第6話

 怖い夢を見た。目の前の景色がドロドロと溶けてゆく夢。笑顔の両親も、綺麗な景色も、友人も街並みも。お風呂の壁を泡で洗ってシャワーで端から流していくように歪んで落ちて崩れてゆく。全て溶け落ちた世界にただ残るのは、暗闇と息苦しさ。頭上を見上げれば、揺蕩う水面。突然呼吸が出来なくなり、もがき苦しむ。水面は遠く、ただ無作為にキラキラと輝いては揺れる。

 ――もう、だめだ。死んでしまう。

 水面に出たい訳でもないけれどバタバタと脚を動かしているところで身体がびくりと跳ね、目が覚めた。


 この夢は、昔の続き。私が見なかったところ。


 浅い呼吸を繰り返し、少しだけかいた汗に不快感を感じていると、彼が目を覚ました。

「のんちゃん……?」

「ごめんなさい、起こしてしまいました」

「ん、大丈夫」

 私の枕になっていた彼の腕は、私の頭を包み込むようにぐっと引き寄せた。ふわりと抱きしめていた腕は小さな背中にまわり、とん とん と、指が触れたところをゆっくり叩き始めた。母親が子供を寝かしつけるように、優しく背を打つ指は心地よくて、目頭が熱くなる。きっと怖い夢を見たからだ。涙の滲む目元を悟られぬように、彼の胸板に額を寄せてから私はまた眠りに落ちた。


 気がつけば朝方だった。鳥の囀りが微かに聴こえる。きっと東の方では日が昇り、西の方では夜が白む紫の空の頃。

 寝る時は着けない枷の代わりのように、彼の腕や脚が私の身体を覆っている。暖かで心地の良く、柔らかで逞しい檻。ゆっくりと顔を上げれば、少し口角を上げたまま穏やかに眠る彼の顎が近くなる。首を元の向きに戻すと、規則正しい寝息と共に彼胸板が一定のリズムで微弱に前後している。

 心臓は拍動する度に微弱ながら電気を生み出している。死ぬ時は、彼が生み出した電気を集めに集めて感電して死にたい。なんて不意に思ってみたけれど、彼に言えば怒られてしまうのでそのままもう少し、朝が空を覆いきるまで眠ることにした。

「和規さん――」

 口に出した憂いは掠れて彼の中に吸い込まれて行った。

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