第5話

 というのは、可哀想なものだ。

 勝手に抱かれ、叶ってしまえばなんだこんなものかと言われたり。個人の主観で有るだ無いだと幽霊の様な扱いを受ける。

 だから希望のぞみという名前はあまり好きではない。

 成長するにつれて、どんどん好きではなくなってしまった。昔は可愛らしくて溌剌としたイメージがあって好きだったのに、どんどんネガティブになってしまったのかもしれない。

 ご大層な名前を付けられてしまったけれど、自分には誇れるものも自慢出来るような特技も無く、自分に対する評価などいつも最低で自信など産まれてこの方あった試しが無い。

 そんな私があの日、文字通り彼のになってしまったのだから皮肉なものだ。


「一緒なら、俺は――」


 彼がそう呟いた時、本当は起きていた。けれど、ゆっくりと噛み締めるような口調に言葉を返すのも無粋なようで、眉一つ動かさずに瞼を閉じたまま寝入った。いづれ彼は私が起きている時に話してくれる。それを信じなくては、何も進めないような気がして。


 手足の枷の重みは普段パソコンに向いてばかりの自分には重かったけれど、そのうちにすぐ慣れてしまった。トレーニングの一環で手足に鉛を着ける人は、あんな気分なのかもしれない。

 昔から、異常事態にこうやってお気楽な事を考えるのが、私の悪い癖ではある。けれど、今はそんなに悪くないと思い始めた。

 一般的な好意は目に見えないけれど、彼の愛は目に見える。

 縛り付けるくらいの愛が、私には丁度良い。

 干渉など、昔から沢山受けてきた。

 自己評価が低いというのには、理由がある。元来後ろ向きな性格だったこともあるけれど、幼少の親による過干渉が理由の一つらしい。父も母も一人娘を蝶よ花よと箱に入れて育てた。それはそれは厳重に、蓋まで閉めた桐の箱に仕舞われたように。その代償として、娘は自分は1人では何も出来ない人間だと考えて生きることになった。幼少、やりたいことは勿論あったけれど、それが叶えられる事なんて殆ど無かった。親の敷いたレールを誘導されるがままに走るしか無かった子供は、いつの間にか外界への興味を失くし、己をひた隠して順路を進むようになった。やりたいことなど無い。できることも無い。そうして自分の希望を親の目から隠し、自分の心からも隠して遠ざけることで、どうにか成長してきたのだ。

 父のことも母のことも嫌いじゃない。むしろ優しい両親が大好きだけれど、こんな性格になってしまった要因を作ったのだと恨んでもいる。家族とは、そういうものだと思う。いい面も悪い面も知っているからこそ深く繋がり、足りないところを補完しあおうとする。愛と憎しみは表裏一体で、愛し愛され憎しむのが家族なのだ。


 嫌で嫌で逃げてきたものが、また恋しくなる。


 結局そうやって生きてきた私は、これからもこうやって生きていくしかないのだ。そう、何かに依存して生きていくしかない。これまでも、これからも。自分が無いまま生きていくのかもしれない。

 きっと彼にやめろと言われれば本を書くのすらやめてしまう。何を始めても、その程度で終わってしまう。

 あれだけ嫌で仕方の無かった干渉が、無くて清々したはずなのに。やっと、自分だけの人生だと思ったのに。どうしてだか、またあの心を縛り付けられる様な感覚が無くて不安になる。それを彼がまた与えてくれた。

 縛る人が変わっただけの私の人生が、この先どうなるのかは私ではなく彼次第なのだと思う。

 今日も彼の選んだ洋服に彼の手で着替えさせてもらう。1枚1枚丁寧に、真綿で縛り付けるように。

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