第85話年の暮れ吸血姫さくらがやって来た

月後げっご(12月)20日。


冒険者ギルドのギルド水晶経由で商業ギルドから回覧状が回って来た。

最初、俺に対する指名の依頼という形で文書が来たからびっくりしたよ。

俺の肩書きはギルドマスターだけど、冒険者ギルドに所属する黄色級の冒険者でもある。

指名依頼の形を取れば確実に連絡がつくと踏んだようだ。

あと、指名依頼の文書だと受け取った時間が依頼者に届くのが大きい。金はかかるが・・・

根古ニャー無茶しやがって。

指名依頼書のギルド控えに受領のサインを入れて処理済みの箱に投げ込み、受け取る書類をアイテムボックスに放り込む。


「カリマス。ダンジョンの入口封鎖しました」


うちのギルドの唯一のギルド職員である三毛の猫人ワーキャットのマリアがぺこりと頭を下げてダンジョン入口の扉の鍵を俺に手渡す。

俺のことをカリマス呼びすることは、定着したので訂正するのを止めたよ。

ここクスノキダンジョンの前にある冒険者ギルドには、9時-18時の営業時間が存在する。

ダンジョンの入口は営業時間5分前に開き、営業時間10分後に閉鎖される。

もっとも、入口の閉鎖時間は、ダンジョンに入った冒険者の帰還する時間次第だが。

今日は、ダンジョンから出てくる冒険者もダンジョン内で野営する予定の冒険者もいないので、この後は俺もマリアも書類仕事が終ればあがりだ。



書類仕事・・・冒険者によってダンジョンから持ち出されたドロップ品の一覧表と買い取りの総額。

売れた消耗品の実績、宿の収支報告を打ち出した書類をチェックしてサインを入れるという仕事を終え、地下の私室に戻った俺は根古ニャーの書類に目を通す。


「酒を売ってください?」


回覧状の内容は、24日から大晦日までの間、国と商業ギルドとで金を補助するからお酒の安売りを行って欲しいという嘆願書だった。

(大晦日という呼び方は、転移者が多いせいか、この世界でもしっかり根付いていた。)

これは、木目月このめつき(2月)にチョコボンボンに仕込んで売ったウオッカとそのあとお出したブランデーが無茶苦茶評判が良かったのが原因だろう。

お出ししたウオッカとブランデーは熟成が必要だからと冬まで出荷を控えていたのだが、問い合せが凄かったらしい。

しかし、なぜ24日から?


「クリスマスイブかな?」


「冬至祭のほうでしょ」


俺の独り言に、ちょうどゲートを開いて、ワ国から帰って来た嫁さんがボソッと指摘する。

「ああ、そっちね」と、ポンと手を打つ。

冬至祭は、北欧のドルイドや北欧神話。地中海のミトラ教といった太陽信仰に見られる、冬至の日を太陽(神)の再生の日(新年)と位置付けて祝う祭だ。

これが後に、キリスト教の勢力拡大の過程で融合し、クリスマスへと変化していったのだ。

ちなみに、12月25日はキリストの誕生日ではなくキリストが降誕したことを祝う日だったりする。

なお、誕生日については諸説あるが、因縁ある王の死に関する文献や天空に輝いたというベツレヘムの星の天文学から推測されるのが4月の中旬から5月になるらしい。

キリスト教で最も重要な復活祭と重なるのは偶然だろうか・・・

閑話休題はなしがだっせん


「お帰り。もち米とか手に入・・・った?」


収獲を聞こうとしたが、嫁さんの後から、白い水兵服を着たピンクのショートカットに白い鉢巻。猫の目の少女が現れ言葉が途切れる。

誰だろう、その女の子・・・女の子?

水兵服の胸元のところかバッチリ開いていて、深い谷間が見えているので、少女というにはかなりいかがわしい見た目だ。


「で、サラさん。そちらのお嬢さん何者?というかゲートの秘密・・・え?ふたりで来たって、ゲートのレベル上ったの?」


「ゲートレベル上ったよ。これでユウさんをワ国に連れて行けるよ。あ、この娘は・・・助けたら懐いたみたいな。はい自己紹介」


明確な答えと明確だが答えになっていない答えが返ってくる。

懐いたって。


「私の名前はさくら。ワ国で春と呼ばれる季節に薄桃色の花をつける木と同じ名前をもつ吸血姫きゅうけつき10万118歳です」


・・・誰だ。この娘にデーモン閣下ネタを仕込んだのは!って、ワ国に召喚された過去の異世界人だろうな。

それに吸血姫きゅうけつき


「いまは真祖吸血鬼トゥルー・ヴァンパイアらしいけどね」


嫁さんがフォローするがよく解らない。説明プリーズ。


「では・・・」


コホンとさくらが咳払いをする。

吸血鬼は大きく分けると普通種。貴族種。下僕種の3つに別れる。


普通種は術士による召喚や魔素石からの自然発生で生まれた種族。

貴族種は普通種が経験を重ねて進化したり、他種族が魔道具や高位魔法によって転生した真祖と呼ばれる者を頂点とした一族。

下僕種は普通種、貴族種に殺されるか使役されるかして吸血鬼の性質を得た者。眷属ともいう。


吸血姫は、真祖と呼ばれる者の血を引く女の子孫の尊称で、真祖が滅びるまではそう呼ばれるとのこと。

ちなみに男の子孫の場合は王子ではなく爵位もしくはロードと称することもあるらしい。

たぶんドラキュラ伯爵とかヴラド公のせい・・・

ただ、さくらはワ国の不治と呼ばれる山の領主の娘ということで、姫というのは自称ではないとのこと。


「いまは真祖というのは?」


「正確には真祖(仮)かな。父は滅んだらしいのだが、継承が行われていない。継承が行われないと仮が取れない」


つまり継承のためにこの大陸に来たと。で、なにが理由で嫁さんに懐いたの?

ああ、海が渡れなかったのね。船酔いが酷いと。

ついでに、どうやって真祖継承するのかと聞いたら、真祖の魔石を手に入れる必要があるらしい。

海を渡ること真祖の魔石を手に入れる手伝いをする事を条件に嫁さんに従属したらしい。


「たぶん私たちがここにくることになった魔石溜まりの中にあると思うの」


なるほど。

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