第10話

 



 授業が終わり、生徒達が各々の行動を始める時間。私は先の内容を思い出しつつ、貰った教科書をパラパラとめくっていた。


 内容はそれほど難しくない。どれもこれも過去に知ったことのあるレベルだ。この程度なら予習復習が無くとも把握できるだろう。


 特に霊機鎧についての本は初級レベルらしく、霊機鎧の説明や簡単な整備、製作法。そして操作法などが載っている程度であり、このあたりの知識は私の時代から大して変わっていない。むしろ若干退化しているのではないか? と疑いたくなる程だ。


 私にも幾人か弟子の様な奴らはいたが、果たして正しく技術が伝わっているのだろうか。進歩が見られない上に、技術の向上も無い。公開こそしていないが、私が《カガリ》などのオリジン機体に搭載している精神憑依システム位は出来上がっていてもおかしく無いと思っていたのだが……。


 この時代の技術レベルに頭を抱えながら教科書を捲っていると、またもや隣の少女が声を掛けてきた。



「じゅ、授業で何か分からない事とかある? あるんだったら私が教えてあげようか?」


「む? 別に問題ない。このレベルであれば理解は充分だ。寧ろ足りない部分が多いのではないかと粗を探している位でね」


「え、そ、そうなんだ……ロムウェル君、頭良いんだねぇ。私全然理解出来ないから、もうどうしようかって考えちゃってるのに」


「……それで良く人に教えようと思ったな。人の身を気にする前に、まず己の身を省みる事をお勧めしよう」


「そうだよねぇ……うう、困ったなぁ」



 あからさまなまでにがっかりとした雰囲気を漂わせる少女。その親切心は買うが、自分がわからないものをどうやって教えようというのか。仮に私が本当に何も知らない新入生だった場合どうするつもりだったのだろう。



「あ、そうだ! じゃあロムウェル君が教えてくれない?」


「何?」



 打って変わって満開の笑顔で提案してくる彼女に思わず戸惑った声を上げてしまう。斜め上どころか斜め下の発想だ。何をどう考えたら初対面の人間から物を教わろうという気になるのか。



「……私にメリットが無い。他を当たってくれ」


「そこを何とか! 代わりに学校の案内とかしてあげるから……ダメ?」


「そんな物が本当にメリットになると……」



 いつものように断ろうとするが、ふと思い留まる。これは妹の言い付けを果たすチャンスでは無いか、と。


 校内を案内してもらえるのであれば一石二鳥であるし、ついでに妹も呼べば親しくなったのだぞとアピールすることも出来る。なるほどこれは都合がいい。私にとって明確なメリットだ。



「……いや、気が変わった。良いだろう、私がある程度教導してやる」


「本当? ありがと〜! やっぱり持つべきものは友達だよね!」


「……友達? 一体いつ私と君が友達になった」


「え? この位の関係なら友達じゃないの……?」



 ……どうやら私と少女の間には埋め難い友人に関する認識の隔たりがあるようだ。


 というかこの少女、何故ここまで馴れ馴れしいのか。自慢ではないが、私は親しまれるような性格をしていない。それ故に、そんな私に積極的に話し掛けてくるなど余程の人間か、もしくはどうしても話さなくてはならない用事がある者でなければあり得なかった。


 一方、彼女は話し掛けざるを得ない様子でも無い上、人間としても平々凡々にしか見えない。だと言うのにこうまで会話を続けられるとは、最早一種の才能だろう。コミュニケーション能力の化物、とでも言うべきか。



「あ、でもそういえば自己紹介がまだだったよね! 私の名前はルリス=サウトバード。ルリスって呼んでくれると嬉しいな!」


「そうか、私の名前はもう必要ないな。これからは程々に宜しく頼む、サウトバード」


「む〜、ロムウェル君は少し冷た過ぎ! もう少し親交を深めようとするくらい良いじゃない」


「必要以上に関わる必要は無いだろう……」



 駄目だ、こいつと話しているとペースが引っ張られていく。サウトバードの……なんというか、ぽわぽわとした言語化不可能な雰囲気に呑まれると、だんだんこちらまで思考力が下がっていく気がするのだ。



「……貴様、あまり調子に乗るなよ」



 顔を顰めつつ適当にあしらっていると、先程の男子生徒がそれを目敏く咎めに来る。先の出来事といい何がしたいのやら。私が目障りだという感情だけは伝わってくるが、それ以外が一切理解出来ないのだ。


 こいつも適当にあしらってやるかと渋々向き直ると、何を思ったのかサウトバードの方が彼に話し掛けた。



「えっと……確かグリム君だっけ? あんまりそういう言い方は良くないと思うんだけど……」


「ルリスさんも関わる人間は考えた方がいい。サウトバード家と言えば我がロックフィールド家には及ばないものの名門の出自。ならばご令嬢たる貴女様も、何処とも知れない馬の骨と親しくするのは辞めた方が良いのでは?」


「そ、そんな言い方……!」


「平民と貴族が交わるなどあってはならないのだよ! 魔法も使えぬ時点で、我らが貴族の圧倒的優位は確実。ましてや此奴はそこらの村人と来た。土臭い農民など、触れ合うだけで穢らわしい」



 ふむ、これは随分と重症気味の思想のようだ。かつてから多かれ少なかれ平民差別は存在したものの、ここまであからさまな者はそうそう見ない。大抵の貴族はその発言が政敵にとって格好の攻撃対象になると分かっている為、大っぴらに口には出さないのだが。


 このグリム君とやらがそれすらも気にしないような権力と胆力を持っているならば見上げたものだが、恐らくそうではないだろう。大方若さ故の無謀さといった所か。


 言っていることは無茶苦茶だが、その全てが感情論である為サウトバードは勢いに呑まれている様子。涙目になりながらも反論を考えている。


 ……仕方ない。これは自分の為だとどこかで言い聞かせながら、私は彼を追い払う事にした。



「これはまた随分な言い草だな。わざわざそれを私の下まで言いに来るなど、余程暇なのだと見受けるが」


「平民から見ればそうなのだろうな。貴様らには分からぬ次元の話だよ。魔法も使えぬ君達には関係あるまい?」


「君も随分魔法に拘るな。まあそれなら話は早い。要するに魔法が使えるか、もしくは魔力紋が存在すれば良いのだろう?」


「は? お前は何を言っ……て……」



 怪訝な顔をしたグリムに腕の魔力紋を見せつけると、次いで言葉を失う。平民だと思っていた相手に貴族の証が付いていることがよっぽど衝撃だったようだ。


 まあ、そもそもこれは貴族の証ではなく魔力が存在する証なのだが。それを知っていればこんな事にはならなかっただろうにと少し哀れに思いながら、俺は早々に話を切り上げようとする。



「これで文句は無いな。君もこれを期に少し自重すると良い。貴族ならば相応の慎みを持て。私はこれよりサウトバードと向かわねばならない場所がある故、ここで失礼するがね」



 まさか私が貴族について説教する事になるとはな、と内心で思いながら彼をあしらう。



「……え? ロムウェル君が魔力紋って、え?」


「何を驚いている。別に珍しいことでも無いだろう。さあ、案内してくれるのだろう? 行くならさっさと行くぞ」


「え、うん……あれ? 珍しいことじゃないっけ……?」



 何を戸惑っているのか、ひたすらに首を傾げるサウトバード。道中で魔力紋の説明でもしてやるかと考えていると、それを遮ったのはまたもやグリムだった。



「で、デタラメを言うな! 魔力紋が平民に宿るなど、そんな訳がないだろう! そうか分かった、貴様わざわざ偽物を用意したな!?」


「誰がそんな面倒なことをするか……」


「そんな下らぬ贋作で我らを騙そうなど不届きにも程がある! さあそこに直れ!」



 そして、胸元に飛んでくる手袋。決闘の誘いなど今更流行らない上に方式も古臭いが、どうやら本人は本気のようだ。



「決闘だ! セレスティアルアカデミーの生徒らしく、霊機鎧で決着をつけようじゃないか!」


「……それを受ければお前は去るのか?」


「はぁ? 何を言うかと思えば……ああ、この場は引き下がってやろうとも!」


「なら良い。話は受けておいてやるから適当に用意しておけ。ほれ、分かったなら行った行った」



 いい加減面倒になって来た私は、手をヒラヒラとさせ彼を追い払うようにあしらう。その動作にも沸点が高まったのかグリムは顔を紅潮させるが、自分で言った手前食い下がるわけにもいかない。そのまま何も言うことはなく、肩をいからせながら去って行った。


 全く、どいつもこいつもろくな奴がいない。こちらとしては霊機鎧を作れさえすれば他はどうという事もないというのに、少しくらいは慎みというものを覚えて欲しいものである。

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