第9話

 



 学校というものには前世を通して行った経験が無いが、恐らく自身の性格からしてクラスメイトに馴染めなかったであろう事は容易に想像できる。これでも客観的に見て、自身が親しまれるような人間だとは思いあがっていないのだ。


 大抵の事は上等にこなせるが、こと人間関係においては人並み以下に適していない。雑談程度の気分で人と話して、結果怒らせるという事を一体何度繰り返してきたか。それ以来晩年まで人と話す機会も最低限に抑えてきたが、現在は『他人と親しくする』という指令が妹から下っている為そうもいかないだろう。せめて話しかけてきた相手にくらいは柔らかに対応しなければならない。


 しかし上手く行くだろうか。かつてエリンをして『貴方は人の心が本当に分かりませんね』と言わしめたこの私に。


 思えば機械との対話は良く行ってきたが、人との対話は上手く行った試しがない。親しみやすい会話とは一体なんだ? 妹とはそれなりに話が出来るが、それは妹に対する私の愛あってこそ。それを他者にも同じように使うなど怖気が走る。やりたくない。だが一体どうすれば……



「……えっと、ロムウェル君? 自己紹介の時間なんだけど……」


「む、失礼」



 おっと、考えすぎるあまり時間が押していたようだ。眼鏡をかけた気弱そうな女教師がおずおずと話しかけてくる。教壇に立つ私にあちこちから視線が向けられるが、このくらいならばさして緊張も無い。



「私の名前はロムウェル。しがない農家の子供だ。以後よろしく頼む」



 よし、これならば悪い印象を与えることは無いだろう。確かに名前だけを紹介する以前のやり方はどこか味気ないと思っていたのだ。そこにワードを付け足すことで、よりポップな雰囲気を出す。これで第一印象は問題無いだろう。


 ……と思っていたのだが、どうにも反応が悪い。何故だと首を傾げているとまたしても隣の教師が声を掛けてくる。



「えっとぉ……もうちょっと何か無いですか? 流石に名前だけだとその、なんと言いますか……趣味の一つや二つとかありませんか?」


「趣味……強いて言うならば妹と話す事だな。霊機鎧の部品作りは趣味というよりも習慣の一環であるし、別に読書も好きでは無いから、うむ。やはり妹が一番だな」


「それは趣味なのでしょうか……」



 陰で何か言われている気がするがまあいい。ここで怒り出すほど私は子供では無い。クールに行こう、クールに。


 しかしどうにも反応が悪い。確かに私は話し下手だが、それだけでは無いような、何か嫌な雰囲気を感じる。


 具体的に言えば悪意の篭った視線。そして蔑みの感情。以前私が何度も受けたことのあるものだ。こういった輩は大抵嫉妬だとか差別的な意識によって突き動かされている為、ろくな事を仕出かしかねないというのが特徴だ。


 しかし嫉妬を向けられる理由は……妹以外には考え付かない。我が妹の美しさがあればそうなる事もやぶさかでは無いが、容姿を知らない以上その筈も無いだろう。となると、予想出来るのは……。



「(……なるほど。下らん貴族の選民意識か)」



 霊機鎧は一騎当千になり得る兵器であるが、従来の魔法とは全く異なったシステムで動くもの。魔法は個人の資質により使えるか使えないかが大きく左右されるが、霊機鎧にはそれが無いのである。


 大方、それを特権の危機と勘違いした保守的な貴族辺りが慌てて独占に走ったのであろう。元来兵器用に開発したものではない為気に留めてもいなかったが、まるで我が物のように扱われるのは少々癪だ。


 まあ、だからどうという話でも無いが。今更放置した物に対して所有権を主張するつもりもないし、奪われたのならばまた作ればいい。ただ少し不平があるというだけである。



「取り敢えずこのくらいで宜しいか? さっさと席に座りたいのだが」


「あ、はい! ロムウェル君の席は窓際の一番後ろの所です。早速座っちゃってください!」



 何故これほどまでに焦ったような口ぶりなのか疑問が残るが、とにかく指定された席へとさっさと移動する。このままここにいても不快な気分以上にはなれないと察したからだ。


 だが、悪意は悪意だけに留まらない。席に移動するまでの間には様々な生徒が机を並べているわけで、その道中にも嫌がらせを受ける事はある訳だ。例えば一番オーソドックスなものとしては……



「いっ!?」



 そう、足を引っ掛けたりして嫌な奴に恥をかかせる。これが程度の低い連中には良くあるのだ。


 とはいえこちらもそういった手合いは初めてでは無い。こういう場合は華麗にかわすか、お返しに甲の辺りを踏み付けてやるのが綺麗な対策法だ。やるのは自由だが、それに仕返すのもまた自由。嫌がらせが横行するなら自分で対処しろという貴族らしいやり方である。


 というわけで、足を掛けようとしてきた男子生徒の足を踏み付けてやる。相手は痛みに声を上げるが、まあ自業自得だ。悲鳴を気にすることなくそのまま自らの席へと向かう。



「お、おい待て!」


「む……?」



 と、思っていたのだが。予想から外れて彼は制止を掛けてきた。一体何だと思い振り返ってみると、彼は怒りの表情を露わにいきり立っていた。



「人の足を踏み付けておいて謝罪も無いとは何だ! いくら礼儀を知らない新入生だからといって、許される事と許されないことがあるぞ!」


「ふむ。それは申し訳無いな。、私の目の前に君の足が置いてあったので気付かなかったよ。まさか高名なセレスティアルアカデミーに、そのように著しく態度が悪い生徒がいるとは思わなくてね。いや、全く申し訳ない」


「なっ!? 貴様、それは俺を馬鹿にしているのか!」


「はて、謝れと言われたから謝ったまで。君は何を怒っているのだ? 私が踏んだのはともかく、直接の要因は君が足を出していたことだろう。少し考えれば分かることでは?」


「ふ、二人とも落ち着いて下さい〜! ひとまず席に座って、ね? ね?」


「くっ……!」


 何が悔しいのか、忌々しげな顔をする男子生徒。貴族社会では良くあることだろうに、下手に突っかかるからそうなるのだ。これを期に社交界の裏側についてもっと勉強するといいだろう。


 その後は妨害を受けることもなく自席に着く。面倒な事になりそうだと将来に想いを馳せていると、隣の席から囁き声が掛かった。



「えっと……大丈夫だった?」


「?」



 話しかけてきたのは見知らぬ女子生徒。我が妹までとはいかないものの、中々端正な顔をしている。



「うちのクラスの生徒が悪いことしちゃったかなって……足、怪我してない?」


「気にするな。私は気にしていない」


「あっ……」



 面倒なので話を適当に切り上げ、そのまま席を向き直す。これ以上話をするつもりはないという雰囲気を感じたのか、少女は声を上げながらも渋々と戻った。


 さてはて、私はこの教室でやっていけるのだろうか。教卓で教科書を広げ始める教師を見ながら、しみじみとそう考えた。

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