第71話閑話 ドワーフ殺し(バレンタイン話)

蒸留酒

醸造酒を蒸留器で加熱すると、沸点の低いエタノールが水よりも低い温度で気化する。

この蒸気を集めて冷却させると元の醸造酒よりもエタノールが濃縮され、アルコール度数の高い酒になる。


不思議なことに、この世界には高濃度の蒸留酒というものがなかった。

ガラスや陶器がお察しなこの世界だが、蒸留器自体は熱伝導率の高い銅でも作ることができる。

そして、この世界でもお酒大好きだというドワーフが全く手を付けていないというのも謎である。

と思って調べたら、蒸留直後は飲用に適さない香りであることが多く、一定期間貯蔵し熟成させる必要があるから手付かずだったのだろう。

すぐに飲めないというのはこの世界では贅沢過ぎるのかもしれない。多分。


ということで、香りを誤魔化す意味も込めて作ってみました。酒入りのなんちゃってウオッカボンボンチョコレート。


ボンボンとは、かつて講談社が発行していた日本の月刊児童漫画雑誌。

ではなく、金持ちの家の子供でもなく、一口サイズのフランス生まれの砂糖菓子。

のちに派生して、中に詰め物をした一口サイズのチョコレート菓子のことである。

ということはグ〇コのアーモンドチョコやハワイ土産の定番マカデミアンチョコもボンボンチョコなんだろうか?


で、中身の酒は蒸留で作れる最高のアルコール度数96%(蒸留酒が沸騰する最高温度でもある)モノが入っているのだ。

ただ、ボンボンチョコレートの正式な作り方とか判らないので、箱型に成形したチョコにキンキンに冷やしたウオッカを注ぎ込んで別のチョコで蓋をしただけのもの。

要は、チョコレートを噛んだ途端に口の中にアルコール度数96%のウオッカが広がって悶絶するのが見たいだけだ。

ちなみにチョコレートというかカカオ豆は、ソウキ皇国の悪韋領にある野外迷宮フィールドダンジョンで採れる食品だったりする。


悪韋はソウキ皇国四天王のひとりで、単眼巨人キュクロープ

異世界の植物収集に尽力していて、王都でカレーが食べられるのも彼のダンジョンのお陰らしい。

悪韋領のダンジョンは階層ごとに色々な農作物の耕作に最適な気候になっているのだとか。

聞いたときは目にウロコだった。

なので、いまラージアントに命じて水田と果樹園エリアを作って貰っている。


さて、なぜをボンボンチョコレートを作っているのかというと、実はこの世界にもバレンタインというイベントがしっかり定着していたからだ。

もっとも、日本の菓子メーカーの陰謀である告白イベントではなく、寒い日にはチョコを食べよう。チョコを食べて邪気を払うみたいな土用の丑の日の鰻みたいになっている。

そして、商業ギルドの肝いりイベントのひとつでもあったりする。

根古ニャーから、商業ギルド員は必ず参加するようにと通達があったのだ。


「お、なんちゃってボンボンチョコレート出来たんだ」


嫁さんが横からひょいぱくする。


「むはー」


謎の声を上げて嫁さんが轟沈した。



「毘沙門が今日だけ販売する特別なチョコレート「ダークエルフ殺し」だよー。1個銀貨1枚(青銅貨1000枚)だよー」


毘沙門王都店の前に設置されたテーブルでチョコレートを露天売りしていたおばちゃんの耳元で学園から帰って来たヤエが囁く。


「「ダークエルフ殺し」、たったいま「ドワーフ殺し」に改名されたよー」


この日に用意した500個のウオッカ・ボンボン・チョコレートは昼過ぎを前に早々に売り切れるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る