脱出を選んだようだ。


「出鱈目すぎるだろ・・・」


女から飛び出した石の柱は無数に分岐するとピースメイカーを包み込み、石の柱の上に降りて止まった。


「そこのサンタ。手を挙げろ。無駄な抵抗はするな」


いつの間にか、シンの後ろにコードネーム南瓜頭パンプキンヘッドと呼ばれる子供の背丈ほどのカボチャ頭のモンスターが大きな鎌を持って立っていた。

そしてその後ろには数人のサンタが荒縄で数珠繋ぎされて立っていた


- ☆ -


「いや、デカいソリだね」


俺は岩石創成で作った石の籠に閉じ込めたソリを見て呟く。

ソリを引いていたトナカイか僅かにジタバタしているのが見える。どうやらこちらは殺さずに済んだようだ。


「マスター不届き者補らえてきた」


「おお、ご苦労」


後ろからジャックオーランタンのガイアに声を掛けられて、俺は振り向く。


「サンタ・・・のコスプレか?名前は?」


黒目黒髪という日本人らしい風貌の若いサンタに声を掛ける。


「・・・」


喋らないか・・・


「まあいい。だが、君たちがどう言い訳しようと、仕掛けてきたのは君たちだ。犯罪奴隷落ちは覚悟して貰おう」


そう。ソリに乗ったサンタには、既にいまから30分ほど前に第一波の攻撃をされていたりする。

まあ軽く撃退したけど。


「捕虜としての待遇を要求する」


日本人らしい男がボソリとつぶやく。


「はん。お前さんが勝手な正義を振りかざして問答無用でダンジョンを攻撃するヤバイとこの所属だってことは知ってるよ。けど、そこから宣戦布告された覚えはないね」


いきなり殴って来て捕まったら捕虜としての待遇とかふざけるなと言いたい。


「どうしましょう」


ガイアが困ったような声で聞いてくる。


「そうだね。もしかしたら知らないようなダンジョン情報を持てるかもしれない。適当に絞っておいて」


「アイ、マム」


ガイアはピシッと敬礼を返した


これ以上問答しても勝手な正義を振りかざしそうなのでそう命令する。

ああ、無駄な時間を過ごした…とこの時は思ったんだけど、後日、この男と巨大なソリの情報端末から面白い情報を手にれることになる。


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