第86話 裏ダンジョンを解放するための下準備

「おお、貴女がいま王都で噂の吸血姫ですか。わたしヤエ・メディチといいます」


緑色の瞳に赤みの強い金髪ショート。

明るい灰色の肌に短めの笹穂状の耳をもつハーフダークエルフと呼ばれる種族の少女がぺこりと頭を下げる。

出番が少な過ぎて記憶の海に沈んでいるかもしれないので説明すると、この世界では義娘、中身は正真正銘の娘だ。

学校が冬休みになったので、同級生の中級ダンジョンの探索が出来る黄色(D)級の冒険者証を取るためのクエストを受けに来たらしい。

ヤエは既に取得しているから、今回はパーティーの支援に入るらしい。

回復魔法は、教会の紋を叩いてすぐ修得したという。

神さまの都合でこちらの世界に来ているのだから、神さまとのチャンネルを開く術を修得したらあっという間に使えるようになったそうだ。


「さくらです。よろしく」


笑いながら、さくらが手を差し出して応え、ヤエが慌て手を差し出しにぎる。

この世界、理性があって悪堕ちしていなければ、ゴブリンだろうが吸血鬼であろうが人権が保障されている。

そもそも統治者からしてアンデットだ。

ではどう見分けるか?簡単である。

理性がなく悪堕ちしている人族は、目には瞳が無く色が血のように赤くなるのだ。

やっかいなのは、人族には、この特徴が表れ難いこと。(人族がそうなのは改心するからだと嘯く宗教家もいるらしい)

ちなみに、人語を解し意思の疎通ができる二足歩行の者は人属と分類されるそうだ。

当然のことながら、二足歩行でなくても人語を解し意思の疎通ができる生物はいるし、二足歩行でも人語を解さないし意思の疎通もできない生物もいる。


「さっそく最下層に行くのかい?」


「今日は連携の確認も兼ねて、3階までかな」


ヤエの何となく大人っぽい言い方に成長を感じ少し泣けてくる。


「なら、これを手に入れてきなさい」


俺は引き出しから琥珀色の拳大の塊を取り出し、ヤエに渡すと「これは?」ではなく「鑑定」と呟く。

うんうん。間違ってない。

ヤエに渡したのは「ラージアントの匂い石」。ラージアントの蟻酸が固形化したもので、持っているとラージアントに襲われなくなるアイテム。

アリは同種であっても違う巣のアリは敵として排除するが、巣の中で育てられたシジミチョウの幼虫は蛹になっても襲われない。

臭いが染みついて身内だと認識されるから。

これはラージアントにも設定として反映させており、ドロップ品にも指定している。

「ラージアントの匂い石」を持っていれば、ラージアントには襲われないという便利アイテム。

ただし、最下層の特定の部屋以外でラージアントを襲えば、「ラージアントの匂い石」があってもたちまち仲間を呼ばれてフルボッコにされるという素敵仕様だ。


「でも、ラージアントってうちの専属でしょ?普通の場所で出現したっけ?」


ヤエが可愛く首を捻る。


「もうすぐこちらのダンジョンの最下層のボス部屋も普通に出るようになるぞ」


「ああ、表と裏のダンジョンを隔てる壁を崩すんだ」


「それはもう少し後かな。今回は裏ダンジョンに入るためのキーアイテム配り」


そう。今回行うのは裏ダンジョンに入るためのキーアイテム「ラージアントの匂い石」がドロップするようになること。

本当はダンジョンを繋げるつもりだったけど、そうなると冒険者ギルドのギルドマスターとしての仕事が無茶苦茶増えることが予想される。

ただでさえ現状で、大量の魔石が眠るダンジョンを探す冒険者、冒険者ギルドのギルドマスター、毘沙門商会の会頭、3つのダンジョンのダンジョンマスター。

これに、この世界の最高統治者であるソウキ皇に地球のサブカルチャーを提供するバイヤーまで始めたのだ。

これ以上は勘弁して欲しい。物理的に時間が足りない。

え?ギルドや商会の書類仕事は、老執事ダンジョンコアウブが熟してるし、大量の魔石が眠るダンジョンを探す冒険者は嫁さんの仕事って?

そういうのをお願いしても忙しいよ。本当だよ。

で、ラージアントが出入りに使っている穴を裏ダンジョンの入口として開放することにしたのには理由がある。


俺と俺の造った魔素石で産まれた魔物では、魔石を使っての魔素解放は非常に効率が悪いことが判明したのだ。

簡単にいうと、親和性が高すぎるというか、魔石から魔素を解放しても、すぐさま俺の胎内やモンスターの魔石に半分以上を吸収されることが解ったのだ。

レベルが上がって魔素を多く取り入れられるようになったというべきか・・・

最近、魔素の溜まりが早いなーとか、配下のモンスターの成長が早いかなとか思ったんだよね。

あんな罠があったとは・・・

なお、この現象が顕著なのが、俺と老執事ダンジョンコアウブと裏ダンジョンの四天王たちだったのが発見が遅れた理由でもある。


ちなみに、裏ダンジョンの4階守護者である雨艸はスケルトン賢者からリッチ、ハイリッチに進化した。

冒険者たちに倒されたとき「我々4天王の中では一番の小者」といわれるポジションである。


3階守護者の瀧夜叉がレギュラーオークからハイオーク。さらにユニーク進化であるレディオークに進化した。

紅一点。お色気担当。ブタって体脂肪率を見れば人間より低いのよね。舐めてた。

ドカン、キュ、ボンの爆発我儘ボディが超絶進化中だ。


2階守護者の温羅は赤鬼から青鬼そして黒鬼に進化。

鬼というより見た目はローランドゴリラ。たまにドラミングとかしているのがますますゴリラである。


そして1階守護者である虎児は和風デュラハンから雑兵デュラハン、足軽デュラハンに進化した。

雑兵デュラハンに進化したとき、生身の兜首を抱えた鎧武者が胴鎧だけの首無し死体になったときは愕然としたよ。

グレードダウンかよって思ったのだけど、雑兵デュラハンはレベルアップに必要な経験値が恐ろしく少なく、ステータスの伸びも凄かった。

和風デュラハンのときの体力やステータスを引き継いだこともあって、洒落にならない化け物になっている。

ただ、見た目は陣笠被ったガイコツを左手に抱え右手には長槍。

ボロボロの胴鎧に脛あてという貧相な見た目。たぶん初見では騙される。

裏ダンジョンは表ダンジョンの最下層の6階から上がっていく構造のため、彼がラスボスである。

え?真のボスは俺だって?


「で、表の最下層でこのアイテムを拾うとどうなるの?」


転移床テレポートが現れて、ラージアントの巣と裏ダンジョンの接続地点に飛ばされる」


「アイテムがあれば安全に地上に戻れるんだ」


阿吽の呼吸というか、打てば響くというか・・・

裏ダンジョンの6階を少し覗いてラージアントの巣穴から地上に出てくるようにお願いする。

表から裏に直接行かなくてもいいと周知できれば良いのだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る